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026 狭山カコ(1)




「また……助けてくれた」


 自宅に戻った狭山カコは自分ベッドに寝転び、つぶやく。

 ギュッと抱きしめられたパンダのぬいぐるみが苦しそうだ。


 彼がいなかったら死んでいたかもしれない。

 死なないまでも死にたくなるような思いをしたかも。


 思い出すのは意識を取り戻したときに、最初に視界に飛び込んで来たひでおの顔。

 怖い思いをしたけれど、ひでおの顔がすべて帳消しにしてくれた。


 SNSの「えつくすー」を開き、ひでおのプロフィールを開く。

 タイムラインは配信告知のみ。

 プライベートなつぶやきは一切ない。

 彼らしさがよく伝わってくる。


 フォロワー数はすでに数十万人。

 つい先日まではたったの二人だった。


 ひとりは同級生の仲間佑。

 そして、もうひとりが――狭山カコだ。


 ひでおの配信を見つけたのはたまたまだ。

 高校に入学して一週間した頃。

 ダンジョン配信に特化した動画投稿サイトのDuntube。

 何気なく開いたのがひでおチャンネルだった。


 カコはすぐにそれが同級生のひでおだと気がついた。

 教室ではあまり目立たない彼だったが、カコにとって特別な存在だったから。



 ――入学式の日を思い出す。



 新しい制服に身を包み、晴れやかな気持ちで学校へ向かう途中。

 ニャアと高いところから聞こえた。

 まるで、カコを呼び止めるかのように。

 仰ぎ見れば、街路樹の上に猫がいた。三毛猫だ。


 どうやら、木に登って降りられなくなった様子。

 カコは鞄を地面に置き、手を伸ばすが届かない。

 背伸びしても、ピョンと跳びはねても届かない。


 誰か助けてくれる人はいないか。

 周囲を見回しても、皆、無関心に通り過ぎるばかり。

 オロオロとしているうちに時間が過ぎていく。

 入学式に遅刻してしまうかも、でも、このまま猫を放っておくこともできない。


 そんなときだった――。


「あれ、猫?」


 カコは声に振り向く。

 男の子だ。

 同い年くらいの男の子だ。

 男の子は猫からカコへと視線を移す。


「降りられなくなっちゃったのかな?」

「うっ、うん。そうみたい」


 カコは異性と話したことがあまりない。

 普段なら緊張してしまって、まともにしゃべれなくなる。

 だけど、猫のおかげか、彼の柔らかい物腰か、自然と言葉が口をついた。


「ちょっと待ってて」


 男の子は鞄を下に置くと――。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 木を駆け上る。


「よっと」


 2メートルほどの高さにいた猫を抱え、そのまま飛び降りた。


「次は気をつけるんだよ」


 男の子が地面に下ろすと、猫は振り向きもせずに逃げていった。


「ひと言くらい、お礼があってもいいんじゃないかなあ」


 颯爽と木に登る姿と、気の抜けた物言い。

 そのギャップがおかしく、カコはプッと吹き出した。

 吹き出してから自分で驚く。

 男の子の前で自然体でいられるのは初めてだった。

 しかも、相手は初対面の男の子だ。


 戸惑う気持ちを抑えるように、カコはお礼を述べる。


「ありがと。届かなかったから……」

「優しいんだね」

「えっ?」

「君がいたから、僕は猫に気がついた」


 男の子の言葉にカコはハッとする。

 優しいのは自分じゃなくて彼なのに。


「今度、あの猫にあったら、ちゃんとお礼するように伝えておくよ」


 飾り気のない笑顔に吸い込まれそうになる。

 見蕩れていると、男の子は気がついたようだ。


「あっ、その制服。F高校だよね」

「うん」

「僕も一緒。一年生」

「私も一年生」

「奇遇だね」


 男の子の言葉通り、カコは運命を感じた。

 いや、運命を――信じたかった。


「おっと、それどころじゃないよ。遅刻しちゃう」

「あっ」


 猫に夢中で、男の子に夢中で、時間のことなどすっかり忘れていた。

 時計を見ると、時間はギリギリだ。


「走れる?」

「うん」

「じゃあ、一緒に行こう」


 その男の子こそ――田中ひでおで、これが二人の出会いだった。



次回――『告知配信(1)』


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