料理は心
駄文
この世界には『能力』と呼ばれる力が存在する。
有名どころでいくと、『炎を操る能力』だの、『水を操る能力』だの。
まぁ、前置きはこれくらいに。
これは、とある二人の能力者の、奇妙な一日である。
神様は理不尽だ、と思う。テレビを見れば、やれ『誰々がどこそこで活躍した』、やれ『何々能力者がなにそれをした』。
この能力社会において、使えない者は置いて行かれる。それは自然の摂理だと、わかってはいるし、そこにどうこう言っても仕方がない事だ。
ただ、少しだけ、もっと良い能力が欲しかったと、そう考えてしまうのだ。
ふと近くのスーパーにて食材コーナーを見る。...普段では絶対にしない行動だろう。いやはや、私には一生縁がないと思っていたが、こんなこともあるのかと、何の気なしに食材を見て回る。
久しぶりに何か好きな物...ハンバーグでも作るか。
そんな考えが浮かんで、目の前のミンチ肉に手をかけた。
それとほぼ同時、いや、私より少し早かったか?同じ物に乗せられた手を見る。当然、その主の顔にも目が行く。
この辺りでは珍しい緑の長い髪。大きな丸いサングラスにマスクと、その顔は確認できないが女性だろう。
まぁいいかと商品を確認すると、最後の一点である。ははぁ、仕方がないとスマホを取り出し、ハンバーグ、食材、と調べる。
いつもの私なら食材なんて買わずに帰っていただろう。
何もかもがいつもと違った。そう言うしかない。
「あの...」
耳に届くのは小鳥が囀るような声。人々の声の中、消え行ってしまいそうなほどに弱々しいそれは、しかし確かに私の耳へと届いて...
あぁ、この女性のものか、とそちらを向いて首を傾げる。
「は、ハンバーグ」
その言葉に少々驚くが、ミンチ肉ならハンバーグが一般的な使われ方だろうと納得し、相手の言葉を待つ。
「教えて下さい」
「は?」
「レシピ通りに作れば良いだけ、ですよね?」
そんな私の言葉に、彼女はふるふると首を振り、『できないんです』と一言。
「なぜ私に?」
嫌な予感がしつつも、そう問わずにはいられなかった。
「え?なぜって...あのリンさんですよね?」
あぁなるほど。あの本の読者か...あるいは動画か?
あの本というのは、私の本...いわゆる料理本である。私の能力と料理力によって毎回変わったレシピを数十種類まとめた本である。動画というのは、それらを実際にやってみる過程を撮影しただけのものだが...
『違います』否定するのは簡単だ。しかし、それで良いのか。私は...
「まぁ...ここで会ったのも何かの縁、力を貸します」
その言葉に、女性は花のような笑顔を浮かべた。
「申し遅れました、私はケイと言います」
ミンチ肉、玉ねぎ、ピーマンににんじんを購入し、私の家へ向かう途中、彼女から話を切り出してきた。
「ケイさんね、私は知っての通りリンです。よろしくお願いしますね」
卵、パン粉、それからあれとあれ、あったよな?なんて考えながら、ケイさんに返答する。
「よろしくお願いします!」
こんなに騒がしい帰り道はいつぶりだったか、過去に思いを馳せながら、その道を辿るのだった。
「どうぞ入ってくださいね」
扉を開き、リンさんが顔を出す。
「お邪魔します...」
恐る恐るその玄関へと足を踏み入れる。
「えっとね、エプロンはあっちにあるから、そっちの洗面所で手を洗って、奥に来て下さい、準備してますから」
私の食材を持ってパタパタと洗面所と紹介された場所へと入っていくリンさん。
それについて行き、入れ替わるように洗面所で手を洗う。先ほど紹介された部屋でエプロンを着る。当然三角巾も装着した。
そうして、奥の部屋の扉を開く。
「いらっしゃい、これがレシピだよ」
ヒラヒラと揺れる紙を見つつ、リンさんの隣へと並び立つ。
「じゃ、やってみよっか」
リンさんは私の後ろに立つようにして、微笑む。
「え?え?わ、私一人でですか?」
「え?」
「え?」
「え?...一人でできるようにならなきゃでしょ?わからないことあったら聞いてもらっていいし、手伝うからね?安心して?」
緊張でカチカチになった身体を動かして、まずは玉ねぎを切る。
「待って待って、猫の手猫の手」
『まぁ猫の手って言われてもわかんないよね』なんて言いつつ、私の手を優しく包んでくれる。
「す、すみません...」
タタタタタと心地の良い音が木霊する。
「速いね、慣れてる?」
「えと、まぁ...少し?」
「あえ?にんじんもピーマンも切っちゃってるじゃん!私より速い!」
違和感を感じる。少なくとも、リンさんは料理慣らしている。なのにハンバーグを作ることができない?何か隠してることでもあるのかな?
彼女は『お褒めいただきありがとうございます』と言いながら、玉ねぎとにんじん、ピーマンをフライパンに入れた。
「アメ色になったら...火を止める...」
「………」
リンさんの返事がなくて、少し不安になる。
「その間にミンチの準備ですよね?」
「………」
ゆっくりと振り返る。そこには、どこか上の空というか、どこか今を見ていない彼女の姿があった。
「リンさん?」
「…ん?え?なになに?」
「えっと、ミンチの準備ですよね?」
彼女は『そうだね』と言いながら大きく頷いた。
ミンチはボウルに入れて少し待つ...炒めた玉ねぎ、にんじん、ピーマンから熱が抜けたら、パン粉、牛乳、砂糖、塩、胡椒と一緒に混ぜる。
よく混ざったものを手のひらサイズに丸めて、空気を抜いていく。ここで空気を抜いておかないと、焼いた時に崩れやすくなるのだ。
パチンパチンと音を響かせるケイさんに指示は飛ばしていない。
フライパンに並べられるハンバーグのたねを見て、蓋を閉めて、火をかける。
「お疲れ様、ケイさん」
「...はい、ありがとうございます」
彼女は笑顔だが、何か暗い。
「何か隠してる?」
そう聞くと、彼女はバッと顔をあげて目を見開く。
「や、そんな驚かなくても...だってあんな高い料理スキルを持ってて、ハンバーグも作り慣れてたでしょ?」
『何を隠してるの?』と問うと、彼女はゆっくりと口を開く。
「…すぐにわかります」
気になるやつ。
ジュージューと良い音が鳴り出し、香りも漂ってきた。先ほどひっくり返してから、もうそろそろ完成だろうと、その蓋を持ち上げる。
「え」
「...やっぱり...」
そこにあったのは、魚、魚、魚、魚。
四つのハンバーグは四匹の焼き魚に変わっていた。
「なんでぇ?」
ケイさんの方を振り返ると、彼女は頷いてから、言葉を続ける。
「これが私の能力です。私は『料理ガチャ』と呼んでいます」
「...は?」
「はぁぁぁぁああぁぁぁぁ〜!?」
駄文(再確認)