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02 愛に溺れ復讐に囚われた王妃 後編

『魅了の瞳』の呪い返しは発動するたびにわたくしの身体を蝕んだ。


 一番最初はアンが出産する準備のため数週間ルイス様と離れていたあとだった。時間がたつと魅了の効果は薄れてしまうらしい。

 だから、アンはジェフリーを産んでからすぐにルイス様にその力を使った。


 しかし、その時にはすでにわたくしがルイス様に術を掛けたあとだった。


 跳ね返った呪いを受け、アンは産後で体力が尽きていたこともあって、そのままベッドから起き上がることが出来ずに、数日後、帰らぬ人となる。


 その呪いの代償として、わたくしの肌は爛れ、それは背中全体に及んでいた。

 それはちょうど、ナタリーが手をつけずにテーブルに置いたままになっている、赤黒い葡萄酒と同じ色をしている。

 目を覆うほど酷い状態で、患部はひりひりと痛むときもあった。


 その姿をルイス様には絶対に見られたくなかったわたくしは、王妃になってからも、一度たりとも抱かれたことがない。


 そのせいでルイス様は、わたくしが婚約破棄されたことを根に持っていて、ずっと恨んでいるのだと勘違いをしたままだ。


 何度もそんなことはないと訴えてはいるが、わたくしがルイス様を拒み続ける限り、納得することはできないのだろう。




 二度目はジェフリーの物心がついた頃だった。


『ジェフリーを可愛がっているそうだな。優しくしてもらったと喜んでおったぞ』


 ルイス様にそう言われたが、身に覚えがなかった。


 わたくしがジェフリーを?

 そんなわけがない。不思議に思って侍女たちに確認してみると、偶然ジェフリーとすれ違うことがあった際、わたくしはジェフリーに優しく声を掛けているそうだ。


 よく思い出してみれば、そんなことがあったかもしれない。でもそれはわたくしの中ではあり得ないことだ。あれはあの女の息子なのだから。


 陛下が悲しむからジェフリーに対してあからさまに酷い態度をとることはないが、それでも扱いは臣下と同じ程度。

 だというのに、なぜそんな喜ばせるような行動をとったのか、自分でもわけがわからない。


 それがおかしなことだと、その時に気づいていないのも恐ろしかった。

 いったい何が起こっている?


 調べてみると、会わないように配慮させているはずのジェフリーは、それを逆手にとり、わたくしの予定を侍従から聞き出して、待ち伏せをしていたようだ。

 そしてその後、このわたくしが、絶対にするはずのない行動をとっていた。


 考えられるとしたら、ジェフリーも『魅了の瞳』持ち、それしかないだろう。


 その事実を知ったわたくしは、自分自身を呪い返しの術で防御した。


 ジェフリーと会ってしまった日は目が合わないように気をつけていたが、それでも不意を突かれた時には腕や足に背中と同じような爛れができた。


 アンより力が弱いのか、それとも子どもだからなのか、新たにできたな痣はとても小さかった。だから、ジェフリーへの呪い返しもたいしたことはないようで、熱が出ても二、三日後にはケロッとしているようだった。


 それにしてもなぜわたくしに魅了を使うのだ。あの親子はどれだけわたくしを不幸にすれば気がすむのか。


 それからは、ジェフリーとは絶対に会わないように過ごしていた。


 十数年たったころジェフリーだけでも手に余るというのに、三人目の『魅了の瞳』持ちが現れた。


 ジェフリーの行動を逐一報告させていたわたくしは、今現在ジェフリーの身にも、当時のルイス様と同じことが起こっていることに気がついた。


 ジェフリーは『魅了の瞳』持ちだけれど、それでも魅了されてしまうのだろうか。

 そのへんの仕組みはわからないが、すでに婚約者のナタリーを蔑ろにしているようだから、私の時のように婚約破棄でこれからもめるだろう。

 そう思っていたわたくしの憶測は裏切られ、ナタリーはすんなり婚約破棄を受け入れた。ジェフリーへの愛がなかったのだろうか。

 それはそれで構わない。


 わたくしの言葉で、ナタリーが身じろぎしたが、それは見ぬふりをして、わたくしは話を続けることにした。


 『魅了の瞳』持ちの娘はそのままにはしておくことはできない。いつ、だれに使用するかわからないからだ。


 あれはたぶんアンの生まれ変わり。二十年前とまったく同じことを繰り返しているから、わたくしだけにはわかる。だから、いずれわたくしの最愛の人も毒牙にかかってしまう恐れがあるだろう。そう思うと背筋が凍った。


