婚約者に蔑まれてきた地味な公爵令嬢が、美しく生まれ変わるまで。第三王子殿下と幸せになりますわ。
「ねぇ、エリス。フィレス様に好かれるにはどうしたらよいのかしら」
マリーディアは今日も、メイドのエリスに聞いてみる。エリスは困ったように、
「お嬢様はこんなに素敵な方なのに、どうしてフィレス様は……」
「わたくしに魅力がないから、わたくしが冴えない容姿をしているから」
マリーディア・プレディス公爵令嬢は17歳。黒髪黒目の地味な見た目の令嬢だ。同い年のフィレス・カルド公爵令息と2年前に婚約を結んだ。
フィレスは銀の髪に碧い瞳のそれはもう美しき令息で。
マリーディアに会うたびに、
「お前みたいな地味な令嬢なんぞ、私は婚約したくなかった。私は美しい者が好きだ。お前なんぞ、婚約したからって大きな顔ができるとは思うな。先行き、名だけの妻になり、私は愛する者を他に作る事にする。いいな。これは決定事項だ。お前はどうせ我が公爵家に嫁に来る身だ。私に逆らう事なんて許さない」
14歳ながら、フィレスにそう宣言されたマリーディア。
だから、フィレスに気に入られようと、色々と気を遣う事にした。
黒髪黒目は仕方がない。少しでも、髪を綺麗にして、顔も薄く化粧をし、着るドレスも明るい桃色のドレスを選んで、ともかく気にいられるように気を使った。
だって、他に愛する者を作り、名だけの妻なんて悲しすぎる。
少しでも美しくなったらきっと、フィレス様に愛される。
そう、マリーディアは信じたのだ。
フィレスに気に入られるように、プレゼントも沢山あげた。
自分に与えられるお金のほとんどをフィレスの為に使ったのだ。
王都の流行のお菓子を送ったり、素敵なネッカチーフや、胸元を飾る綺麗な石のついたピン。
本当に色々とプレゼントを贈った。
それに対して、フィレスからは礼の一つも無く、マリーディアにプレゼントをくれた事もない。
交流を深める為のお茶会だって、いつもお前のような地味な令嬢と付き合う私が気の毒だと思わないかと愚痴ばかり。
それでも、マリーディアはフィレスに会う事が出来るお茶会が幸せだった。
綺麗なフィレス様の顔を見ることが出来る。
愚痴ばかりだけれども、この日ばかりは自分を見てくれる。
とある日、フィレスの公爵家の庭で行われるお茶会で、一人の令嬢を紹介された。
「アイリスです。フィレス様とは最近親しくして頂いています」
「市井の者だが、お前より余程、美人だ」
「マリーディア様。ごめんなさいね」
金髪碧眼のそれはもう美しいアイリス。
アイリスの方ばかり見て、アイリスばかり話しかけて、マリーディアはその日のお茶会では無視されて……
家に帰ってメイドのエリスに泣きついた。
「わたくしは、フィレス様に嫌われてしまった。ああ、わたくしはフィレス様を愛しているのに。他の女性を今日、お茶会に連れてきたの。どうして?わたくしが婚約者なのに。ああ、わたくしが黒髪黒目だから、わたくしが地味な女だから、フィレス様に嫌われてしまった。嫌われてしまったんだわ」
「お嬢様。お嬢様はこんなに美しいのに、黒髪黒目だからって、あまりにも酷すぎます。それにお嬢様はもっとご自分に自信を持たれた方がよろしいかと。私、凄い人を知っているのです。その人を屋敷にお招きしてよろしいでしょうか」
「凄い人?」
「お嬢様に自信を持たせて下さる方です」
エリスが翌日連れてきたのは、背の高い凄い美人だった。
「わたくしはメルディーナ・ディセルト。エリスに頼まれてやってきました。わたくしも黒髪黒目なのよ。どう?わたくし、地味かしらね」
