6,ガードナー子爵家
例の舞踏会から三日が経つ。
帰り道ではイェレナに大丈夫と言われて、不敬罪になることはないと安心していたが、翌日からはまた心配になってきていた。
いつもなら本を読んだり、勉強をしたりしている時間を、今はずっとぼーっとして過ごしている。
毎朝起きてすぐに「子爵家は取り潰しだ!」という手紙が届いていないか、ポストを自分で見に行っていたし、家の門へ「あの失礼な令嬢の家はここか!」と王子がやってこないか、自分の部屋の窓から見張っていた。
そしてそれを見た母や父、屋敷の使用人たちは何を思ったのか、舞踏会で私によい人ができたと勘違いしている。
「あの恋愛なんて興味がなさそうだったマリーが……相手の方に感謝しなければなりませんわ!」
「マリーに相手ができてしまうなんて……私はまだ心の準備が出来ていないよ」
「何を言っているのよ! この機会を逃すわけにはいかないわ……もう少しマリーが落ち着いたら相手を聞き出しましょう」
「私は……私達と同じくらいマリーのことを大切にしてくれる人じゃなかったら認めないからな!」
夜、うまく眠ることが出来なくて家の中を歩き回っていたら、父と母が部屋でこんな会話をしているのを聞いてしまった。
ごめんなさい……そんな幸せな悩み事ではなくて……家の存続についての悩みなの……
そう思いながらそっとその場を去ったのは記憶に新しい。
私は本を広げたまま、机に頬杖をついて、窓から庭を眺めていた。
三日経っても手紙が来ないなら、許されたのではないだろうか?
それなら……舞踏会のことも王子のことも忘れて、これまでと変わらずにこの家でのんびり過ごそう。
……でもそれは、なんだか少し悲しい。
……何故?
しかしその先を考える前に、私の視界にとんでもないものが映った。
「ば、馬車……!!」
私の家はしがない子爵家。
そんな家に馬車がやってくることなどほぼない。
嫌な予感がして、私は3階にある自分の部屋から急いで玄関まで駆け降りる。
幸いなことにまだ馬車は着いたばかりで、父や母の方には連絡は行っていないようだ。
玄関のドアを開け庭へ出ると、門の方では黒髪の男性が家の執事と話しているところだった。
「連絡なく伺ってしまいすみません、フレドリック・ウィンベリーと申します。今日はマリー嬢にお会いしたく参りました」
彼は執事にも丁寧な言葉遣いをするのね……いい人だわ……ってそうじゃなくて!
執事は来客者の名前を聞いた瞬間、固まってしまっている。
まさか私の家に王子がやってくるなんて思ってもいなかったのだろう。
「こ、こんにちは……」
私が蒔いた種だ。
私がどうにかしなければ!
茂みの裏に隠れて様子をうかがっていたが、このままではいけないと思い、そっと王子と執事たちの方へと向かった。
「マリー! 突然来てしまって申し訳ない。でも、どうしてもまた君に会いたくなってしまって……」
私の手を握ってぶんぶん振っているのは、間違いなくこの国の第二王子だ。
……でも、全然怒ってはいなさそう?
「え、えっと。フレドリック様……であっているんですよね?」
「やっぱりあの時は知らなかったのか……まぁ僕が王子だろうと王子じゃなかろうと関係ないけれど」
本当は翌日に会いに来たかったのだけれど、仕事が溜まっていて来ることができなかっただとか、きれいな家だねだとか、おめかししていない私も素敵だとか、彼の口は止まらない。
でも、私の耳にはあまり入っていなかった。
「……どうしたの? 元気、ない?」
私が無言のままでいたからか、彼は首をかしげて私の顔を覗き込んだ。
「……あの、私、王子だと知らなくて、この間は失礼な言動をしてしまいました。本当に申し訳ございません……だから、どうか家の取り潰しだけは……」
私がそこまで言ったら、彼はクスっと笑って私の頭を優しくたたいた。
「何を言っているの? こんなに素敵なマリーを育ててくれた子爵家を取り潰すなんてことするわけないじゃないか」
「……本当ですか?」
「あぁ、それに僕のことを王子だと思って接する必要は全くないよ」
その言葉に驚いて顔をあげれば、そこには真面目な光を宿した彼の瞳がある。
そういえば……この人と一緒に居ると居心地がいいと感じていたのだった。
そんな彼が嘘を言うとは思えないし、家を取り潰すほど心が狭いとも思えない。
「ごめんなさい、貴方が優しいことは知っていたのに、酷い思い込みをしていて……」
「気にすることはないよ」
それでも落ち込んでいる私を見て、彼がいいことを思いついた、とでもいうように、面白そうな笑顔を浮かべる。
「それなら、反省の気持ちとして、僕とは敬語なしで話してもらおうかな。あと、フレッドって呼んで」
「え、ちょっと、それは……」
「いいからいいから」
そんなものすごく期待した目をされてしまったら、断ることは出来ない。
私は口を開けて閉じて、何度か繰り返してから、そっと名前を呼んだ。
「フレッド」
「よくできました!」
嬉しそうに頭をなでてくれたから、きっとこれでよかったのだろう。
そんなこんなしているうちに、いつの間にか執事が父と母を呼びに行っていたようで、二人が玄関を飛び出してきた。
「フレドリック殿下、わざわざお越しいただきありがとうございます。本日はどのようなご用件で……」
父は突然の王子の来訪に焦っているようだ。
母は、私の方をみて「やるじゃない!」と口パクをしたので、同じく口パクで「違う!」と返す。
「突然うかがってしまい申し訳ございません、フレドリック・ウィンベリーと申します」
彼はすっと私のそばを離れ、両親に深く頭を下げた。
その様子に父は更に焦り、母は「なんていい子なの!」とでもいう風にキラキラした目でこちらを見ている。
母よ、違うんだって……
「あの、今日、マリー嬢と少し出かけたいのですが、許可をいただけませんでしょうか?」
「……!?」
そんな話は聞いていなかった私は、驚いて彼の方を振り返る。
両親はそれぞれ頭を下げて、
「マリーをよろしくお願いします」
「で、出かけるんですか、なるほど。門限さえ守っていただければ問題ございません。娘をよろしくお願いします」
と言う。
「え、待って私、まだ何も用意が出来ていないけれど……!」
「それまでその辺を散策して待っているから平気だよ。どのくらいで支度、できるかな?」
「い、一時間くらい……ですかね?」
フレッドからの無言の圧に、私は言いなおす。
「い、一時間くらい……かしら?」
「わかった、何度も言うけれど突然来た僕が悪いから、支度はゆっくりで大丈夫だからね。じゃあ、一時間後に」
こうして嵐……じゃない、フレッドは馬車に乗り、子爵家の前から去って行った。
「ちょっと! 誰が相手なのかと思えば王子ですって!? マリー、やるじゃない!」
「私の大切なマリーが王子と……いや、相手としては申し分ないのだけれど、いかんせん心の準備が……」
「だから違うんだって!!!!」
私の叫びが庭に響き渡った。
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