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謎解きは私の今後を左右する。

 ニンファは先ほどまでポーションに突っ込んでいた魔術具を両手に説明し始めた。


「この魔術具は最近開発されたもので、魔力だけでなく魔力効率も鑑みて総影響力を測る魔術具だ。まあ割と金はかかったがね、いい買い物をしたよ。

 この魔術具の映玉は赤から橙、黄、黄緑と変化していくんだが、理論上――今しがた理論上じゃなくなっちまったが――これで測れる総影響力を超えると色がループするんだ」


 先ほど見た現象である。チェレスティーナの作った方のポーションに入れられていた魔術具の映玉は色の変化がループしていた。どうやら緑色のポーションは総影響力というものがとても大きいらしい。


「総影響力ってのは魔力と魔力効率、どちらが欠けてもその値を小さくする。当り前さ、魔力が多くたって魔力効率が悪けりゃ魔法は行使しづらいし、ポーションの質は落ちる」

「えっ、ポーションにも魔力効率が関係するんですか?」


 座学では魔力効率に関わらず注がれた魔力の全量が大切だと習ったが、ニンファの言い方だとそれは間違っているように聞こえる。


「もちろんするさ。習ってないのかい? これは2年前に学会で発表された内容だよ」

「習ってません。初めて聞きました」


 ニンファはこめかみを押さえて深くため息をついた。錬金術師院の行く先を憂慮しているのだろうか。


「まあそれは今はいい。ポーションの調合の時、魔力効率が良ければ良いほど質が高くなる。質というのは純度でもあるし、色でもある。この緑色のポーションは質がとてもいいね。うちの店でも長らくお目にかかったことのない出来だ」


 褒められてつい頬が赤くなる。この偏屈そうなニンファに認められるということはとても大きな意味を持つのだと、チェレスティーナは直感で判断していた。


「あの、質問なんですが……」

「ああ、こっちの無色透明のポーションのことだろう? より多く魔力を込めたのに緑色にならないとか、そんなとこかね」

「は、はい、そうです。どうしてですか?」


 エリデがずいっと近寄って説明を一片も聞き漏らすまいという姿勢を取る。もったいない精神が旺盛なエリデは、自分の魔力をどうしても無駄にしたくないのだ。それは食料でも服でも板でもインクでも、基本的には同じなのだが。


「あんたたちは魔力が多いほど質が良くなり色も変わると教えられたんだろう? それは半分は合っていて、半分は間違ってるのさ。

 確かに魔力が多けりゃ質は上がる。しかしそれだけじゃとても色が変わるほどにはならないね。上級魔法の何十回分の魔力を注がなけりゃ無理だ。でも魔力効率が良ければ話が変わる。いわば魔力の影響力が強いってことだから、質もより早く上がるんだ」


 つまり魔力効率が良いということは魔力の影響力が普通よりも強いということらしい。初級魔法の魔力量で中級魔法が使えたり、威力が中級魔法並みになったりと、魔力の密度が違うようなのだ。

 それはもちろんポーションにも影響が及ぶ。魔力効率が良ければ注ぐ魔力が少なくても質が上がるのだ。魔力に込められている神の力が多く、それがポーションに早く行き渡るのだから、当然だろう。


「あんた、チェレスと言ったか? 相当『神様に好かれている』ね。こんな子供がそれほどの総影響力の使い手だなんて、末恐ろしいこった」


 ニンファはひらひらと手を振りながら魔術具を片付ける。


「チェレス、あんた、末恐ろしいって言われてるわよ。このニンファさんに」

「見た目はこんなに無害そうなのに……危険です」

「何を言ってるんですかふたりとも!」


 問題児を通り越して危険物扱いをされかかっているチェレスティーナが猛抗議する。

 混ぜるな危険とか、水爆とか、危ない二つ名をつけられるのは勘弁だ。そんな二つ名の人間なんて常識に埋もれているはずかない。


 私は普通の女の子になるんだから!


