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はぐれ者戦線~落伍者どもがその名を轟かせるまで~  作者: 大鳥とりい
1章 落伍者どもが寄せ集まるまで
3/7

1-2

 ヒゲ男とついつい話し込んでしまって、店を出る頃には陽がすっかり暮れていた。他愛のない雑談から、お互いの境遇についてまで、ひとしきり教え合った。


 ヒゲ男は「シンド―」と名乗った。訳あって『万』を引退して、今は占い師をやっているとか。胡散臭い職業だけど、これが的中率九割を誇りそれなりに儲かっているらしい。その傍ら、人探しもしていると語っていた。誰を探しているのかは、判然としなかったけれど。


「ういー、飲んだ飲んだ」

「大丈夫ですか、相当酔ってるみたいですけど」

「キノ酒の一杯や二杯、どうってこたぁねぇさぁ」

「十杯は飲んでましたよ……」


 ふらふらなシンド―さんを担ぎながら、暗がりの街を歩きだす。街路灯が点いてるし、暗すぎるということはない。


「家ってどこですか? 良ければ送りますよ」

「おっ、いいのかい。エレジアは気が利くなぁ」


 げへげへ笑っている。大丈夫じゃないぞ、これは。早く送り届けないといけないな。


「道案内できます?」

「おうっ、任せろい!」


 うんうん唸っているが、空いてる手で向かう方角を指し示している。それに従ってしばらく進む。真っすぐ、真っすぐ、右、左、また真っすぐ、なんて調子で歩いていた。


「おっと、そこ曲がってくれい」


 十分ほど歩いただろうか、次に指差したのは建物と建物の間、路地裏だった。灯りもなく、ただでさえ薄暗い道が最早闇と化している。


「う」


 これまでは人の多い大通りだっただけに、少し不安が募った。けれどそれも一瞬、言われた通りに路地裏に入って行った。灯りも遠ざかり、暗闇を一歩、二歩と進む。十歩、十一歩、ときたところで、不安感が再び顔を覗かせていた。思わず、シンドーさんに問いかけていた。


「あの、本当にこっちで合ってます?」

「んあ、ああ、近道なんだよなぁ」

「な、成る程……」


 気のせいか、曖昧な返事だったような。十九歩、二十歩、ときて、二十一歩を踏み出そうとした時だった。目の前の暗闇が揺れたのがと分かると同時、俺は暗闇にぶつかった。


「は? なに」

「はいごめんねー」


 顔に何かを吹きかけられた。途端に眠気がどすんとのしかかってきた。立ってるのもままならなくなって、俺は地面に伏した。肩からはいつの間にかシンドーさんの気配はなく、どこに行ったのか思案する間もなく意識が薄れていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ちかちか、と瞼越しに眩しさを感じて、俺は目を覚ました。


「……ここ、どこだよ」


 確か、俺は路地裏で何者かに眠らされて、そのまま倒れてしまった筈だ。だけど、今いる場所はどこぞかの部屋中だ。内装はボロボロ、屋根がついているのが奇跡みたいな一室だった。

 俺はというと、部屋の中心で椅子に座らされている。特に拘束もされてないし、逃げ出そうと思えばすぐにでも実行に移せそうだ。


「……出てっていいのかな」


 普通に立ち上がって、普通に部屋に唯一ついている扉に向かっていく。なんだったんだろう、犯人が俺を拉致した意図が全く読めなかった。まぁいいか、と気にせず扉を開ける。


「こんばんはぁ」

「ぎょおおおお!!」


 女の人だ。ずっと扉の前で待機していたのだろうか、開けた傍から視界の下からぬぅ、と現れた。


「びっくりした? あーおもしろ」

「いや、意味が分かんないです。諸々」


 女の人は腹を抱えて笑っている。なんとも、風変わりな格好をしている。上下が繋がった服に白くて裾の長い上着を羽織っている。上下服についた無数のポケットに、無数ガラス管、腰に巻いたベルトにはフラスコ瓶が所狭しと装着されていた。


「おー、起きたな青年」


 開け放たれた扉から、また人影が見えた。ごく最近聞いた声だ。姿を現した人影に、俺は思わず声をあげて指まで突き付けていた。


 シンドーさんだ。あの時俺が担いでいた筈の、ヒゲ男だ。


「悪いな、こんな真似をして」

「一体、どういうことなんですか。なんの理由があって、俺を拉致したんですか」

「まぁ待て、順に説明するから」


 人を攫っておいて、なんの説明があろうか。だけど俺もお人好しなもんで、とりあえず言い分を聞くことにした。


「まず一つ、おれたちは君に危害を加える気はない」


 ほう。


「二つ、飯屋で君と会ったのは偶然じゃない」


 え?


