1-6
オーク達はじり、じり、と徐々に距離を詰めてくる。警戒されているのだろうか。他の二人はともかく、俺はそれに値しないけれど。
「ぐおおおおおおおお!!」
「おごおおおおおおお!!」
「おごごごごごごごご!!」
威嚇の叫び、威嚇の地ならし、威嚇のドラミングをしている。オーク特有の、敵を前にした時にする習性だ。
「突破するしかない! ラウ!」
「あいよー!」
ラウが服の腰部分にあるポケットからガラス管を抜き出した。片手に三本ずつ持って、そのまま出口側のオーク目掛けて投げつけた。逃走の時に投げた物とは色が違う。赤色だ。今度は地面ではなく、オークの体に命中した。途端、爆発が起こる。
「何これ!?」
「空気に触れると爆発を起こす薬品。名付けて『エアボム』!」
「何それ!?」
よく分からないけど、一応攻撃になったようで、オーク達は怯んでいた。その隙を逃すまいと仰け反った巨体の脇を抜けようとする。
まずシンドーさんが脱出、シズさんを担いでいる分、俺の足は遅い。先にラウを逃がそうとするが、体制を立て直したオークに阻まれる。
「しまった、大丈夫か!」
「大丈夫です! でも状況は大丈夫じゃないです!」
「どうにかする、と言えたら簡単なんだがな」
相手の数は前後合わせて十体ほど、それも確認できる範囲での見積もりだ。暗闇で正確な数が把握できない。実際はもっといると考えた方がいいだろう。
「……やばいね」
「ど、どうする」
「いちかばちか……エレジアくん!」
え、と言う前にラウは俺のホルダーから本をひったくると、適当にページを開いて地面置いた。
「はい、どうぞ!」
「は?」
「ゾンビ! 呼んでほら!」
「はぁ?」
なにを言ってるんだこの人は、この状況を打破できる策ではないぞ。
「そんなことしてなんに」
「早く早く! 来るよ!」
ついに背後のオークが突進してきた。ラウが催涙ガスと『エアボム』で応戦する。だけど、突進の勢いを弱めるのが精一杯だ。段々と近づいている。
「早くしないとあたし達死んじゃうぅ!!」
「ぐ……本当に何もできないからね!」
情けなさで痛くなる胸を押さえながら、魔導書に手を置く。本を中心にして、魔法陣が地面に描かれる。発光したせいか、暗がりに反射して洞窟が一層明るくなった。オークの目を眩ませるには十分効果があったようで、再度の時間稼ぎに成功していた。
「頼む来てくれ……スケルトンゴーレム!」
それは多分、願望だった。役立たずでもどうにか貢献しようとした、なけなしの願いだった。発光が止むと、俺の眼前に人影ができていた。オークのではない、もっと華奢な影だ。
「ウガァ」
出てきたのはゾンビだった。
「くそおおおお!」
やっぱりダメだ。俺はゾンビしか呼び出せない無能なのだ。
「連続で出せないの!?」
「え?」
「さっさと答える!」
「あぁ……えと、魔力があれば、まぁ」
「じゃあいっぱい出して!」
困惑しながらも、応戦を続けるラウの後ろでせっせとゾンビを呼び出す。色んな死霊の名を読んでみたが、現れるのはやはりゾンビだ。ウガウガ唸る声がどんどん増えていく。なんか腹が立ってくるけど、今は気にしている場合ではない。
七体目を出したところで、防衛線も限界に到達したようだった。
「取り合えず七体出したけど」
「十分!」
残り僅かになっていた『エアボム』を投げて先陣のオークを退かせると、素早く俺の位置まで下がってきた。ゾンビを盾にする形で、ガラス管をそれぞれ一本ずつ、ゾンビに仕込んでいく。
「何してんの!?」
「うひひ、鼻つまんどいてねー」
ラウは悪い笑みを浮かべていた。全てのゾンビにガラス管を埋め込むのと同時、オークの棍棒がゾンビを三体まとめて薙ぎ払った。ブチャアと肉の潰れる音がした。盾にもなりゃしない、やはり俺のゾンビなんて
「……くっせぇ! くせ、くっせぇ!」
えずくような臭いが辺りに充満していた。どうやら、オークが屠ったゾンビの肉塊が臭いの発生源のようだ。確認する勇気はないけれど、とにかくそうなのだ。
その激臭はオークの鼻を破壊したようで、催涙ガスとは比べ物にならないくらいの攻撃力を発揮していた。臭いの爆弾とでも言うべきなんだろうか。
「……だいせいこうだね」
ラウの声がくぐもっている。こうなることを予期していたのか、顔を布で覆っている。俺にもください、と言えば予備の布を貸してくれた。
「俺のゾンビって無臭なんだけど、何で?」
「腐った肉に触れると強烈な悪臭を生み出す薬品、名付けて『冥土の香り』の効能だね!」
「用途が特殊すぎる」
「いやー、これ使い勝手が悪くて困ってたんだよねー」
「そりゃそうでしょうよ」
こんなもの頻繁にやられてたまるか。こっちの鼻がもたんわ。
「でもほら」
おかげで、と言うべきか、オークは全滅している。前も後ろも、もれなく全てを戦闘不能にしていた。
「役に立ったじゃん、ゾンビ」
「……あ」
ラウが白い歯を見せている。そうだ、確かに俺のゾンビを使ってこのオークを倒したのだ。意図しないやり方だったとは言え、結果的に役に立っていた。
「……すっごい嬉しいわ」
「ん、そりゃ良かった」
ようやく出口を抜けると、外は夕焼けに包まれていた。俺は知らず知らず、拳を握っていた。
「あれ、シンドーさんは?」
「あー、そこでのびてる」
「……もう兵器だよねあの薬品」