9,ネモフィラの花畑
「次はどこへ行くのかしら?」
「今から流行りのスイーツを買いに行こうと思って。それで、買ったスイーツを僕のお気に入りの場所で一緒に食べたいんだ……どうかな?」
「いいわね。お気に入りの場所ってどこかしら! とても気になるわ」
「それは後のお楽しみ」
スイーツは好きだけれど、お洒落なお店の中で食べるのは苦手だ。
そんな私のこともわかってくれているのか、フレッドは外で食べることを提案してくれた。
まだ出会ってからそんなに経っていないのに、私のことをよく理解してくれているのが嬉しい。
ところで……
「……それは、何をしているの?」
彼は私の隣で、黒い髪を必死に茶髪のウィッグの中に詰め込んでいる。
「ほら、人が多い場所だと僕のことに気が付く人が多いかもしれないから。この間凱旋パレードをしたばかりだし」
「なるほど……有名人って大変ね」
私が冗談めかしてそう言うと、彼もウィッグの位置を整えながら笑う。
そんな話をしていると、馬車はスピードを落とし、目的地が近づいたことがわかった。
「着いたかな?」
書店からそれほど離れていない場所に馬車は止まった。
街の雰囲気は書店がある通りとあまり変わっていなかったが、とある建物の前に少し人だかりができている。
「あのお店だね。ほら、団子って知っているかい?」
「あの、東方の国の……! おにぎりの発祥国のスイーツよね。名前は聞いたことがあるけれど、食べたことはないわ」
「それなら丁度良かった。食べてみない?」
「えぇ!」
私たちは一緒に、お店の前に出来ている列に並ぶ。
しばらくはたわいもない話をしていたが、少しずつ周りの視線が気になってきた。
よく耳を澄ませると、こんな声が聞こえてくる。
「え、あの人めっちゃかっこよくない?」
「馬車に乗ってきていたから高貴な人なんじゃないの!?」
「声をかけちゃおうかな」
「でも隣に女の子いるよ?」
「いいじゃん、あの子なんだか地味だし」
「確かに」
自分が地味なことは自分が一番わかっているから、そんなことを言われても何も思わないけれど……
私はこっそりフレッドの方を盗み見ると、彼は必死にその人達の方から目を逸らしている。
まるで話しかけないでくれと言っているようだ。
しかしその願いは届かず、列と列の距離が近くなったところで、彼女たちはフレッドに話しかけてきた。
「あの、とってもかっこいいですね! この後予定ってあるんですか? 良ければ私達と一緒にこの後スイーツ巡りしませんか?」
「こんなにかっこいい方初めて見ました! しかもきれいな馬車に乗っているということは、高貴な方なんですよね? 絶対に楽しい時間を過ごせますから、一緒にどうですか? 何なら私、家に手作りのクッキーがあるんです! ぜひいらしてください!!」
「ちょっと! 私だって今から家でマフィンを作りますから来てください!」
「あのっ、私も!」
1人が話しかければあっという間に、フレッドの周りに数人の女性が群がっていく。
私の存在は、彼女たちの視界からは消えているようだ。
その中の一人が甘えたように彼にすり寄ると、彼はビクッと小さく肩を震わせる。
それに気が付いていないのか、他の女性もどんどん距離を近づけていく。
そしてそれを見ていた私は、何とも言えない気持ちになり……
気が付いた時には口が動いていた。
「私の彼氏に声をかけないでくれますか?」
「え……」
フレッドが驚いたようにこちらを見て、次に周りの女性たちも一斉に私の方を見る。
長い沈黙が流れた後、女性たちは無言でサッと離れていった。
「……僕、彼氏なんだ」
彼がボソッとつぶやいた時、私はやっと自分が言った言葉の意味を理解した。
なんでこんなことを言ってしまったのだろうか?
「ご、ご、ごめんなさい! えっと、言葉のあやというもので……」
私は小声で彼に言い訳をする。
「……なんてね、わかってるよ。助けてくれてありがとう」
嘘だということが周りの人にばれないように、彼は私の耳元でお礼を言った。
私の顔の温度が上がるのがわかる。
そしてやっぱり私の心臓は変な音をたてる。
「次の方ー!」
そうこうしているうちに、私たちは店内に入ることができた。
◇◇◇
「さぁ、目を開いてみて」
「わぁ……すごい……」
団子を無事に買った後、私たちはフレッドの『お気に入りの場所』に向かった。
「驚かせたいから」と言って、途中から目を閉じるように彼に言われたので、私は彼に手を引かれるがままに歩いていた。
そして彼の合図とともに、私が目を開くと……そこには満開のネモフィラの花畑があった。
「こんなところが城下町の近くにあっただなんて……全く知らなかったわ」
「でしょう? 僕も魔王討伐の帰りに偶然見つけたんだ。その時はまだ花が咲いていなかったけれど……今なら見ごろだろうと思って」
それに、ここは花だけじゃなくて、風は気持ちいいし、水の音が心地いいんだ、と彼は地面に座りながら微笑んだ。
そしてハンカチを地面の上に敷き、
「お隣どうぞ」
と地面をたたいた。
「お邪魔するわ」
私はネモフィラに目を奪われつつ、彼の隣に腰を下ろした。
彼は先ほど買った団子を一本、私に渡してくれた。
私たちは黙ってネモフィラを見つめながら、団子を味わう。
団子のあまじょっぱい味が口の中に広がり、少し涼しい風が頬を撫でる。
……こんなに居心地がいい沈黙は、他の人とは共有できないかもしれない。
それだけ、彼の隣は心地よかった。
彼もきっと同じことを思ってくれているだろう。
いつの間にか私はネモフィラから目を逸らし、彼の横顔を見つめていた。
「どうかしたの?」
「……あなたといると心地がいいなと思っていたの。今日はありがとう、とても楽しかったわ」
「僕も楽しかった、やっぱりマリーとは波長が合うな」
彼にも同じことを言ってもらえて私はとても幸せな気持ちになった。
人生でここまで仲の良い友達はイェレナ以外に出来たことがない。
大切にしなければ。
そこまで考えたところで、私は手元の団子に視線を移す。
「うーん……ちょっとおなかが一杯になってしまったわ」
「それなら僕が貰おうかな」
「えぇ、そうね。お願いしようかしら」
私は団子の串を手渡そうとしたものの、なんと彼は私に向かって口を開いた。
これは……口元に運ぶのが正解なのだろう。
私がおそるおそる口元に団子を運ぶと、彼はおいしそうにそれを食べた。
「マリーに食べさせてもらったからかな? 今日のどの団子よりもおいしい」
そして私は今日何度目かわからない、謎の心臓の痛みを感じたのだった。
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完結は17話を予定しています(_ _*)