「最初からエレジアくんを目当てにして、このおっさんは動いていたんだよ。ストーカーだよ」

「ラウ、話がこじれるからちょっと黙っててくんない?」


 ん? もしかして、この人。


「ほらぁなんか勘違いしちゃっただろうが!」

「ごめん、ぷくくく」

「はぁ、それで、俺になにか要件でも?」


 ああ、と気を取り直したシンドーさんは、咳払いをして続けた。


「んで三つ目だ、君に頼みたいことがある」


 頼みごと、か。なんだろう。お前を奴隷商に売り飛ばすとか、魔物の餌にしてやるとか、そんな物騒なことを告げられる雰囲気ではないな。危害は加えないらしいし、その線はそもそも薄いだろう。拉致ってきた相手を信頼しすぎなのかもしれないけど。


「君の力を貸してほしいんだ」

「はぁえええええええええええ」


 適当に流しそうになって、信じ難い言葉を聞いた気がした。なんて言った、俺の力を貸してほいいだと。


「いや、冗談ですよね」

「おれの顔を見て判断してくれ」

「ううん」


 真剣そのものだ。じっ、と俺の目を捉えている。眼力にやられて視線を逸らしてしまった。


「でも、俺の噂、きっと聞いてますよね」

「『置物ゾンビしか召喚できないネクロサモナー』のことか」

「そんな俺の力なんて借りて、どうしようってんです?」


 求められても、俺には大したことはできない。せいぜい殴れば粉砕されるゾンビを使って、ストレス発散大会を開催できるくらいの成果しか挙げられないだろう。


「ここまでするくらいだ、全部知ってるんでしょう」

「調べはついてるな」

「だったら尚更です。どんな頼みかは知りませんけど、他に当たった方が賢明ですよ」

「その上での話なんだがな」

「……そういうの、いいですって」


 俺は俺のことを一番分かっている。俺は役立たずだ。なんにもできない、無能なんだ。


「一個聞いていい?」


 ラウと呼ばれていた女の人が手を挙げていた。了承する前に、発言を始めていた。


「エレジアくん、今日パーティ組んでたよね。自分の能力の具合知ってんのに、なんでなの?」

「……それは」


 彼らは偶々俺の噂を知らなかったんだろう、頼み込まれたから入っただけだ。そういう言ってしまうのは簡単だった。だけど、何故か二の句が出てこない。


「答えてやろうか」

「え?」

「それはな、君がまだ自分を諦めていないからだ」


 シンドーさんが俺の目を見据えた。と思えば口の端を釣り上げていた。


「『万』を辞めようと思えばいつでも辞められた筈だろう? 受付に辞める、って言えばそれで終わりだしな」


 経験者なだけに、シンドーさんはしみじみといった口調だった。


「君は、『万』として自分にできることは何かないのか、って期待に縋っているんじゃないのか」

「……期待なんて、所詮期待ですよ」

「全て試したのか、可能性の全てを」


 可能性なんて、何もない、筈だ。だって俺には、ゾンビを召喚することしかできない。


「魔物に瞬殺されるゾンビで、できることは全てやったのか。瞬殺されるだけで、使い道は本当に何もないのか」

「……たっ、試したに決まってるでしょう!」


 そんなもの、とっくに試してる。家でゾンビを召喚して、そいつを隅々まで調べ尽くした。でも体が腐っていること以外に特徴なんて無かった。腕や足をちぎって投擲もしてみた。壁や地面に当たると砕け散るだけで、対象を溶かすなんて作用も無かった。本当に、何もできなかったんだ。


「まだやってないことがあるだろう」

「そんなの、あるわけ」

「仲間に使ってもらう、ってのは試したか?」


 なんだ、それ。そんなの、できるわけがないじゃないか。仲間も作れない俺が、どうやってそんなの。


 待てよ、まさか、この人の頼み事って。


「いいか、青年」


 シンドーさんは、後ろを向いて、俺に背中を見せた。やせ細った縦長のくせに、俺の目にはやけに広く見えていた。


「君の境遇は、災いと呼んでいいのかもしれない」


 災い、ぐさり、と俺の胸に刺さる言葉だ。


「災いってやつは無遠慮だよな。意図もせず、願いもせず、ただあちらの都合に沿って振りかけてきやがる。おれたちはそいつに振り回されて、掻き回されるだけだ。だけどな、抗議したくったって相手は概念、まぁ時間の無駄だ」


 辛い、けれど、言葉の一つ一つが俺の体に沁みてくる。


「それでも生きている限り、体が動く限り、前に進まなければならない。後ろを向いていては、見えるものも見えなくなる。不格好だし、なんだ、勿体ないだろう?」


 シンドーさんはもう一度正面を向いた。にかっと、朗らかな笑顔だった。


「命があるなら、しゃんと立っていなければならない。そうやって生き物ってやつは活動をして」

「長いくどい説教くさい。いい加減本題言ったげなよ」

「マジ?」


 ラウさんの茶々で熱を削がれたのか、シンドーさんは恥ずかしそうに咳払いをしていた。なんだろう、面白いのに、涙が溢れそうだ。悔しくない、嬉しい方のやつだ。


「じゃあ改めて、君に頼みがある」


 しん、と辺りが静まった。ばっ、とシンドーさんは両手を広げた。






「君を、落伍者のパーティに招待させてほしい!」






 ん? 落伍者?





「え、どういう意味ですか、落伍者って」

「え? そのままの意味だけど」


 シンドーさんはきょとんとした表情をする。


「君はつまはじきにされてしまった、即ちこの世界の落伍者ってことだろう」

「んん? そういうことになるんですかね?」

「なるのさ。そうじゃなきゃおれが困る」


 当たり前みたいに言うけど、どういう事情なんだ。


「おれは訳あって正規のパーティを作らない方針でね。おれの目的には、君たちのような日陰者が必要不可欠なんだよ」

「はぁ」

「つーことで、どうだい。一口乗ってくれないかい」


 爽やか笑顔だ。人を馬鹿にしてるような物言いだけど、きっと本心で俺を勧誘してるんだろうな。


「その言い方は気になりますけど」


 正直、俺に断る理由も、余裕もなかった。


「よろしくお願いします、シンドーさん」


 こうして、俺は晴れてパーティを組むことになった。怪しさ満点のヒゲ男と、固い握手を交わした。

 

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