2
ピーナッツたちがいなくなってから1時間が経過していた。
俺はなぜだか死ねずにいた。頭以外の身体が岩石の下敷きになっているこの状況でなぜだか生きながらえてる。
「痛い……熱い……なんで俺は死なないんだ……」
俺は僅かな力で首を動かし、岩石から這い出ようとした。
しかし、無理に動くと体から首が引きちぎられてしまうような気がした。ただ激痛に耐えていた。
【さらに1時間が経過した】
死ぬよりも辛い激痛を2時間味わった俺はここであることに気がついた。
僅かであるが、左足小指の感覚が戻ってきているということだった。
押しつぶされ、平らなミンチ状になっているはずの小指の感覚がわずかにあるのだ。
おそらく岩石の底面が円状になっているため指先にかかる圧力が他の部位と比べ低いことが原因であろうと思った。
しかし、ここでさらに疑問が増えた。
「なぜ……戻ってきてるのだろうか?」
この変化を死ぬ前の錯覚的な現象であろうと思った。
【更に3時間が経過した】
さっきよりも小指の感覚がはっきりと戻ってきていることに否が応でも気付かされた。
岩石に潰された体が激しい痛みの信号を送り続ける。
しかし、それと反比例して俺の体は徐々に少しずつではあるが回復しているのであった。
「おかしい……もうかれこれ10時間は経っているんじゃないか? なぜ、俺は死なないんだ……」
激痛に耐え続ける自分にとってこの時間はとても長く感じた。
実際にはまだ3時間弱しか経っていないのだが、俺にとっては10時間に感じた。
【さらに1日が経過した】
俺の体はほんの少しずつではあったが、回復していた。
左足小指の感覚は完全に戻っていることがわかった。
そして唯一岩石の圧迫から逃れている左足付近の感覚が僅かではあるが戻っていることもわかった。
それでもなお、体は岩石に常に圧迫され続け、死を望むほどの激痛が走り回っていた。
「なぜだ? なぜ俺は死ねない? なぜ俺はまだ死なない? なぜ生きている?」
俺は一人混乱の中、激痛に耐え続けるほか選択肢はなかった。
身動きも取れない。そしてここは最難関ダンジョンビシソワーズの最深部である。助けが来ることは考えにくい。
【更に1週間が経過した】
岩石からはみ出た左足付近と頭を少し動かすことができるようになった。
依然として激しい痛みは続いていたのだが、同じ痛みに神経が麻痺しているのだろうか。少しずつ痛みがマシになっているような気がしていた。
俺は首を伸ばし、目の前に生えている雑草を食いちぎった。緑臭いにおいが口の中いっぱいに広がったがなんとか飲み込んだ。
激しい痛みとともに食欲を感じていたのだ。
「うぇぇ、ただの草だ……食べられたものじゃない……」
だが、一週間ぶりの食事である。口の中いっぱいに広がった緑の匂いすら俺にとっては新鮮な刺激になった。
【そこから、10分後】
俺はあることに気がついた。それはさっき自分が這って毟り取った目の前の草がもう、成長しきっていることだった。
「……なんだ? さっき俺が食べたばっかの草がもう生えてきてやがる」
俺は再び首を伸ばし草を噛みちぎった。首を伸ばすことで体から首が引きちぎられそうになり、激痛が走る。
「ぐぁぁぁっぁぁぁ!!」
それでもなにかにすがるように目の前の草にかぶりついた。
「うぉっ! うぉぉぉぉ!!」
猛烈に咀嚼し、一気に飲み込んだ。僅かな栄養分かもしれないが俺は草を食べた。そして、噛みちぎられた草の断面を凝視した。
「……もう、生えてきている」
波状に切られた雑草の先端がみるみるうちに生えてきている。成長しているのだ。
「これは……いったい……」
激しい痛みに襲われながら、豊富なダンジョン知識を持つアレフの脳みそが回転し始めた。ただただ痛みと格闘し続けることに使用されたアレフの脳が正当に作動し始めた。
「……俺の左足といい……そもそも俺が生きていることの原因がここにあるのかもしれない……」
それから俺は何度も激痛に耐えながら首を伸ばし、雑草を口に運び続けた。
【さらに1ヶ月が経過】
アレフは岩石に押しつぶされ、激痛に耐えながらも、ある推定に辿り着いていた。アレフの知識がはじき出した答えはこうだった。
「ここは、おそらく【最上級の回復魔法が常に発動されている】」
首を伸ばし、雑草を口に運ぶ。むしゃむしゃと草を食べながら思う。
「ここはダンジョン最深部の宝物庫だ。しかし最後の難関は【一人を置いていかなければならない】というルール。その一人は永遠にここから出られないようになっているんだ。回復魔法をかけられ続け、永遠に出られない……最後に残った一人を徹底的に追い詰めるそんな部屋だったんだ……」
痛みに精神的にやられてしまった俺が導き出した答えはなんとも悲観的なものであった。
導き出した答えは【半分正解で半分はずれ】である。
当たりの部分は【最上級の回復魔法が常に発動している】という部分だ。ハズレの部分は【最後の一人を徹底的に追い詰める】の部分である。
最上級回復魔法が発動しているのは永遠に冒険者を出られないようにするためではなく、単にゴールまで辿り着いた冒険者を労るものであった。
それが今回のピーナッツの岩石魔法によって俺にとって地獄に作用しているだけであった。
そして、まだもう一つこの宝物庫に隠された真実に俺は気づいていなかった。
俺は首を伸ばし草を食べ続けた。
なぜだかわからないが草を食べることはやめなかった。誰も見ていない、なんの音もしないダンジョン最深部で草を食いちぎる音だけが静かに響いた。
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