ディセルト大公夫人メルディーナ。メルディーナは隣国の王女で、王弟であるディセルト大公に嫁いできた女性だ。社交界の華と呼ばれるメルディーナ。自分と同じ黒髪黒目なのに、なんて彼女の華やかな事か。
エリスがお茶をテーブルに用意しながら、
「メルディーナ様は以前、私の母が仕えていた関係で、私まで良くして頂いて」
「エリスは優秀なメイドよ。本当はうちで雇いたかったんだけど、公爵夫人に頼まれて貴方に譲ったのよ」
「お母様が……」
マリーディアの母は3年前に亡くなっている。
エリスは母が亡くなる前年に公爵家に来たメイドだ。自分より5歳年上のエリスは、よき相談相手にもなってくれて。
涙がこぼれる。母の愛が感じられた。
メルディーナはマリーディアに、
「貴方はもっと自分に自信を持ちなさい。男に対して甘く出てはいけないわ。エリスから聞いたのだけれども、プレゼントを沢山あげて、男を甘やかしていたと。それはいけないわ。男は足で踏みつける位にこちらが上手に出ないと、一生舐められるわよ」
「あああ、でも、わたくしが地味な女だからフィレス様は不満みたいで」
「外見は変えられるの。貴方の態度も貴方の考え次第で変えられる。だから、わたくしが貴方をじっくりと仕込んであげるわ。いい?男に対して下に出ては駄目。自分は女王様。女王様のように、自分に自信を持ちなさい」
マリーディアはメルディーナの教えを受ける事にした。
まず、着るドレス。桃色のドレスを好んで着ていたのだけれども、大人っぽいドレスに変えてみた。
メルディーナとは何度か面会を重ねて、そのたびにメルディーナは色々と指導をしてくれた。
もっと美しく、もっと自信を持って。
女性としての美しさ、仕草、自信の持ち方、色々と教えてくれたのだ。
マリーディアは17歳。
フィレスは一度も共に夜会に行ってはくれない。
父も忙しく、マリーディアは一度も夜会に出たことがないのだ。
メルディーナはマリーディアに、
「わたくしが一緒に出てあげるわ。色々な方を紹介してあげる。その前にお化粧ね。そしてドレス。今宵は藍色の大人っぽいドレスに致しましょう。髪は上に結い上げて、真珠の飾りを着けてみては如何?」
「何だかドキドキします。そんな恰好、わたくしに似合うかしら」
メルディーナは深紅のドレスに豊かな黒髪を背に流して、凄い華やかで美しかった。
二人で夜会に出席する。
「プレディス公爵令嬢を紹介するわ。とても美しい令嬢でしょう?」
「マリーディア・プレディスです。お見知りおきを」
貴族の夫人達に挨拶をする。
「まぁ美しいお嬢さんね」
「プレディス公爵夫人が亡くなって、もう三年。こんなにお嬢さんが美しく育っていたなんて」
「わたくしは公爵夫人によくして頂いたのよ。今度、我が家のお茶会に招待するわね」
色々な夫人達から暖かい言葉をかけられた。
「婚約者がいるのか。残念だ」
背後から声をかけてきたのは、レッドル第三王子殿下。
黒髪碧眼のレッドル第三王子殿下は美男で有名だ。
「第三王子殿下」
慌ててカーテシーをすれば、レッドル第三王子は、
「かしこまらなくていい。ダンスを一曲、お願い出来るかな?」
「はい。喜んで」
レッドル第三王子とダンスを踊る。
彼のリードは上手くて。
ダンスは貴族令嬢のたしなみとして、あらかじめ習っていて、踊れる事は踊れるのだけれども、初めての夜会でマリーディアは緊張して。レッドル第三王子の足を踏みそうになってしまった。
「申し訳ございませんっ」
「いや、不慣れなのだから仕方がないよ。それより、そなたのような美しい令嬢とダンスを踊れるのだから私は幸せものだ」
「わたくしが美しい?」
「ああ、その艶やかな黒髪も、藍色のドレスも、真珠の髪飾りもどれも似合っているよ」
