02.来たれ!我が式!
ーーーーー時は遡って遥か昔。平安時代の都には、人々に害を及ぼす悪鬼羅刹の類が蔓延っていた。
そんな災厄を恐れる全ての人間を守り、救うことを己の仕事としている人々ーーつまりところ妖怪退治のスペシャリストーーそれが陰陽師である。
一般的に陰陽師とは、陰陽五行説に基づいた陰陽道によって占いや祈祷、祭祀を行う職業のことであるのだが、当時、彼らには並みの人間には見えない怨霊や、誰の目にも見える人ならざる存在ーー妖怪ーーが祓えると信じられていた。
「臨!兵!……ああっ、失敗だ!」
真夜中の京の小路に不安そうな声が響いた。
声の主はまだ声変りもしていないような少年で、手には数珠を持ち掛け声に合わせて何やら印を結んでおり、鋭い目付きで自分の頭よりも高い位置を睨み付けている。
「臨!兵!闘!者!」
少年が睨み付けていたのは袈裟を纏い笠を被った者だった。一見僧のようにも見えるがこれが実は今平安京を騒がせている悪霊なのである。
そして先ほどから失敗ばかりしている、年端もいかない少年こそが、都の救い主である陰陽師のひとりなのだ。
「なんでうまくいかないんだ……!」
少年が唇を噛み締めた。その一瞬の心の隙を悪霊は逃さなかった。
身の竦むような恐ろしい咆哮と共に、僧のなりをした悪霊が襲いかかってくる。
「り、臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前っ!」
「ギャアッ!」
難しい印を組むのをやめ、指で十字を切るように動かし呪文を唱えると、動かした指の軌跡に光の檻が現れ、悪霊を閉じ込めた。
短く息をついた少年は、短く息を吐くと式神を召喚するための札を取り出した。
「来たれ!我が式!」
あまりのまぶしさに目が眩んだ真咲は光が収まってからもしばらくは目が慣れず状況を理解できずにいたのだが、ここはどこだと考える間もなく耳には禍々しい叫びが聞こえてきた。
状況を掴めはしないものの先ほどの不良の声だと思えば若干無理やりではあるが真咲の中で一応納得はいく。と、すればこの眩しいのはさっきの不良の小細工なのだろう。
真咲はほとんど反射的に声のする方へこぶしを振るった。
「オメエの小細工なんざ効かねえんだよっ!」
「グギャアッ!?……ギイ……」
鈍い音がして相手はゆっくりと倒れた。無論、まだ目の慣れていない真咲は音で判断しただけだったが。
相手の起き上がる気配が無いのを察して目を瞬く。ようやく目が見えてきたので、不良に一言言ってやろうかと思い自分が倒した相手を見やると真咲は目を丸くした。
「あれ?よく見たらこいつさっきの不良じゃねえな。…や、やべっ、このカッコって坊さんか?すんません、すんません!大丈夫ッスか!?」
「今だ!急急如律令!」
真咲の背後から鋭い声がしたかと思えば、真咲が殴り倒したその何かは紫色の光に包まれて消えて行った。
「……き、消えた?今の、消えたのか?」
真咲が目を丸くしていると背後から何者かが近付いてきた。
「あ、あの…」
「…俺か?」
真咲は思わず眉をしかめる。不良が一般人には煙たがられる存在なのは重々承知の上だが、わざわざ話しかけられて不快感を伝えられるのは良い気はしない。
「はい。あの…あなたはまだ帰らないの?」
さすがに斜め上な問いかけに真咲は思わず眉間の皺を深くした。言われなくても真咲は自宅に帰るつもりだし、何故改めて聞かれる必要があるのだろうか?
「言われなくてもこれから帰るところだっての」
「そう。じゃあまた呼ぶかもしれないけど、よろしくね」
「オイ聞いてねえぞ、なんだよまた呼ぶって。ていうかあの坊さん消えちゃったよな!?どうしたんだ?まさか俺が殴ったせいで死…」
「そうだね。今回の悪霊は強かったけど、キミ、なかなか強いじゃないか」
「悪霊?いやいやあれどっからどう見ても坊さんだっただろ!もうわかんねえことだらけだよ!俺を呼び出したヤンキー居たよな!?見てない?あとなんで夜なの?まだ放課後だったと思うんだよね!?俺はあいつに負けたのか!?記憶がねえ!どうしちゃったんだよ俺はよぅ!」
少し落ち着いたところでようやく自分の認識と目の前の現実のギャップに気が付いた真咲は早口で少年に捲し立てる。
頭を抱える真咲に、少年はおずおずと声をかけた。
「えっと……あの、ボクの家にくる?」