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身代わりの男装姫  作者: 鳥柄ささみ


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第十八話 添い寝

「峰葵は?」

「今まで花琳さまに付きっきりだったぶんお忙しいようですよ」

「ふぅん、そうなの」

「そうですよ。ですから、何があったか知りませんけど仲直りなさってください」

「別に。喧嘩したわけじゃないし」


 口移しで煎じ薬を飲ませてもらうのを断って以来、なぜかあまり花琳の元に来なくなった峰葵。


 それまでは良蘭が何と言おうとも花琳の世話を手出しさせなかったというのに、最近は良蘭が主導して花琳の世話をしていた。


 とはいえ、あの日の翌日から花琳も少しずつ動けるようにはなってきていて、だんだんと体調のよい日が続いている。

 今日も動作訓練として腕を動かしたり脚を動かしたりして、鈍った身体を徐々に回復させていた。


 ちなみに、今は良蘭に手を握られながらゆっくりと歩行訓練の最中だ。

 ずっと寝たきりだったせいで脚が上手く動かないため、かなり慎重に、良蘭にしがみつくような姿勢で行っている。


「そうですか? まぁ、何があったかは知らないですが、明龍がそろそろ限界なので」

「明龍? 明龍がどうしたの?」


 突然明龍の名を出されて困惑する。

 すると、遠くから自分の呼ぶ声が聞こえてそちらを向いた。


「陛下ぁぁぁぁぁぁ!!!」

「明龍!?」


 勢いよく花琳に抱きつく明龍。


 体力の衰えた花琳の身体には結構な衝撃で、良蘭が「明龍! 花琳さまはまだ病み上がりなのよ!」と強い口調で指摘するもその顔は涙でぐしゃぐしゃで、そのあまりの顔の酷さに花琳はぶつかられた衝撃よりも驚きのほうが勝って呆気にとられた。


「ど、どうしたの、明龍」

「どうしたじゃありませんよぉ〜!! ご無事で何よりです〜!! 僕もう心配で心配でぇ!!」


 言われてみれば、毒を盛られて倒れて以来会っていなかったことを思い出す。


 花琳が倒れて意識を失って目覚めるまで二週間ほどかかっていて、それから現在まで約一ヵ月ほど経っているので、考えてみれば久々の再会であった。


 すっかり忘れていたが。


「そういえば、ずっと会えてなかったわね。心配かけてごめんなさいね。おかげさまでこの通り元気になってきたけど、今までどこにいたの?」

「どこにいたじゃありませんよー! ずっと峰葵さまになりすまして大変だったんですから!」

「えぇ……? 峰葵になりすましてたってどういうこと?」

「あれ、聞いてませんでした? 峰葵さまが陛下につきっきりになるために僕を峰葵さまに仕立てたんですよ〜! もうすっごく大変だったんですから!!」


 確かにいつもの明龍よりげっそりと顔色が悪く、疲労感を感じさせる。

 明龍は変装も得意だから昔はよく花琳も変装してもらって市井へと出ていたこともあったが、まさか峰葵にも化けられるのかと内心ちょっと驚いた。


「それは大変だったわね、お疲れさま」

「もー、大変なんてもんじゃありませんでしたよ〜!! 上層部からは罵倒されたり嫌味言われたり、仕事は山積みで捌いても捌いてもキリがないし、女官たちは僕を見るなり……」

「明龍。随分と元気そうだな?」

「ひぃ! 峰葵さま!」


 ぬっといつの間にか明龍の背後に現れる峰葵。

 その顔は笑顔であるはずなのに、憤怒の念が外にダダ漏れで、「怒っている美人は怖い」と花琳が内心思うほどだった。


 明龍が青褪めて助けを求めるように花琳に抱きつくと、峰葵はすぐさま彼の首根っこを掴んだ。


「引き継ぎが途中だったぞ」

「えぇ!? そんな、全部引き継いだはずでは……!? さっきもこれで良いって言ってましたよね?」

「そういうところが詰めが甘いのだ。とにかく執務室に来い」

「そ、そんなぁ〜!!」


 そのまま首根っこを引っ掴まれたまま、ずるずると峰葵に引き摺られていく明龍。


 隣にいる良蘭は「男の嫉妬は見苦しいですねぇ」なんてよくわからないことを呟きながら、「ささ、男共は気にせずこちらに集中なさいませ」と言われて、花琳は歩行訓練に集中するのだった。



 ◇



 カタン……


 微かな戸が開く音に気づいて目が覚める。


(誰……?)