「有難うございます」
お世辞とはいえ、とても嬉しかった。
レッドル第三王子の他にも数人の男性からダンスを誘われて、美しいと褒められ、少しはマリーディアは自信がついたのだ。
ダンスを踊って、一息ついていれば、背後から声をかけられた。
「何でお前がいるんだ?それも、他の奴らとダンスを踊って。お前は私の婚約者だろう?」
「フィレス様っ。わたくしだって夜会に出たいです」
「許さない。お前みたいな地味な女は、夜会なんか出てはいけない。私に頭を下げ続けていればいいんだ」
フィレスの腕にはお茶会に連れてきた女性ではない女性がもたれかかっていた。
メルディーナが扇を手に近寄って来て、
「あら、貴方がマリーディアの婚約者のフィレス様?マリーディアがあまりにもモテるものだから、やきもちを焼いているのね」
「なんだ?お前は」
「メルディーナ・ディセルト。ディセルト大公夫人よ」
フィレスは顔色を悪くした。
メルディーナは隣国からディセルト大公に嫁いできた王女で、大公は王の弟である。
フィレスはそれでも、口答えする。
「自分の婚約者が他の男と踊っていたらイラつくでしょう」
「ダンスを一曲ずつ踊っただけです。わたくしだって夜会でダンスを踊りたいわ」
マリーディアが反論すれば、フィレスはマリーディアの頬を叩いて、
「お前、生意気になったな。その色のドレスはなんだ?男に媚びる為に大人っぽい色にしたのか。お前は桃色のドレスを着て、私に頭を下げていればいいんだ。それが私の婚約者たるお前の役目だろうが」
頬を叩かれて痛かったが、マリーディアは叫ぶ。
「メルディーナ様が教えて下さいました。わたくしだって、美しくありたい。貴方はいつもわたくしを地味な女とさげすんでいてばかり、他の男性の方々はわたくしを褒めてくれたわ。美しいって。わたくしだってわたくしだって、貴方が好きだったから、貴方にプレゼントを沢山あげて、貴方の愚痴も沢山聞いて、我慢も沢山して。お茶会だって他の女を連れて来て悲しかったけれども、わたくしが地味だからって、わたくしが悪いってそう思って。
でも、違うの。わたくしは悪くない。貴方が悪いんだわ。わたくしだって輝きたい。素敵になりたいの」
「本当に生意気な女になったな。お前っ。もっと殴ってやろうかっ」
レッドル第三王子が、フィレスの腕を握って、
「女性に暴力はいけないな。この件はカルド公爵家に苦情をいれておく。夜会の主催は私だ。マリーディア嬢。頬が腫れている。控室で手当てを受けるがいい」
「有難うございます。レッドル第三王子殿下」
メルディーナに付き添って貰って、マリーディアは手当てを受けた。
悲しかった。華やかな夜会。素敵なドレス。そして、色々な方と交流して、そして今回の出来事。マリーディアは自分がいかに、フィレスに下に見られて蔑まれてきたのか解った。
メルディーナはマリーディアに、
「わたくしが働きかけてあげるわ。あんな男に未練があるかしら?」
「いえ、わたくしを蔑むような酷い男に未練はありません」
「だったら、婚約破棄をすればいいわ。貴方のお父様は仕事の鬼で、本当に貴方の事を見ていないようね。エリスがそう言っていたわ。だからわたくしが力になってあげる。貴方は貴方の人生を選んで歩いて行っていいのよ」
涙がこぼれる。
自分の人生。今まで恋に目がくらんで、蔑まれて、酷い扱いを受けても、幸せだと思っていた。
でも、きっとメルディーナの言葉を信じて前に進んでいけば、明るい未来が待っている。
マリーディアはメルディーナに頭を下げて、
「あの男と別れたいです。どうか力を貸して下さいませんか?」