 それほど『魅了の瞳』とは危険なものなのだ。


 仕方なく久しぶりにジェフリーと会い、ジェフリーに呪い返しの術をかける。


 その数日後、思った通りわたくしの身体の前面は爛れて真っ赤に染まった。男爵令嬢が『魅了の瞳』を使ったことは間違いない。


 今回のことで、首や頬のあたりまで爛れが広がってしまった。帽子や化粧でなんとか誤魔化しているが、これ以上はそろそろ限界かもしれない。


 わたくしがこんなに酷い状態だというのに、男爵令嬢はジェフリーに会うため、いまだに王宮に訪れているという。

 アンの様にすぐに身体を蝕まないのはもともとが健康体だからだろうか。


 わたくしはこの生殺しの状況に耐え切れず、その日、男爵令嬢を王宮で探した。




『貴女、身体に痣が出来ているのではないかしら。しかもそれが身体全体に広がっているのではなくて』


 わたくしが声を掛けると、その娘は驚いて目を見開いた。


『自分の力には気づいていらっしゃる? その痣はその代償なのよ。そのままにしていたらいずれ全身が爛れて、死を招くことになるわ』


 たぶん、呪い返しを受けて、彼女の身体はわたくしと同じようになっているはずだ。


『そんな』

『でも心配しなくても大丈夫よ。魅了を解除すれば身体もきれいに治るもの』

『なぜ、王妃様がそんなことを知っているんですか』

『それは……わたくしも同じだからよ』


 そう言ってわたくしは手袋を少しおろしてみせた。

 それを見た男爵令嬢が口に手を当てて驚愕の表情をしている。


『わたくしはきれいな肌より、陛下の愛を選んだの。だからこのままにしているわ。だけどあなたは違うのではなくて?』

『でも、あたしには方法がわかりません』


『大丈夫よ。わたくしのために取り寄せてあったものだけれど、貴女にはこれを差し上げるわ。これをジェフリーに飲ませれば、あの子は貴女のことは忘れてしまうけれど、身体は元通りになるはずよ。さっきも言った通り、これはわたくしには必要ないものなの。だから、貴女が使って』


『あたしが?』


『勘違いしないでほしいのだけど、わたくしは他の方たちと違ってジェフリーと貴女のことを反対しているわけではないのよ。わたくしと同じように苦しんでいる、かわいそうな貴女のことを、見て見ぬふりができなかっただけなのよ。貴女はこんなに可愛らしいのだもの、変な力になど頼らなくても、ジェフリーはまた貴女のことを好きになるでしょうし、わたくしも二人のことを応援するわ』


 わたくしは男爵令嬢の目の前にそれを差し出した。


『あ、ありがとうございます』


 お礼を言いながらそれを受け取る男爵令嬢。

 こんな怪しげな薬に素直に手を出したところをみると、この娘は感情の赴くまま動いているだけで、策士というわけではなさそうだ。


『その薬を相手が飲んだと同時に最後に一度だけ力を使うのよ。そうすれば薬が効力を発揮するわ。それで明日には身体がすべて元通りになっているはずよ』

『わかりました。本当にありがとうございます』


 その後、わたくしは男爵令嬢と共にジェフリーの元を訪れた。

 それはもちろん、ジェフリーに呪い返しの術をかけなおすためだ。


 わたくしの珍しい行動にジェフリーも戸惑っていたが、最後には笑顔を見せた。わたくしもこのあと起きる出来事を思えば、自然と口元が緩んだ。


 それが生きているジェフリーとわたくしとの最後の邂逅。


 わたくしの言葉を疑うこともせず、男爵令嬢はジェフリーにわたくしが渡した毒を飲ませ、自分も呪い返しを受けてその場で倒れた。知っていれば謎でも何でもない話だ。




「わたくしはもう立ち上がることもままならなくなっているわ」

「なぜその話を私にしたのですか」

「王太子に婚約破棄された仲間同士だからかしら。それと四番目の『魅了の瞳』持ちが現れた時のために呪い返しの術を貴女に託すためよ。わたくしは最後まで幸せにはなれなかったけれど、きっと貴女は幸せになれるわ」


「王妃様……」


 ――なぜかしら。


 ナタリーにすべて告白をしたわたくしの頬には涙が流れていた。


 なぜわたくしは、陛下の愛を取り戻すことではなく、復讐を選んでしまったのかしら。


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