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01 愛に溺れ復讐に囚われた王妃 前編

 今から十七時間ほど前、ナルボルク王国の王宮の一室で、王太子ジェフリーとその恋人の遺体が発見された。


 ジェフリーの死因は毒の摂取で、一緒に亡くなっていたサンゼイン男爵家の令嬢フローラの死因はいまだ不明だが、王太子との結婚を反対されたため、心中を謀ったのではないかと推察されている。


「なんて馬鹿な子たち」


 その吉報を聞いたわたくしは、自室でこの時のために用意しておいた葡萄酒を片手に、祝杯をあげた。


「心中ねえ」 


 この事件、ジェフリーがフローラを抱き締めた状態で見つかったため、現場の状況からみてそう思われているようだ。

 それに、王太子の死という衝撃的なこの事件を覆い隠すことはできない。だから、心中ということにしておいて、すべてをフローラになすりつけ、悲恋の末の凶行として片付けるつもりなのだろう。下世話な噂が流れるよりは、叶わなかった恋ゆえの悲劇として扱った方が王族の品位は保たれるのかもしれない。


 実のところ、二人が心中など、するわけがない。


 わたくしは今回の悲劇の全容を知っているけれど、それを誰かに話すつもりはなかった。ただ一人を除いては。


「ジェフリーにとっては最悪な結末でしょうね」


 もともとジェフリーには公爵令嬢のナタリーという婚約者がいた。そのジェフリーにフローラが横恋慕したことで、最終的にナタリーとの婚約は破棄するまでに至った。


 理由はジェフリーと親しくしているフローラに、嫌がらせを続けたというだけのものだ。そんな些細なことでジェフリーは突然ナタリーに婚約破棄を突き付けた。


 そんな理不尽な話は納得がいかないとナタリーは激怒するだろう。そうわたくしは思っていた。

 しかし『私もジェフリー様とこのまま良好な関係を築くことは難しいと思いますので、婚約破棄を受け入れます』そう言って彼女はあっさり引き下がったのだ。


 お互いが望んでるということで、その婚約はもめることもなく、白紙状態になった。


 だからと言って、貴族として末端である男爵家、その上、品位も教養もないフローラが、ナタリーの後釜としてその席に座ることは、当たり前だが誰も許すはずがなかった。


「さすがに二十年前と同じ失敗は繰り返さないでしょうから、生きていたとしても、愛人どまりだったでしょうね」

「当時のことをフローラさんは何もご存じなかったのでしょうか」

「さあ、どうかしら」


 わたくしの目の前には、ジェフリーから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢のナタリーがいて、彼女の前にもわたくしの掲げているものと同じ赤黒い葡萄酒が用意されている。


 共犯者ではないけれど、ジェフリーたちが心中などするわけがないことを、この娘だけは察しているだろう。だからこそ、すべてを伝えるため、わたくしが王宮に呼び出しておいたのだ。


