最終話 秋王
「花琳さま、そろそろ時間です……って、あー、こら! 峰葵さま! あれほど花琳さまに手を出すなと!!」
良蘭が舞台の準備に来たと声をかけたとき、抱き合っている二人を見てすぐに峰葵を叱る。
すぐさま花琳の乱れた服や髪や化粧を見ると、「もう、手直しするのも大変なんですからね! そういうことなさるなら、お披露目が終わってからにしてください!」と二人に苦言を呈した。
「花琳が可愛すぎるのが悪い」
「またそういうこと言って……! 私のせいにしないでよっ」
「はいはい。そういう犬も食わない痴話喧嘩はあとにしてもらえます? ほら、花琳さまはこちらに座って」
良蘭がテキパキと動きながら乱れた化粧や髪を直していく。
急に手持ち無沙汰になった花琳は、ふと疑問になっていることを思い出した。
「そういえば、私も峰葵に今更なことなこと聞いてもいい?」
「何だ?」
「雪梅とどうして子ができなかったの?」
花琳の言葉に、一瞬時が止まったかのように静寂となる。
良蘭も手が止め、ジッと峰葵を見ていた。
「……それは、今する話ではなくないか?」
「何で?」
「今でいいですよ。花琳さまの手直しに時間がかかるので」
どう見ても良蘭は興味津々な様子だが、さも「私はお構いなく」といった風を装っている。
それを峰葵もわかっているのだが、花琳の純粋な瞳で見つめられると拒むに拒めなくて小さく溜め息をついた。
「雪梅が証言していたことのような懸念があったからだ。以上」
峰葵の答えに花琳と良蘭は顔を見合わせる。
「えー、絶対に嘘!」
「ですよねぇ? 毎日通ってたわけですし?」
「そうそう。雪梅からだって閨の話を散々されたわよ!?」
「ですよね。それに、性格はアレでしたけど、見目があれだけよかったら男性ならつい魔が差しちゃいそうですし?」
二人が好き勝手妄想しながらギャンギャンと声を上げる。
すると、二人の勝手な言い分に耐えきれなくなったのか、峰葵は額を押さえながら大きな溜め息をついた。
「その気にならなかったんだ」
「うん? どういうこと?」
「だから、彼女相手ではその気にならなかったんだ」
「え?」
「だから、勃たなかったんだよ!」
顔を真っ赤にしてやけくそ気味に答える峰葵。
それでも花琳は理解できずキョトンとしていたが、良蘭はニマニマと笑い出して「あら、まぁ、そういうことでしたのね〜」と途端に上機嫌になる。
「え、良蘭どういうことなの?」
「峰葵さまは花琳さまが好きすぎて花琳さま以外とは子が成せない身体だということですよ」
「えぇ!? そうなの!?」
「あぁ、そうだよ! これで満足か!」
恥ずかしいからか投げやりになってる峰葵。
珍しく耳まで真っ赤にしている峰葵は、いつもと違って余裕がないのかそっぽを向いている。
普段はやられっぱなしの花琳はなんだかちょっとした優越感を感じつつも、そこまで想われていたとしって嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
「でも、だったら何で雪梅は私に嘘を?」
「それはきっと彼女なりの自尊心ではないかと。あの美貌で殿方をその気にさせられないというのは彼女には屈辱的で許せなかったのでは?」
「はぁ……? よくわからないけど、色々と複雑なのね……」
「そういうことだ。良蘭、もう花琳は準備が整ったのだろう? 国民をあまり待たせるわけにはいかんのだから早くしろ」
「元はと言えば、峰葵さまのせいなんですけどね。はい、綺麗になりました。では、花琳さま行きますよ」
良蘭に促されて席を立つ。
自分で決めたこととはいえ、緊張してくる。
「花琳さま、頑張ってくださいね」
「えぇ、ありがとう良蘭」
「行くぞ、花琳」
「うん」
峰葵に手を引かれて舞台の前までやって来る。
扉を開け、外に出たらそこには国民たちが待っていると思うと再び緊張してきた。
「ねぇ、峰葵」
「何だ?」
「みんな、許してくれると思う? 私が本当は女だと隠していたこと。長い間兄さまのフリをしてきたこと。それから……」
「何を言うかと思えば。大丈夫に決まっている」
断言する峰葵の顔を見る。
その表情はとても穏やかなものだった。
「花琳が愛し、守ってきた国だろう? 国民はきっとわかってくれる。どうして花琳が隠してきたのか、そして今なぜ打ち明けようと思ったのか含めてな」
「峰葵……。そうよね、私ったら何を弱気になってるのかしら。らしくもないわよね」
(そうよ。秋王の私が秋波国の民を信じないでどうするのよ)
峰葵の言葉に、先程まで抱いていた不安が霧散する。
「いってくるわ」
「あぁ、いってこい」
そっと手を離される。
花琳はゆっくりと歩き出すと、自らの手で扉を開き、秋王として新たな一歩を踏み出すのであった。
終




