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第一話 花琳

 かつて、大陸を統べるのは一つの国だった。

 だが、思想の違いや展望の違いなどから内乱が起き、それぞれが王を据え、一つだった国が四つへと分かたれた。


 四つの国は春匂国(しゅんこうこく)夏風国(かふうこく)秋波国(しゅうはこく)冬宵国(とうしょうこく)と名をつけ、お互いにたびたびぶつかりながらも国として均衡を保っていた。


 それぞれの国が虎視眈々とどこかの国を征服できないかと狙い、間者が暗躍し、それを悟られないようにどこの国でも不利な情報は隠す日々。


 特に秋波国は他の三国に比べて海に面しているおかげか島国との交流も盛んで、資源も多く、気候にも恵まれていたため最も狙われていた国だった。


 代々の秋波国の王、秋王は人との繋がりを重んじた。

 縁を大切にして人に見合った仕事を与え、資産も分配することで有用な人物を重用することができたため国家運営も盤石であり、他国よりも戦争の回数こそ多かったが、秋王の優れた采配や兵達のおかげで秋波国は四つの国の中で最も優れた国として君臨していた。


 だが、それも長くは続かなかった。

 先代の秋王夫妻が他国への外遊時の帰り道に事故死し、その息子である王子は生まれつき病弱だったため、秋王として王位を継承したものの、以前のように順風満帆とはいかなくなってしまったのだ。

 そのため、近年稀に見る情報の秘匿ぶりで、国外に情報を漏らせば即刻極刑との箝口令(かんこうれい)が敷かれた。


 病弱ながらも利発な若き秋王は亡き秋王の代わりになろうと奮起し、その采配はとても優れたものであったが、無理をするとすぐに寝込んでしまうために常に綱渡りのような国家運営。


 世継ぎさえ生まれればこの利発な秋王の血を引き継ぎ民を導いてくれる、と秋波国の上層部の者達は密かに期待し、後宮を用意し数多の妃を用意するも子作りするほどの体力は秋王になかった。

 そして、ついに先日秋王は病死し、万策尽きたと上層部は頭を抱えた。


 若き秋王亡き今、後継となれるのは先代の秋王夫妻のもう一人の子である姫しかいない。

 しかし今まで女が王になった前例はなく、またあまりに姫が年若すぎるために誰が後継人なるかで揉めに揉めた。


 彼らは自分の息子を婿入りさせて王に仕立てようと上層部は考えたが、そのとき姫はまだ当時八つ。

 「いくらなんでもさすがに早すぎるのではないか」「いや、もう十分だ」という意見や、いっそのこと血筋を問わず有能な者を秋王に据えようという意見も出始め、保守派と強硬派の二派に分かれて揉めに揉めて秋波国内は対立した。


 そして内部対立に悩まされた当時の宰相は決断する。


 姫を亡き秋王の身代わりとして据えよう、と。


 それは上層部の数少ない人物だけの秘匿とし、姫は死んだ秋王の身代わりとして女であることを隠し、彼女は男として、そして王として、生きることになった。


 全ては秋波国を守るために。



 ◇十年後◇



明龍(ミンロン)、行くわよ!」


 長い黒曜石のような艶やかな髪を高く一つに纏め、アメジストの瞳を輝かせながら、今にも舞い飛んでしまいそうなほど溌剌(はつらつ)とした声で小柄な一人の娘が自分とさほど変わらない身長の少年を呼んだ。


「陛下〜、待ってくださいー!」

「こら、陛下って呼ばないでって言ったでしょ! 今の私は花琳(カリン)よ。市井(しせい)に行くときは一介の娘として接してっていつも言ってるでしょ」

「す、すみません。花琳さま〜!」

「もう、しょうがないわね。ほら、峰葵(ホウキ)に見つかる前に行くわよ」

「……誰に見つかる前ですって?」

「うげっ! 峰葵!!」


 低くて深みがあり、色気を含んでいて、男女問わず誰もが骨抜きにされてしまう美声だが、花琳はその声を聞いて飛び上がった。


 恐る恐る声のほうに顔を向けると、長く夕闇のような群青色の髪を惜しげもなく下ろし、女性であればみんなうっとりしてしまうほどの美貌の持ち主の男が花琳を据わった目で見下ろしている。


 花琳以外の女性ならばきっとこの状況でも惚けるだろうが、花琳はそれどころではなかった。

 なぜなら絶対に見つかりたくない相手、秋波国現宰相の峰葵に見つかってしまったからだ。


「外出ですか? 聞いていませんが」

「だって、言ってないもの」

「……はぁ。一体何度言えばその鳥頭でも覚えられるのですか? 勝手に出歩かれては困りますと口酸っぱく言っているはずですが」

「失敬ね。ちゃんと覚えてるわよ! でも、やることやったら市井に降りてもいいって言ってたじゃない!」

「ほう。では、剣術と体術、戦術や帝王学、そして公務は全て終えたとのことですか?」

「えぇ、もちろん! 私が嘘をついているとお思いなら良蘭(ララン)に聞いてちょうだい」


 良蘭というのは花琳の側付きの女官だ。

 女官の中でも数少ない高官で、花琳が国王の身代わりをしていることを知っている唯一の女官であり、花琳よりもいくつか年上で美人の、彼女が最も信頼している人物の一人である。