 暗くてよく見えない。


 花琳がよく目を凝らしてみると、そこには闇に溶けるような出立ちの峰葵がいた。

 刺客などではないことがわかってホッとする。


 暗がりで辺りを照らすものが月の光だけのせいか、峰葵はまだ花琳が起きていることに気づいてない様子。

 彼は周りを見回して誰もいないことを確認すると、足音を立てずに花琳の元へやってきた。


 花琳はなんだか気まずくてつい目を閉じて狸寝入りをしてしまう。


 目を閉じてから、やっぱり起きてるなら起きてるように振る舞ったほうがよかっただろうか、と今更考えるも後の祭りだった。


「花琳」


 呼びかけというよりもぽつりと呟いたような声。

 上手く反応できずにそのまま頬に触れられて、びくりと震えそうになるのを内頬を噛んでやり過ごす。


(起きる頃合いを逃した)


 完全に頃合いを見失ってしまって、内心ドキドキする。


 目を閉じていても峰葵の気配や視線を感じて、落ち着かなかった。


 思いのほか近くにいるようで、体温や吐息を間近で感じて鼓動の速さでバレないか冷や汗が出てくる。


「今日も疲れた。上層部はこちらの動向を探ってくるし、早く代替わりしたほうがいいと煩いし、明龍は忌忌しいし、花琳はまだ本調子じゃないし」


(ぐ、愚痴……? わざわざ私の私室に来て愚痴を言いに来たの? この人)


 まさか寝ている間に愚痴を吐かれるだなんて思わず、混乱する。


 とはいえ、峰葵がこのように愚痴を吐くなどは珍しい。

 普段吐き出す場所がないからこうして自分を頼ってきたのかと勝手に都合よく解釈する。


「いつになったら元気になる? このままでは張り合いがないぞ。花琳がいないとヤツらはつけ上がるだけでろくなことをしない。だから早く元気になってくれ」


 峰葵の切ない声音になんだか申し訳なくなってくる。

 こんな弱々しい峰葵を花琳は知らなかった。


「ん……、峰葵……?」

「っ、花琳! 起きたのか?」


 さも今起きたかのように演じる花琳。

 こうして嘘をつくなどなかなかないので緊張で声が震える。


「あれ? 何で、ここに?」

「いや、……ただ様子を見に来ただけだ」

「そう」

「では、俺は帰る」

「待って」


 立ち上がり、足早に立ち去ろうとする峰葵の服の裾を咄嗟に掴む。

 引っ張られたことで、峰葵は「どうした?」と止まってくれた。


「顔色が悪いんじゃない? よく寝れてる?」

「花琳に心配されるほどのことではない。だから離せ」

「やだ。私にはなんだかんだと言ってたくせに。ほら、疲れてるんでしょう」

「だから大丈夫だと……っ」

「じゃあ、私が寂しいからここにいて」


 キッパリ言い切ると、峰葵は言葉に詰まる。

 花琳がこうして寂しいというのは珍しく、峰葵も無碍にできないようだった。


「そこまでして俺を引き留めたいのか?」

「えぇ。だから一緒にいて」

「何だか気味が悪いな」

「一々突っかからないで、早くこっちに来て」


 渋々といった様子で近くに膝をつく峰葵の首に腕を回すと、そのまま引き寄せる。

 体勢を崩した峰葵は、そのまま花琳に抱きしめられるような形で彼女の上にのしかかった。


「おいっ、何をしてるんだ」

「こうでもしないと逃げるじゃない」

「逃げるって……っ、俺は別に」

「ほら、ここ目元が真っ黒。この暗闇でもわかるほどよ」


 ついっと指で峰葵の目の下をなぞる。

 そこはいつもより色が黒く、寝不足が祟ってか肌艶もいつもに比べてないように感じた。


「いつものことだ」

「そんなこと言って。せっかくの美貌が台無しじゃないの? 峰葵さま」

「ふんっ、このくらいで衰える人気ではないから安心しろ」


 お互い減らず口を叩きながら、向かい合う。

 羞恥心はあったがそれよりも峰葵の体調が心配な花琳はドキドキしているのを隠すこともせずに彼をギュッと抱きしめた。


「いつも夜中にここに来てるの?」

「たまたまだ」

「ふぅん」

「俺が見てないところで死なれても困るからな」

「そんなこと言って、私が起きたときは泣いてたくせに」

「泣いてない」

「そういうことにしといてあげる」


 お互い素直じゃないと花琳は思う。

 けれどこの関係が心地よかった。


 例え、想いが通じ合ってなかったとしても、こうして幼馴染として軽口を言い合えるだけでも花琳にとっては支えになっていた。


「いつまでこうしてるんだ?」

「私が寝るまで」

「仕事をまだ残してるんだが」

「明日片付ければいいでしょ?」

「……困った王だ」


 苦笑しつつも、峰葵は体勢を変えて花琳の首の下に腕を通して腕枕をする。

 そして抱きしめられるように背に腕を回された。


「女官にもこういうことしてるの?」

「さぁな。とにかく早く寝ろ」

「わかったわよ。お休み」

「あぁ、お休み。花琳」


 目を閉じると峰葵に包まれてる安心感で満たされる。


(ずっとこのときが続けばいいのに)


 そんな叶わないことを考えながら、花琳はゆっくりと眠りにつくのであった。

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