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はぐれ者戦線~落伍者どもがその名を轟かせるまで~  作者: 大鳥とりい
1章 落伍者どもが寄せ集まるまで
2/7

1-1

 俺は、情けない。頼りない奴だ。取り柄のない、役立たずなんだ。

 

 仲間たちと魔物討伐の依頼を受けて、洞窟にある魔物の巣に赴いていた。ウルフェンと呼ばれる下級の魔物だ。目的地に着いてすぐ、ウルフェンの群れに遭遇した。好機とばかりに、皆で戦闘を始めたところだ。


 前衛の仲間が二人、剣や斧でばったばったとウルフェンを切り伏せ、後衛の仲間が一人、魔法で治癒をばっさばっさとかけて戦線の維持をする。完璧な布陣だ。


 その間に位置する中衛、すなわち俺だ。攻撃魔法用員として雇われている。魔導書を抱えて、じっと戦闘を眺めている。


 そう、俺は何もしていない。大事に本を抱いているだけ、置物だ。


「しまったっ!」


 前衛から声があがる。ウルフェンが一匹、彼らの脇を抜けてこちらに向かってきた。スピードはなかなかのものだ。咄嗟に魔導書を開いて手をかざす。無駄だと分かっているけれど、やらないよりマシだ。


「来てくれ、スケルトンゴーレム!」


 目の前の地面に魔法陣が描かれる。光が放たれて、ウルフェンを怯ませた。それだけでも効果があったかな。安堵している間に光も萎んできて、陣の中央には影が見えている。どちゃ、とそいつは音を立てた。


「ウガァ」


 出てきたのはただのゾンビだった。


「やっぱりダメだぁー!」

「グルルルルルルルルルルァ!!」


 どちゃ、と一瞬で屠られた元ゾンビの破片をかぶりながら、俺はウルフェンに飛び掛かられた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 なんとかウルフェンの討伐を終えた俺たちは、拠点の街へと戻ってきた。


「感謝祭やるんだなぁ」

 

 街のあちこちで『ラピスの街創立三十周年祭』の告知を知らせる看板や旗が掲げられている。適当にそんなことを考えていた。


 依頼紹介所で依頼達成の報告を済ませる。受付のお姉さんがにっこり営業スマイルで、小型の麻袋をカウンターにぼす、と置いた。


「ご苦労様です、報酬の四万ライトです」



 報酬の受け取りも済ませたし、依頼も完了だ。溜息をついていると、仲間たちがじっ、っとこちらを見ていることに気が付いた。


「……なんでしょう」

「いやー、その、話したいことが」


 来たぞ、と内心で諦める。場所を移そうと街の酒場に入ると、昼間だってのにがやがや賑わっている。空いてるテーブルに四人で腰かけた。喧しい周りと打って変わって、俺たちの席だけどんよりとしていた。


「あのぉ、話っていうのは」


 いつまでももごもごしている仲間たちを見かねて、俺から声をかける。言いたいことは分かってるんだし、いっそ早く言ってほしかった。


「うん、えっとね」


 顔の赤いプリーストが助けを求めるように、横の斧使いをチラ、と見た。斧使いはいかつい顔を愛想笑いで歪ませていた。


「その、なんというか、正直、ね」


 剣使いのイケメンが、ぽりぽり頭を掻いていた。そんなに言うのが憚れるんだろうか、俺はまた溜息を出しそうになった。


「いや、言いたいことは分かってますよ」


 ははは、と笑ってやると、三人とも少し安心したように顔を綻ばせる。何度も見た光景だった。



「出てけ、って言うんでしょ。パーティから」

「本っ当に、ごめんなさい!」


 イケメンが両手を合わせて、頭を下げてきた。


「こっちから呼んどいてあれなんだけどよぉ」


 いかつい顔が申し訳なさそうに言った。


「正直ここまでとは思ってなくってぇ」


 赤ら顔が引きつった笑顔をした。


「報酬は分けるんで、あの、これきり、ということで」


 今度は三人そろって頭を下げる。乾いた笑いしか起きなかった。まぁ見慣れてるんですけどね、とは言わなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 俺が『よろず』の会員になったのは、二年前、十五歳の誕生日だった。子供の頃から世の中の困った人たちの手助けをしたくて、世界中から多種多様な依頼を寄せられる『万』に入りたかったのだ。適正さえあれば誰でもなれる職業だったし、合格すること自体は簡単だった。


 適正検査の際に、俺のクラスは『ネクロサモナー』だと診断された。一般的に知れているのは『ネクロマンサー』、動植物の死霊を蘇らせて使役できるクラスだが、俺のはちょっと違う。どこぞから死霊を召喚して使役する、言うなれば死霊召喚士、と言ったところか。それなりに珍しいクラスのようだ。俺は迷わず『ネクロサモナー』になることにした。


 『万』はパーティを組むことを前提に、依頼を斡旋してくれるシステムになっていた。二人以上であればどんな構成でもいい、と自由度を売りにしているようだ。また知名度や貢献度で受けられる依頼の質が上がったり、受け取る報酬にプラスアルファがされたり、なんてこともあるとか。 


 そのシステム上、俺のクラスは他の会員を惹きつけ、レア物ならぬレア者目当てでパーティに引っ張りだこ、なんて状態になった。


 だけど、俺の浮かれっぷりもひと月の間だけだった。


 ひと月もすれば、自分に何ができて何ができないかが把握できるだろう。自分だけでなく、パーティの仲間たちにもだ。依頼をこなしていく度に「おかしいなぁ」と、疑念は募っていたが、ひと月経つ頃には確信していた。




