第一の試練
神殿の中は、様々な種族の多様な存在でごった返していた。
『全ての挑戦者が聖地へ到達するまでには、あと五年ほどを要する。しかし、挑戦者が到着するたび試練は行われる。さあ、神の威光に従い、偉大な存在へとなるのだ』
青白く燃え盛る車輪の上に立つ、先程の主天使と同様光り輝いた存在は演説を続ける。
『まずはじめに、私、座天使ガルガリンが、お前たちが神へ敵愾心を持っていないか、力を悪用する意思がないか調べる。その後お前たちは、熾天使から権天使まで七階級の天使たちによる試練に挑むだろう』
ガルガリンが手を一振りすると、青光る炎が挑戦者たちの全身を包んだ。全体の半数ほどの姿が消え失せる。
『力を得るに不相応な者は、故地に送り返される。彼らは二度とふたたび、この神殿に足を踏み入れることを許されない』
ガルガリンの手が再び振り払われると、炎はまるではじめから存在しなかったかのように搔き消え、神殿の奥へと通じる扉が音もなく開いた。
『さあ進め、偉大なる力を手にせんとする者たちよ』
扉を潜ると、巨大な箱庭がいくつも並ぶ広大な空間に出た。
『もう五十日も、最後の試練を生き抜く豪運者は出なかったな。さてさて、今度こそは、大いなる力を得るに相応しい挑戦者が現れるかな……ああ、儂は権天使のアルカイだ。お前たちにはこの箱庭で、擬似的な治民を行ってもらう。五人で組を作り、この箱庭を統治するのだ。箱庭の中には、それぞれ十万の民を持つ国家が三つ存在する。五人で協力して三国を上手く治め、箱庭内での百年の間三国すべてを存続させることができれば成功と見做す。さあ、組を作れ』
突然の指示に、挑戦者たちは顔を見合わせた。
「俺はソムリェ、聞きたいことがあります。その試練がどうして、大いなる力に繋がるというのです。この世で一番強い者を決めるのならば、我らを戦い合わせれば良い話。それをなぜ、このような強さに関わりない試練をなはる」
そう声を上げたのは、浅黒い肌に余すところなく刺青を彫った、筋骨隆々とした金髪の青年だった。
彼の声に同調するざわめきが広がっていく。
『ふむ。馬鹿が強大な力を手にしたらどうなる?世界はその馬鹿の思うが儘、馬鹿げた命令がまかり通るようになってしまう。我らが神はお前たちに力を与え、世界をより良く変えさせたいとご所望だ』
権天使や座天使といった存在のことは誰もみなよく知らず、それらへの敬意もまた皆無に近かったが、神のことはその場にいた誰もがみなよく知っていた。
神は、この世界をはじめに作った存在である。そして神は、この世界をいつでも滅ぼすことのできる存在でもあった。神は、世界をそれの望むよう保つためならば、どのような犠牲をも厭わなかった。神の逆鱗は不明であり、しかもそれに触れたものはたちどころに、一族郎党もろとも命を奪われた。人々は神を畏れ敬ったし、それに逆らうことなどはじめから思いもよらなかった。
ソムリェは憮然とした、しかし納得したような表情で、周囲の仲間たちに声をかけ始めた。
オリフィルとサラカイの知人はもちろんおらず、ふたりは途方に暮れて辺りを見回した。
「どうする、オリフィル?」
「俺たちのように、組む相手がいない者もいるだろう。待てば分かる」
しばらく時間が経ち、五人の挑戦者が組み残された。
「俺はサラカイ。鍛冶師で、いちおう弓使いだ。よろしくな」
「俺はオリフィルという。俺たち二人は、南の大陸にあるブレムミュアエという土地の出身だ。よろしく頼む」
五人に割り当てられた箱庭の方へと向かう道すがら、自己紹介がはじめられた。
「私は名をバアル・ゼブルという。西方のアトゥランテス大陸にある鳥人の国、カフドゥールの王だ。故国を後継に任せ、この聖地へとやってきた。よろしく頼む」
その発言者は、浅黒い肌に吊り上がった目、そして身長の二倍ほどもある、巨大な黒い翼を持っていた。整った顔立ちに優し気な笑みを湛えた長身瘦躯の中年男が、隣を見やる。
「我は旅人、ラ・ファリエ。風の向くまま気の向くまま、村から町へ、町から街へ、街から国へと渡り歩く。我は治民からは遥かに遠い存在ではあるが、よろしく頼もう」
小麦色の肌に緑の黒髪をして、ゆったりとした旅装に身を包んだ、二十歳過ぎほどの若女が謡うように言った。身長の三分の二ほどの長さの杖を手にしている。
いまひとりへ、四人の視線が集まる。
「……ミチェル」
ぼそりとそう名乗ったのは、銀髪の少女だった。尖った耳と鋭利に光る目を持つ彼女は、その肌や毛髪だけでなく、目の光彩までも純白だった。
「ミチェルくんか。よろしく頼むよ。エルフ、といえば、北方の出身かな?」
凍りかけた場を取り繕うように、バアルが話しかける。
「私たちが何者か、この場では関係ない」
そう言い放ったミチェルに、残る四人は顔を見合わせた。