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聖地へ

 はじめに、カオスがあった。薄暗くドロドロとした、世界の種。

「今度は、どんな世界を作るんだ?」

「そう……『魔法』とやらがある世界、それを作ろうかと思う」

「魔法?」

「ある世界の、小さな星の文明の考え出した、不可能を可能に変える不思議な力さ」

「へぇ……面白そうな世界だ。きっと君はまた、名声を独占するんだろうな」

「ハハハ、そうかもな」


「光あれ」


 強い光が、闇を劇しく照らした。

 昼と夜が生まれた。

 天と地が分かたれた。

 雨が降り、世界は海に覆われた。八つの大陸と、無数の島々が順に生まれ、大地は緑に覆われた。

 大いなる陽と、陰なる陽、そして小さな無数の光が天に現れた。

 虹色の雨が降った。まずはじめに、海の泥と天の塵が命を得、魚と鳥ができた。

 続いて、大地の泥が命を得た。獣と魔物、人と亜人が生を受けた。

 六度目の夜が去り、七度目の昼が訪れた。世界は洋々として広く、人々を縛るものはなかった。

 初めに生まれ出でた陸地は、「聖地」と呼ばれた。すなわち、カニアンのウールサリームである。 

 聖地から南方へ二千「キロメートル」、すなわち四百パラサングの彼方、ブレムミュアエの民が住む村があった。後世「首なし族」としてその名が知られる彼らはしかし、原初の時代には首を持っていた。彼らは原初、炭のように黒い肌を持つ、人間の一族であった。愚かなブレムミュアエ人のひとりが神の怒りを買い首を奪われた、とはアユリーチャ大陸に広く伝わる伝承である。

 世界の始まりと共に、オリフィルは生を受けた。二十歳そこそこの青年として、だ。彼は自分が泥であった頃の記憶を持っていた。泥であった頃自分はもっと大きなものであった気がする、と言うと決まって笑われるのであった。

 ブレムミュアエの村は一度盗賊団に襲われた以外は平穏に、七十年の時を過ごした。原初、泥から生を受けた人々は長命であり、オリフィルもまた例外ではなかった。サバナで獣を狩り、疎林で果実を採る。その繰り返しであった。

 ある晴れた日のことであった。青空が突如として暗雲に覆い隠された。その直後、天空から言葉が響いた。

『カニアンのウールサリームへ集え。試練を乗り越えし者に、神は大いなる力を与えるだろう』

 数瞬の後に暗雲は消え、陽の光は再び人々を照らした。

「いったい、何事なのだろう」

 不安と興奮のもとにある人々の中には、オリフィルもいた。

「どう思う、オリフィル?」

 オリフィルの友人、ブレムミュアエの村唯一の鍛治屋のサラカイが口を開いた。

「そりゃあ胡散臭いさ、大いなる力だなんて。けれども、俺たちは全員あの言葉を聞いた。ということはつまり、あの言葉は本当に神の言葉なんじゃないかと思うんだ。この村にあんなことをできる呪術者はいない。ほら、テンニクヮイの婆さんだって恐れをなして家に籠ってしまっている」

「そうか、そうだな……じゃあお前は、ウールサリームへ行くのか?」

「もちろん。面白そうじゃないか」

「うーん、どうしようかな。お前が行くんなら俺も行こうかな」

「そうか。君の身までは守ってやれないが」

「心配するな、自分の身くらい守れるさ」

「そうか。サバナの先の沙漠、あれを越えれば聖地がある。地図はあるか?」

「あったはず……ああ、これだよ」

 サラカイが、粗末な羊皮紙に記された地図を机に広げた。

「よし、干物を二か月分と、護身用の武器を用意して、すぐに出発しよう。俺たちははぐれ者だ、別れを告げる相手もそう多くはない」

「ああ、そうだな」

 オリフィルが、地図を指さす。

「ナイールの大河に沿って北へ進めば、二か月ほどで聖地へ着けるはずだ」

「……村を発つ前に、あいつらの所へ行かないか?」

「ああ、そうだな」

 背嚢にぎっしりと荷物を積めた二人は、村の長に旅立ちを告げると、村はずれへと向かった。村長は二人の旅立ちに驚きつつも、変わり者を厄介払いできることへの喜びを隠そうとしなかった。

「ガデニヤ、いるか?」

 村はずれの家の戸を叩くサラカイ。その声に応えて戸が開いた。

「サラカイの兄貴に、オリフィルの兄貴。どうしたんです、そんな大荷物を背負って」

「お、ハタティナ、お前もここだったか。探す手間が省けたな」

 家から出てきたのは、共にオリフィルとサラカイを慕う若者、ハタティナとガデニヤだった。彼らは将来、とある事件を引き起こすが、それはまた別の話。

「……俺たちは、例の声に従って、聖地に行く」

 オリフィルの言葉に、若者たちは顔を見合わせた。

「やっぱり、兄貴たちならそう言うと思ってましたよ」

 とハタティナ。

「きっと厳しい道になるでしょうが、無事な二人にもう一度会えるのを楽しみにしています」

 ガデニヤがオリフィルに手渡したのは、三日月の形をした護符だった。

「ありがとう、聖地に何が待ち受けているのかは解らないが、精々頑張ってくるよ」


 二か月後。ナイール河口の港町ペルアムンから船に乗った二人は、カニアンの港町アシュドードから、聖地ウールサリームへと向かった。

「サラカイ、やはりこの街道にいるのは皆、試練に挑もうと聖地へ向かう同士なのだろうか」

「あるいは、力を求めて競い合う敵、かな」

 街道は、ウールサリームの街に入るところで途切れる。煉瓦造りの城壁を、二人は見上げた。

「ナイール沿いの街でも思ったけれど、随分と巨大な壁だなぁ。故郷じゃ、村を囲むものは何もなかったのにな」

「人が集まるところでは、戦乱もまた起こるのだろう。さあ、行こう」

 ウールサリームの街の中心に、人だかりがあった。

「どうしたんだぁ?」

 人垣に駆け寄ったサラカイが、慌ててオリフィルを手招く。

「どうした」

「はやく、どうやらこれから例の試練に挑戦できるらしい」

 群衆をかき分け最前列に出た二人の前にいたのは、光り輝く存在だった。人間と呼ぶにはあまりにも眩く、そして抽象的なそれは、その両手に白色に煌めく笏を携えていた。

『私は、神の分身にして代理人、主天使キュリオテテス。聖地ウールサリームへ集いし者どもよ、お前たちはこの神殿で、偉大な存在となるため試練に挑む。神殿へ一歩でも足を踏み入れ、試練に挑んだが最後、二度と以前の生活に戻ることは能わぬ。それでも試練に挑み、偉大な存在となるを望む者は進め』

 見れば、キュリオテテスはこの演説をもう長らく続けているらしい。神殿の門扉は開け放たれ、中には大勢の挑戦者が屯していた。

「オリフィル、どうしようか?」

「ここまで来たんだ、引き返すという選択肢は無いだろう。行くぞ」

「ああ……俺たちは、本当に来てしまったんだなあ」


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