「喜んで。わたくしに任せて頂戴」
婚約破棄が成立した。
暴力をふるったという事と、不貞をフィレスの方がしていたという事で、慰謝料が払われる事になった。
王宮に招待されれば、レッドル第三王子が庭の入り口で待っていてくれて、
「婚約破棄をしたんだって?」
「メルディーナ様に力になって貰いましたわ。わたくし、すっきり致しました」
「それは良かった。それならば、私に機会があるという事か」
「え?」
「君はとても美しくて、私は一目見て好きになってしまった。どうか、私の妻になって貰えないだろうか」
とても嬉しい。今まで地味でどうしようもない女だと言われてきた自分が、美しくて好きになったと言って貰えたのだ。それも第三王子殿下に。でも……
「光栄に存じます。でも、わたくし、レッドル第三王子殿下の事を詳しく知らないのです。貴方様はわたくしの事は?」
「メルディーナから聞いているよ。ああ、メルディーナは大公の夫人だからね。よく王宮に来るんだ。私達王子に、叱咤激励をしてくるよ。女性を尊重しろとか、色々とね」
「そうなんですか」
レッドル第三王子から手の甲に口づけを落とされて、
「だから、君の事は聞いている。私は女性を尊重するし、君の事を大切にする。まずは、私の事をよく知ってもらえるように努力をしよう。それから婚約を考えてくれないか?」
「わたくしでよければ喜んで」
幸せだった。レッドル第三王子に熱烈に口説かれたのだ。
マリーディアは本当に胸がドキドキして、幸せを感じたのであった。
屋敷へ戻れば、門の前で待ち伏せされた。
馬車から降りようとしたら、フィレスがこちらへ近づいて来た。
女性の護衛騎士が、それを阻んでくれて。
フィレスは護衛騎士に阻まれながら、喚く。
「婚約破棄だとっ?お前のせいで私は破滅だ。廃籍されて、どこへでも行けと放り出された。全てお前が悪いっ。謝れっ。地味な女のくせに。頭を擦り付けて私に復縁を申し込め。仕方ないから復縁してやる。お前は私の下で這いつくばっていう事を聞いていればいいんだっ」
マリーディアは叫んだ。
「わたくしは自分にやっと自信が持てましたの。貴方のせいで、自分に自信が無くて。何で貴方の事が好きだったのかしら。ああ、でも今は幸せ。わたくしを美しいと言って下さって、わたくし、第三王子殿下レッドル様にお付き合いを申し込まれておりますの。だから、二度と、わたくしに関わらないで下さいませ。女性を尊重しない男なんて、滅びればいいんだわ。ええ。貴方なんて大嫌い。わたくしの前に二度と姿を現さないでっ」
「マリーディアの癖にっ。生意気だぞっ」
更に掴みかかってこようとしたら、通行人の筋肉隆々の男性がにこやかに、フィレスを拘束してくれて。
「私が警備隊に連れて行きましょう。こういう屑は、困りますな」
「有難うございます。助かります」
何だか数人のムキムキ達に馬車に押し込まれて、フィレスは連れ去られたようだ。
警備隊に苦情を言っておこう。そうすれば拘束されて牢に入れられるだろう。
当分、フィレスに会う事はないだろうと、マリーディアは安堵するのであった。
後に、レッドル第三王子殿下がとても良い人で、マリーディアは彼と婚約する事になった。
メルディーナやエリスが凄く喜んでくれて。
今日は大公家に招待されて、祝ってくれるとの事。
薄い水色の美しいドレスを着て、迎えに来たレッドル第三王子殿下に手を取られ、馬車に乗るマリーディア。
後にその美しさから王国の花と歌われ、夜会の主役になる程の、華やかさを誇ったマリーディアはレッドル第三王子との間に、三人の息子に恵まれて幸せに暮らしたと言われている。