「なぜ『魅了の瞳』なんてものが存在するのかしら」


 ナタリーはわたくしの返事に困ったようで、少し首を傾げて誤魔化している。

 彼女もわたくしも、その『魅了の瞳』で被害を受けた者同士。思いは一緒だと思うのだけど。


「二十年前のことを貴女がどこまで知っているのかわからないから、昔話をさせてもらってもよろしくって」


 わたくしの言葉にナタリーが否を唱えるわけがない。わたくしは返事を待たずに、二十年前、この王宮で起こった悲劇を語り始める。


 ルイス陛下がまだ王太子だったころ、わたくしはその婚約者として幸せな日々を過ごしていた。

 しかしそれはジェフリーの母である子爵家のアンがわたくしたちの前に現れたことですべてが覆される。

 彼女の屈託のない笑顔は、男性の心を虜にするようで、例外なくわたくしの婚約者であったルイス様も夢中になってしまったのだ。


 わたくしの言葉など耳もかさなくなった彼は、わたくしをありもしない罪で糾弾したあげく婚約を一方的に破棄した。

 そして自分の我がままを押し通し、すべての責任は自分が持つからと、そのアンを婚約者として据えた。


 その後二人は結婚し、その間に王子として産まれたのが件のジェフリーだ。

 しかし、アンはジェフリーを産むとすぐに謎の病を患ってこの世から去ってしまった。


 そのあと、王妃として迎えられたのがこのわたくしだった。


 結局、教養がなく王妃としてなんの役にも立たなかったアン。そのことで頭を悩ませていた重鎮たちが、王妃教育を施されていたわたくしに目をつけるのは至極当然のこと。


 婚約破棄されてからというもの、ある研究に没頭していたわたくしは、どこへも嫁ぐつもりがなかったから婚約者もいなかった。

 一度は裏切られたけれど、ルイス様のそばにいられるのならそれでいいと、王宮からの打診を受けることにしたのだ。


「ひどい仕打ちをされたというのに、王妃様は陛下のことをそれほどまでに愛していらっしゃったんですね」

「それは、貴女も知っていると思うのだけど、アンが持っていた『魅了の瞳』のせいですもの」


 その瞳の存在は貴族でも知る者がほとんどいない。


 ルイス様は人前ではむやみに身体にふれたり、口づけをすることなど決してなかった。それなのにアンに対しては目のやり場に困るほどの醜態をさらす。


 その急変を不審に思ったわたくしが、過去の文献や他国の例などを徹底的に調べあげて、そういった力を持つ者がいることを突き止めたのだ。

 あれは、わたくしに見せつけるためにアンが力を使って溺愛させていたのだと思う。


「フローラさんもやはりそうだったのでしょうか」

「そうね。今回の事件は、シナリオ通りにならなかったから起きてしまったのだと思うの。『魅了の瞳』の力は、目を合わさなければ発動しないわ。あの娘は実際に会ったことがない者を操ることはできないの。だから、王宮に賛同者を増やすことは難しいし、昔と違ってジェフリーがいくら好きで、その娘しか愛せないと言っても、王太子妃になんてなれるわけがないのよ」


「そうだとしたら、フローラさんはジェフリー様をとても愛していて、どうしても諦めることができなかったんですね。婚約破棄をすぐに受け入れる気持ちになった私には、添い遂げるために死を選ぶなんてこと、とても考えられませんから」


「貴女にはわからなくても、そういった愛に生きる者たちもいるのよ。『魅了の瞳』を持つ者たちはその傾向が強いような気がするわ」

「そうなんですか」


「わたくしはアンに似たあの娘が現れた時から、警戒はしていたのよ。それなのに、ジェフリーがこんなことになってしまって本当にごめんなさいね」

「私は……もう婚約者でもなんでもありませんから……」


 言い淀むナタリー。

 悲し気な表情は浮かべていても、その瞳が潤むことはなかった。昨日の今日で、まぶたの腫れもないのだから、ジェフリーの死を聞かされたあとに、涙ひとつ零したかどうかも怪しいくらいだ。だから、今は本当になんとも思っていないのだろう。

 まあ、その方がこちらとしても都合はいい。


 本題はこれからなのだから。


「実はわたくし『魅了の瞳』を無効にする術を、王族にしか閲覧できない古書の中から見つけたのよ」


 その頃、王妃教育を受けていたこともあって、わたくしは先代の王妃様にとても可愛がられていたし、王家は公爵家を敵に回したくなかったのだと思う。あまりにも無情な婚約破棄のうしろめたさもあったらしく、賠償の一環として、無理を承知で書庫に入ることを強請ったら許可が出たのだ。


「古書ですか?」

「ええ、危険な術だから禁書扱いになっていたわ。そんな扱いをするくらいなら、なぜ燃やしてしまわなかったのかしらね」

「そうですね」

「実は、わたくしにはもう時間があまりないの。だから、すべてを貴女に伝えておこうと思ってここへ呼んだのよ」

「それは――」


 聞くことを拒否しようとしたナタリーに、わたくしは自分の唇に指を一本押し当てて、それを制した。


「今までは建前よ。これから話すことが真実なの。だから貴女はすべてを覚えておいて」


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