 思わず巡時代を思い出しながら心の内でそう叫ぶチェレスティーナであった。

 そしてその様子を見ながら、そんなことを考えてるんだろうけど、きっと無理だろうなあ、と思うリーアとエリデであった。



 ニンファの店を出るとき、チェレスティーナの掌には小金貨2枚が、エリデの掌には中銀貨5枚が載せられていた。

 ニンファが喜んでポーションを買い取ってくれたのだ。エリデのポーションも色こそ無色透明なものの純度は高いと言われ、通常よりかなり高めに買い取ってもらえた。

 「次もうちに持ってくるんだよ」という軽い脅迫めいた台詞とともに。


「しょ、しょ、小金貨……」

「ち、チェレスには及びませんけど、中銀貨もかなり大金ですよね……」


 財布代わりの革袋など持ってきていないので手に握っているしかなく、始終変な汗をかいてしまう。

 なにせ中銀貨と言えば日本円に直せば約1万円、小金貨に至っては100万円である。訳の分からない大金だ。しかも初級ポーションで、である。異例中の異例であった。


「わ、私も少し怖いです……」


 ファビアまで冷や汗をかき始めている。中銀貨はそこそこ見慣れているものの、小金貨はスケールが大きすぎる。よほどの富豪か貴族くらいしか目にしない硬貨だ。


「……私はあんまり怖くないわ」


 リーアはそこそこ大きい商会の娘だったため小金貨にもそれほど動揺してはいなかった。


「じ、じゃあリーアがこれ持っててよ!」

「嫌よ! 何持たせる気よ!」


 しかし実際に触るとなると話が違うらしい。震えすぎて落としそうになっているチェレスティーナを押しとどめながら押し付けられるのを避けるという器用な技を披露していた。


「チェレスのポーション、あれ一体いくらで売る気なんでしょうね……」

「「「…………」」」


 エリデの一言で場が凍った。

 たかが初級ポーションを小金貨2枚で買い取るくらいである。赤字ぎりぎりで売るほどニンファがお人好しにも見えないし、それなりに利益を上乗せして売るのだろうか。


「りょ、領主に献上とか……?」

「やっぱりそうよねぇ……」


 貴族でもそんな額をほいほい払えるとは思えない。きっと上位の貴族に献上して褒美をもらうなどして利益を上げるのだろう。


「でも緑色のポーションでそれじゃあ、チェレスがさっき作ってた青色のポーションはどうなるんでしょう……」

「「「…………」」」


 考えるだけで頭が痛い、と言うようにエリデ、リーア、ファビアがこめかみを押さえる。


 エリデの予想通りあのポーションが上位の貴族に献上されたら。更に質のいい初級ポーションがあると知ったら。チェレスティーナがあの調子で中級も上級も作りまくったら。


 容易に予想できる結末、『囲い込み』に3人が難しい顔をしているというのに、チェレスティーナは全く心配していなさそうな顔で、


「まあまあ、そんなに悩まなくても大丈夫! 質のいいポーションが沢山あったら助かる人が増えるし、お店も売れて喜ぶし、私も喜んでもらえて嬉しい! Win-Win-Winだよ~」


 なんとも暢気なことを言っていた。『囲い込み』のかの字も浮かんでいなさそうなその声色に、3人は更にがっくりと肩を落とす。


「え、なんでみんな落ち込んでるの?」

「「「誰のせいだと思ってるの!!!」」」


 その夜、チェレスは何故か寮の部屋にいるファビアと同室のリーア、エリデに頬をつねられ、お説教され、正座でしびれた脚を突っつかれるのであった。



 それから数日経ったある日の夜のこと。


「皆さん。私、考えていたことがあるんです」


 エリデが神妙な顔でそう話し始めた。深刻そうな雰囲気を感じ取ったチェレスティーナとリーアは、各々の作業の手を止めて聞く姿勢に入る。


「この前私とチェレスがポーションを買い取ってもらってから、必需品はあらかた揃えましたよね」

「そ、そうね……」


 そう、あの後、インクや板やナイフが足りなくなっていた3人は町へ買い出しに行ったのである。リーアの稼ぎは厳密に言えばなかったのだが、大きな商会の娘にも関わらず仕送りもなく手持ちが尽きかけていたリーアを放っておくチェレスティーナではなかった。

 貸しね、とリーアを説得し、それぞれ足りなかったものを補充して回ったのだ。


 ちなみにエリデに板を何枚か貸してもらっていたチェレスティーナは、その分もきっちり買い直してエリデに返しておいた。きっとリーアもポーションが売れるようになったらすぐにチェレスティーナに返しに来るだろう。