 峰葵が良蘭に視線を向けると「全て完了済みです」との事務的な彼女の言に「ほら!」と勝ち誇ったように花琳は自慢げに胸を張った。


「声が大きい。誰かに聞かれたらどうする」


 窘めるように峰葵が花琳の唇に人差し指で触れる。

 まさか峰葵が触れてくるなんて思わず、突然の唇に触れる彼の指の感触に、花琳はカッと頬を染めて何も言葉が紡げなかった。


「……もっとお淑やかにできないのか。そんなでは余暉(ヨキ)があの世で嘆いてるぞ」

「に、兄さまは関係ないでしょう!」

「ある。俺は余暉からお前が立派な王となれるように補助をしろと頼まれている。だから俺には花琳がよからぬことをしようとしていれば止める義務がある」

「よからぬことって市井に行くだけなんだから大丈夫でしょ。明龍も連れて行くし!」


 チラッと峰葵が明龍に視線を向けると彼は色を失う。それほどまでに峰葵の眼差しによる圧力は凄まじかった。


「もしも暴漢に襲われたらどうする? その相手がお前が女だと気付いて子どもを孕ませるような行為をしたら? 今のお前の身体は秋波国のものなのだ。好き勝手は許さないぞ」

「それはわかってるわよ! それでも大丈夫だって言ってるのよ、このわからずや!」

「いいや、わかってない。何のためにあれだけの公務や勉学を課したと思っている。今日は大人しくしていろ」

「今日は、っていつもじゃない! そもそもやることやったら市井へ出ていいって言ったの峰葵なのに!」


 花琳の言葉に、一瞬日和る峰葵。確かに彼女に発破をかけるためにそう言ったのは事実であるので、思わず言葉に詰まる。


「……そうかもしれないが、まさか本当に終わらせるとは……とにかく! それはそれ、これはこれだ。今(ちまた)の情勢はあまりよくない。だからせめてもう少し落ち着いてからでも……」

「そのセリフは聞き飽きたわ! 私はもう十八なのよ!? 兄の身代わりの国王として十年過ごして分別だってあるわ! いつまでも子ども扱いしないで!」

「まだ子どもだろう!」

「〜〜〜〜んもう、あったまきた! そうやっていつまでもぎゃんぎゃん言うのなら実力行使をするまでよ!!」

「な、何をする……っうぐ」


 花琳は峰葵の手首を捻り上げると、そのまま地面に押し倒す。

 さすがの峰葵も不意打ちだったせいか、抵抗する余裕も受け身を取る隙すらもなかったせいで床に顔から沈み込んだ。


 あまりに酷い惨状に、花琳は「やりすぎたか」と内心肝を冷やす。

 だが、やってしまったことは仕方ないと気持ちをすぐさま切り替え、そのまま懐から取り出した縄で彼の両腕を縛り上げた。


「花琳!」

「ほら、私にだってこれくらいできるのよ! 明龍行くわよ!」

「えぇー……? ちょ、……本当にいいんですか〜?」

「いいからさっさとして! ……私の言うことを聞けないならどうなるかわかってるでしょうね?」


 おろおろとする明龍に花琳はドスを効かせた声で凄むと彼はシャキッと背筋を伸ばす。脅しの声音から察するに明龍は彼女が本気だと悟った。

 そして、このまま花琳を怒らせるのは得策ではないと脳内で勘定し、彼は峰葵に深々と頭を下げた。


「は、はい! ……峰葵さま、すみません! 失礼します!!」


 花琳はそのまま明龍の腕を掴み彼を連れて部屋を出て行ってしまう。

 部屋に残された峰葵は澄ました顔で見下ろしてくる良蘭に視線を向け、「ボーッと見てないで縄を解いてくれ」と頼むと、彼女は「はぁ」と溜め息をつきながら花琳がいなくなったのを見計らってから彼の縄を外した。


「良蘭。なぜ花琳を止めぬのだ」

「私はあくまで花琳さま付きの女官ですから。花琳さまには逆らえません」

「全く、揃いも揃って花琳に甘い」


 縛られた手首を見つめながら大きく溜め息を溢す峰葵。

 いつの間にこんなワザを覚えたのかと呆れながら己れの手首を撫でる。


「峰葵さまは逆に厳しすぎるんですよ。だから花琳さまが反発されるんじゃないんですか」

「別に俺は厳しくしたくてしているわけでは」

「そう思うなら、本人に言ってあげたらどうですか? 花琳さまが心配なんだ〜って」

「煩い、余計なお世話だ」


 整った顔が台無しだ、と良蘭が思うくらいに峰葵は顔を歪めながらドスドスと音を立てて立ち上がる。

 その顔は花琳に叩きつけられたせいか、赤くなっていた。


「あぁ、そのお顔。そのままだと腫れますから冷やしたほうがいいと思いますよ」

「煩い。顔などどうでもよいわ!」


 峰葵は苛立ったように花琳の部屋を出て行く。

 その背を見送りながら、良蘭は「あーあ、男前が台無し」と溢すのだった。

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