1.処刑
先祖代々受け継いできた所領の統治を
そこそこでこなしてきたギャビン・ナック子爵は、
領地で見つかった新鉱脈を切っ掛けに処刑されてしまう。
だが、目が覚めると半年前の朝で、それを何度も繰り返していた……
「言い残すことは?」
「んなもん、ないね!!」
もう”何回”遺言を残したか分からないし、死に際に残す言葉など数を持ち合わせている訳もない。
「ふん。であればよろしい」
こちらの不遜な態度を歯牙にもかけない宰相と入れ替わりで隣に来たのは、全身黒装束の背丈が2m近くありそうな、筋骨隆々の男だ。頭にかぶった頭巾からは目だけがギョロリと覗いていて、獲物を探すように周囲を見回している。
処刑台の上にある一段高い場所で、宰相が深く息を吸い込んだのが聞こえた。
「それでは、此度の反乱の主導者である、ギャビン・ナック子爵の処刑を行う!!」
自分の名前が読み上げられると、次は処刑理由の読み上げだ。
「この者は、陛下から……」
次々と、どれだけ皇帝陛下から恩があるのかを読み上げ、その後に根も葉もない罪が付け足される。
「……にもかかわらず、反乱を企てた!!よって、この者と2親等までの全ての者を斬首刑とし、全ての爵位と領地を召し上げるものとする!」
『『『『うおぉぉぉ!!!』』』』
貴族の処刑という滅多にない一大娯楽を一目見ようと、目の前に集まった観衆から大歓声が起きた。
「遺言は本当にないのだな?」
「あぁ、一つもないね」
こちらに歩み寄った宰相は温情のつもりか、それとも良心の呵責か最初と同じ質問をしたのち、離れて行った。間もなく始まる処刑に見物客は、大盛り上がりしている。
処刑人に頭を押さえつけれれて土下座の姿勢になると、処刑人が手に持った大きなハルバードを振りかぶるのが陰で確認できた。そして、瞬きの隙も無く振り下ろされたハルバードで、胴体と首がお別れを告げる。
くるくると回転する視界が落ち着くと、目の前の大観衆が半狂乱で騒いでいるのが見えた。
一人の人間の処刑をここまで楽しむことが出来るとは、なんと人間というのは野蛮な生き物なのだろうかと、絶望的な気持ちになる。それと同時に自分を嵌めたあの宰相も、自分の欲得で人間を殺すことを厭わないのだから、結局立場の貴賤は関係なく、自分の楽しみの為であれば人間というのは変わらない物なのかもしれない。
人間は胴と首が分かれても少しの間は意識がある事と、綺麗に処刑されると意外に痛みは感じない事をここ最近の”経験”で知った。
随分と思案に耽っていたが、自分が首だけの姿になって数分は経ったのだろうか?いや、ほんの数秒の間の事を長く感じているだけなのか?それは良く分からない。
段々と周囲の音が遠のき始め、視界がゆっくりとぼやけて淡い色になっていく。感じている血の臭いは息をすることが出来ていないので勘違いだろう。
淡い色は大きな光に当てられて蒸発するように、徐々に色を失い暗黒の世界がやって来た。
「おはようございます。旦那様」
家令のジェームズの声で暗闇から目が覚める。
窓を開けてカーテンを開け放ったメイドのディナは、一杯の白湯を手渡してきて着替えの準備を始める。いつも通りにべッドから体を起こし、お湯を飲みながらこれまでの事を考えた。
今日は”いつも通り”であれば5月18日で、自分が処刑される11月18日のちょうど半年前だ。
全ての発端は、今日の午後に配下が新しい鉱脈の発見報告に来ることから始まる。
最初は、鉱脈の発見報告と採掘調査報告を帝都に送ったのだが、3か月間ほど音沙汰がないことを不審に思い、建国記念晩餐会でその旨を宰相に伝えた。あいつは「それは初耳です」なんてとぼけた顔をしていたが、本当は知っていて、いつの間にか反乱の罪を着せられていた。
そして、10月の末日になると帝都に別名目で呼び出されて、11月18日にあの処刑台に登る事になる。
最初の3回目まではアンドリュー・レンドン宰相を疑わなかったが、どんなに弁明をしても、証拠を出しても宰相は歯牙にもかけなかった宰相の意図が分からず、5回目までで、宰相の動きを調査し彼が黒幕であることが分かった。
そこで10回目までは、王に直訴してみたり、有力者に協力を仰いでみたのだが、結局一回の地方領主でしかない自分と、帝国の政務や軍事予算を取り仕切る敏腕の宰相では、どちらが信用されるかなんて決まっていて、毎回あの帝都広場の処刑台で見世物になる。
15回目まで報告を続けたが諦めて、今度は隠蔽してみる事にした。
ところがこれも上手くいかず、どこから漏れているのか、新鉱脈を隠蔽した罪と横領の罪で処刑される。関係者への賄賂なんぞ当然効かず、口封じをしようものなら、その家族から”数回”殺された。
25回目からは逃げてみる事にした。
ところがこれも上手くいかない。11月18日になると、帝国軍に捕まって殺されたり、野盗に殺されたり、人里を避けると動物に殺され、そこも避けると餓死した。
それ以降は宰相の暗殺を試みたり、考えうる方法を全て試したが悉く失敗に終わった。
あと残っている方法は……
「そうだ、反乱をしよう」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。