 何の変哲もない、ただの人型ゾンビしか召喚できないことに。




「悪いけど、パーティから抜けてほしい」


 ゾンビしか出せないだけじゃなく、肝心のゾンビも木偶の坊、簡潔に言えば役立たずだった。初めに組んだパーティのメンバーから通告で、俺は初めての追い出しを経験した。この時はショックで堪らなかった。家に帰っておいおい泣いた。


 ネームバリューはまだ生きていたようで、その後もしばらくは色んなパーティに誘われていた。次に入ったパーティでは半月を共にしたが、やはりゾンビしか出せないし、早々に見限られた。ここでもまたおいおい泣いた。


 三つ目に入ったパーティじゃ組んだその日に追放されてしまった。この日は一段とおいおい泣いたっけ。


 だんだんと俺の無能っぷりは噂になり、三か月経つ頃にはどのパーティにも呼ばれなくなってしまった。あれだけ流した涙も乾いて、今度は乾いた笑いが起こるようになっていた。


 それでも己を奮い立たせて、色んな魔導書を読み込んで新しい召喚術を学んだり、自分を売り込んで何とかパーティに入れてもらったり、なんなら拠点を転々と変えて俺を受け入れてくれる街へ出向いたり、できることはなんでもやった。


 結果は振るわず、どんなに強い召喚獣を呼ぼうとしても出てくるのは置物ゾンビ、比例してパーティ追放回数もどんどこ増え、悪い噂は広まるばかり、正に負の連鎖だった。


 

 そんなこんなで半年、一年、一年半と過ごしてもこの仕事にしがみついている。辞めようと思えば辞められた筈だけど、俺は辞めなかった。屈辱に歯を食いしばって耐えた。『万』にいることが、ここで人々の役に立つことが俺の夢だったからだ。簡単には手放せなかった。


 俺は情けないし、頼りない、役立たずだ。でも、それでも、俺にもできることはある筈だ。なんて期待しながら這いつくばっている。滑稽なことこの上ないんだろうな。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 酒場から出た俺は、街をとぼとぼ歩いていた。右手に魔導書、左手に分け前の入った小袋を持っている。歩く度にジャリジャリと金の音が聞こえる。俺の惨めっぷりに拍車をかけているようだ。


「今月もダメだった」


 思わず独り言が出た。これまた惨めさを加速させてくる。ついでに溜息も出た。


「どうしよ」


 ぐぅ、と腹の音が鳴った。追放され始めの頃はこんな時飯も喉を通らなかったというのに、慣れとは怖いもんだ。適当な店に入ろうか


「あ、創立記念フェアやってる」


 目に留まった飯屋が街の雰囲気に合わせたキャンペーンをしていた。ふらふら吸い込まれていくと、同じような目的で来たであろう客で賑わっていた。


「らっさーい!」

「一人です」

「見りゃ分かりまーす! お一人さんご案なーい!」


 軽い口調のウェイトレスさんの軽い接客を受けて、席に通される。


「一人だしカウンターでいいっすよね!」

「いいっすよ」


 こちらもつられて軽い調子で返してしまった。ウェイトレスさんは気にした風でもなく、あーいと水を目の前に置いていた。


「注文どぞ。あ、今何でも安いっすよ!」

「じゃあ、一番安いので」

「あーいお待ちをー!」


 紙にオーダーを書き留めて、ひゅーとカウンターの奥に引っ込んで行った。


「……軽い」

「分かるぞ青年」

「うひょお!」


 後ろから声を掛けられて思わず方が飛び上がった。おずおず振り返ると、痩身のヒゲ男が立っていた。


「隣座るぞ青年」

「あ、どうぞ」


 他の席は埋まっていて、俺の隣しか空いてなかったようだ。逡巡なく頷いた。


「ここのウェイトレスいつもあんな調子なんだよ」

「そ、そうなんですか」

「いかにもギャルって感じがして、こう、いいんだよな」

「は、はぁ」


 言ってることがよく分からないが、適当に相槌を打っておく。怒らせたら嫌だし。


「お前さんも一人かい?」

「あーはい、まぁ」

「見たところ『万』の会員みたいだが、仲間は一緒じゃないのか」

「ええと、まぁ、色々と」


 ヒゲ男はまじまじと俺を見ている。見透かされているようで、体がむずむずする。


「……ふぅん」


 納得したのかしてないのか、ヒゲ男が視線を外した。


「んじゃま、俺の話相手になってくれや、な!」

「え、はぁ」

「一人で飲んでてもつまらんからな、ガハハ!」

「おっさん、ここは飲み屋じゃねーつってんでしょー」


 ウェイトレスさんが両手一杯に料理を持って、俺の席につかつか歩いて来た。


「ほーい日替わりランチお待ちどー!」

「あ、どうも」

「ごめんけど、取ってくんないすか。右の腕にある方っすー」

「ああ、はい」


 トレーを取って自分の前に置いた。それを見てからごゆっくりー、とウェイトレスさんはひゅー、と行ってしまった。


「あれ、俺の注文聞いてないんだけどー」


 あとで聞くっすー、と遠くから声が聞こえた。律儀だなぁ、と適当に思った。


「まぁいいや、んでだ青年」

「なにがんでだ、なんでしょう……」


 この後も俺はヒゲ男の話相手になっていた。途中から本当に酒を飲み始め、酔っ払いと化していたが、話をしている間は、ここ最近で一番楽しかった。俺は笑えていた気がする。乾いたやつとは違う、自然と出る方の笑いだ。こんな感覚も久々で、泣いてしまいそうになった。



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