8,メーティスの館
「ここは……?」
フレッドの手を借りて馬車を降り、辺りを見渡す。
そこは城下町でも外れの方にあるのか、ガヤガヤとした雰囲気はなく、人通りも少ない。
「ついて来て」
彼は手を握ったまま、大通りから少し外れた道へ私を案内する。
そして私たちはとある一軒の建物の前にたどり着いた。
その建物はかなり大きいものの、窓ガラスは白く曇っていてあまり中は見えず、看板もかなり錆びついている。
「『メーティスの館』……?」
聞いたことのない店名だが、メーティスといえば知の神を意味する。
ということは、学校だろうか?
いや、そのような活気は感じられない。
そして、この建物は日の光を避けるように作られているように見える。
日の光が害になるものが置かれている……と言えば、私が大好きなあれが売られている店かもしれない。
「もしかして、書店かしら?」
「大正解! この店はあまり知られていないし、紹介がないと入れないんだよ。そのくらい貴重な本が売られているんだ」
フレッドの返事を聞いた私は、ここ一か月の中で一番ワクワクした気持ちになる。
彼もそれを感じたのか、嬉しそうに頬を緩めた。
「喜んでもらえたみたいで良かった。ね、絶対に楽しませるって言ったでしょう?」
「えぇ、本当にフレッドって最高だわ……」
彼は店のドアをそっと開き、中にいる店主に声をかけた。
「こんにちは、アランさん」
私がドアからお店の中を覗き込むと、カウンターから眼鏡をかけた年配の男性が立ち上がり、こちらへ近づいてきているところだった。
「ご無沙汰しております。魔王討伐の任を受けてからは、あまりこちらへ伺うことができず……」
「気にしないでくださいませ、またいらしてもらえて何よりですので……おや、そちらにいらっしゃる方は?」
店主はフレッドの後ろにいる私に気が付いたようだ。
「こちらはマリー・ガードナー子爵令嬢です。彼女は大の本好きなので、今日は一緒に来てもらいました」
「そうなのですか……こんにちは、私はアラン・ノディエと申します。以後お見知りおきを」
アランさんはそう言ってきれいなお辞儀をしたので、私も急いで頭を下げた。
「ご紹介にあずかりました、マリー・ガードナーです。今日はよろしくお願いします」
「えぇ、本が好きな人は大歓迎ですよ。どうぞ見ていってください」
アランさんに促され、私とフレッドは店の中へ足を踏み入れた。
「わあ……」
一歩中に入れば、そこにはたくさんの本があった。
壁じゅうに設置された本棚には丁寧に本が収納されており、その数はゆうに一万冊を超えているだろう。
「驚いた?」
「……えぇ、ここまでだとは思わなかったわ」
「丁寧に扱っていただけるのであれば、この書店内で読んでも構いませんよ」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
実を言えば、こんなにいい本がたくさんあるというのに、私のお小遣いだけでは足りないだろうと考えていたので、ありがたかった。
私はさっそく近場の本棚を物色する。
どうやらこの辺りは言語学の本が置いてあるようだ。
「これは、古代ルーン語の解析をしている著名な先生の本……! それにあそこにあるのは東のリューザック山脈の頂上に住むと言われている民族の言葉が学べる本だわ!」
「マリーは言語学に興味があるの?」
「そうね、色々な言葉を話すことが出来たら、もっといろんな人に面白い話を聞くことができるかもしれない、なんて考えていたら、新しい言葉を学ぶのが好きになってしまって……」
「すごいね、僕も主要な言語は必要だから習ったけれど、それ以上習おうとは思わなかったな」
「でも結局、出不精な私は学んだ言葉を使う機会があまりなかったのよね」
私は目当ての古代ルーン語の本を手に取り、店の隅にある椅子に座る。
フレッドも同じようにかなり南部の国の公用語を学べる本を持って、私の横に座った。
「それなら、僕と一緒に旅行に行くのもいいかもね」
「それ、楽しそう……私ももう一度勉強しなおそうかしら」
そんな話をしながら、私たちは書店で穏やかな時間を過ごした。
何度か本を買いに客がやって来たが、皆本に夢中であったため、奥にいる私とフレッドのことなんて、全く気にも留めていない様子だった。
「……マリー? まだ行きたいところがあるから、そろそろ出ようか」
「はっ! 私ったら集中しすぎていて……ごめんなさい」
時間の流れなどわからなくなるくらい、どの本も面白かった。
私は何冊か最初の方だけ読むのを繰り返し、その中でも気になった本を買おうと思っていた。
しかしどの本も面白く、どれを選ぼうか考えてしまう。
「……古代ルーン語の本は絶対欲しいし……あとはエンゲ王国の歴史書か、法から紐解く歴史の流れの本にするか……」
「迷っているの?」
「えぇ……今すぐ決めるから、ちょっと待っていてほしいわ」
そんな私を見た彼は、さっと椅子から立つ。
「アランさん、ここにある本すべて購入します」
「え、ちょっと待って、フレッド!」
アランさんはニコニコしながら、私達が座っているところまでやって来た。
「合計10万ゴールドとなります」
「はい、お願いします」
「確かに頂戴いたしました」
アランさんが丁寧にカバーをかけ、袋詰めをした本をフレッドが持ってくれる。
「待って、申し訳なさすぎるわ。買ってもらった挙句、持ってもらうなんて……」
「僕がそうしたいだけだから気にしないで」
「せめて半分は払うわ」
「大丈夫だって。僕は王子なんだから、いい顔させてよ」
そこまで言われてしまったら、もうどうすることもできない。
スタスタと本をもって書店の出口に向かう彼の背中に、お礼の言葉を投げる。
「ありがとう、その、どの本も欲しかったから本当にうれしいわ」
「……僕もその笑顔が見れてうれしいよ」
彼は顔だけ振り返り、私に微笑んだ。
そして、アランさんに挨拶をする。
「では、ありがとうございました。また来ますね」
「素敵な本をありがとうございます!」
「こちらこそ、大切な本がよき人の手に渡ってうれしく思います。またいらしてください……あ、あとフレドリック様」
店を出ようとした丁度その瞬間、アランさんはフレッドに声をかけた。
「貴方がそんなに浮いた様子は珍しい……頑張ってくださいね、応援しております」
「……勿論、全力を尽くすつもりです」
何のことを言っているのかはよくわからなかったが、私たちはそのままお店を後にした。
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