10,フレッドと子爵家
「そういえば、私のドレス戻ってきたのね」
出かける支度をしながら、メイドに話しかけると、彼女は焦ったように返事を返した。
「そ、そうですね。無事に汚れが取れてよかったです、はい、本当に」
一か月ほど前だろうか?
私が唯一持っているドレスである、薄緑色のドレスが洋服棚から突然消えたのだ。
いくら何でもしまっておいたドレスを無くすなんてことはないだろうと思い、母に相談をしてみたところ、
「あぁ、それね、私が間違えて紅茶をかけてしまったから、今汚れを落とすために専門店の方にお願いをしているのよ。ごめんなさいね」
と言われた。
いや何がどうなって、母が私の部屋の洋服棚まで紅茶を持って行ってそれをこぼす、という状況になるのだろうと思ったが、「これ以上何も聞くな」という母の強い圧を前にしては何も言えなかった。
一体何があったのかはわからないけれど、無事にドレスが帰って来たから良しとしよう。
私は街へ出かけるために普段着を選び、メイドと一緒に支度を続ける。
今日は二週間に一回の、フレッドと遊びに行く日だ。
初めて出かけようと誘われたときから、かれこれもう半年がたつ。
あれから色んな場所に行くにつれて、私達の関係はどんどん深まっていった。
今では親友と呼んでも過言ではないほど仲が良い……と私は思っている。
それに、彼はこの半年で私とだけではなく、ガードナー子爵家のみんなとも仲良くなり始めていた。
私が身支度を整え終わり、急いで家の門の方へ向かうと、そこには私の家の執事と楽しげに話すフレッドの姿があった。
「マリーは隠れんぼをしている間に、一晩を明かしたということですか?」
「そうなのですよ。今となれば笑い話ですが、当時は肝が冷えたものです」
「ちょっと、その話は恥ずかしいからやめて頂戴!」
私が執事とフレッドの間に割って入ると、フレッドは明らかに残念そうな顔をした。
「マリーの小さい頃の話、面白くて可愛いのに……」
「話したところで減るものではありませんし、良いじゃないですか、お嬢様」
「もう、すっかりフレッドに絆されちゃって!」
執事だけでは無い。
最近の母はいつにも増して、
「マリーはフレドリック様のこと、どう思っているの? ちなみに私はとてもいい方だと思っているわよ」
なんて言って、私達をくっつけようとするし、父も、
「大事な大事なマリーだが……フレドリック様になら、まぁ嫁にやっても良いだろう」
と言っている。
フレッドからお付き合いだ、婚約だ、なんて話は聞いたことがないし、そもそも私は恋がどんなものなのか、よく分からない。
だから、父も母も飛ばしすぎなのである。
「今日は美術館に行こうって話よね。楽しみにしてたわ!」
「僕も楽しみにしていたよ、早速行こうか。では、また今度お話しましょう」
彼が執事に一礼すると、執事もまた深く頭を下げた。
「こちらこそ、お待ちしております」
執事がフレッドに変な話をしないように見張っておかなければ。
そう思いつつ、私はフレッドの手を借りて馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
「美術館、楽しかったわね。丁度リーズ先生の絵も公開されたところだったのは、嬉しかったわ!」
リーズ先生と言えば、現代美術において代表的な画家の1人。
写実的に描かれたその絵画は、まるで写真のようだった。
今まで本を通して見たことはあったものの、実物を見れたことに感動し、まだその余韻が残っていた。
「確かにすごいよね、実は僕の父の肖像画を描いたりもしているらしいんだよ」
「現国王の!? リーズ先生……流石ね」
私たちはそんな話をしながら、ぶらぶらと城下町を歩く。
今日もフレッドはちゃんと茶髪のウィッグをしているので、王子だとバレる心配はない。
この後は、前にイェレナに勧められたお弁当のお店で昼ご飯を買って、どこかのベンチに座って食べようという話になっている。
一国の王子と令嬢がそれはどうなのか、と思われるかもしれないが、お洒落なお店が苦手な私、そして女性に群がられるのが苦手なフレッドにとってはそれが1番楽だった。
しかし、そろそろお弁当のお店の近くまで来たかなと思い、お店を探そうとした時、横のお店から悲鳴が聞こえてきた。
「ぼ、僕のキャンディー……! 返して!!」
男の子の泣き声にも似た叫び声が聞こえたかと思えば、隣のお菓子が売られているお店の近くから男が飛び出してきた。
男の子はお店の前で、今買ったお菓子を開けたところだったのか、空袋を手にしたまま立ち尽くしている。
それを見た私は……
一直線に、逃げ出した男の方へ走り出した。
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