 なんたって友達なのだから。


「チェレスのポーションがかなりおかしい値段で売れるということはもう周知の事実です。しかしその稼ぎをこれから先も全て使うというのは愚策中の愚策、大愚策です!」

「つまりもったいないってことだよね?」

「よくわかってるじゃないですか、チェレス」


 その点についてはチェレスティーナも考えていた。


 今は無色透明でないポーションが一般的なため異常な値段がついたが、これから先チェレスティーナがずっとあれを作っていけば多少の値下がりが起こるだろう。いつまでも金貨を稼いでいけるとは思えない。


 それに、チェレスティーナには夢がある。自分で錬金術店を開くという夢だ。開店する上での税や手続きや土地代の目安など、主要なことは既に座学で一応習っている。実技のための素材が採りにくい冬にもう一度希望者を募って講義をやるらしいが、今分かっているだけでも店を開くには相当量の金貨が必要だ。貯金は必須である。


 最後に、チェレスティーナとふたりの間で収入に格差があり、お金の使い方にも格差があれば、きっと友達ではいられなくなる。今回はリーアに貸しという形で納得してもらったが、リーアという少女はそう何度も施しを受けて平気でいられるほどプライドは低くない。そしてそれはエリデもそうだ。

 しかし、友情のために徒に質の低いポーションを作り続けると言うのも釈然としない。というか、そんなことをしたら自分たちのせいで手を抜かせたとふたりに思わせてしまうだろう。


 悩ましい問題である。


「そうね、チェレスと私たちの稼ぎにはきっと大きな隔たりが出来ると思うわ。でもそれはあんたの力なんだから、遠慮なんかしないでいいわよ。将来錬金術店開くんでしょ? 私のポーションをちょっと買い取ってくれたら嬉しいけど」

「あ、リーア、ずるいですよ。私も買い取ってもらってお店に置いてもらうんですから」

「別にそれが駄目なんて言ってないでしょ。そういうのが錬金術師院の縁を将来に生かすってことなんだから」


 ……あ。


「ふたりとも、聞いて! いいこと思いついた!」

「「いいこと?」」


 今のふたりの発言から、ふたりとも将来はチェレスティーナの錬金術店に納品する気なのが分かった。

 そこでチェレスティーナはふと思ってしまったのだ。


 ふたりとも私の錬金術店で一緒に働いちゃえばよくない? と。


 冒険者がパーティを組むように、錬金術師は共同で店を開くこともある。店の資金や利益はもちろん各自負担・分配が基本なので、チェレスティーナの稼ぎが少しばかり多くても、ただ施しを受けるよりはリーアたちも受け入れやすいだろう。


 チェレスティーナの提案を聞いたリーアとエリデは少しばかり戸惑っていた。


「えっと、私はどうせ卒業しても行くとこないし、チェレスがそう言うならそうしてもいいとは思うけど……」

「わ、、私も仕送りさえできればいいですし、願ったり叶ったりなんですけど……」

「そしたらいいじゃん!」


 ぱっとふたりの手を取ると、複雑そうな顔をされる。


「……チェレスがもし、私が初日に『友達』って言ったのを気にしてるなら、やっぱりいいわ。私、足を引っ張るためにそう言ったんじゃないもの」


 小さな家でも借りてそこで節約しながら生活すれば、錬金術師としてやっていけるはずだから。


 リーアの沈痛な表情に、エリデもこくこくと頷く。

 どうやらふたりにはチェレスティーナが施しをしようとしていると思われているらしい。


「はぁ……ねぇリーア、私がそんな薄っぺらい理由で二人を誘うと思う?」

「え?」

「エリデも、そんな理由で私がふたりを大事な大事なお店に入れると思ってるの?」

「え、ええと……」


 全くもう、と大げさにため息をつき、腰に手を当てるチェレスティーナ。


「あのねえ、ふたりとも私のことそんなに信用できない? そりゃ私はちょっと魔力が多くて魔力効率も良いみたいだけど、それだけじゃん。もったいない精神もちっとも足りないし、えーと、囲い込み? とかもよく分かんないし。だめだめなんでしょ?」


 おどけて数日前の説教を持ち出すと、リーアがぷぷっと吹き出した。


 一番怒ってたの、リーアだもんね。


「確かに、チェレスはポーションを作れるだけですからね。この前も板を削るのを失敗してましたし」

「な、なんでそれを!?」


 この前うっかり手元が狂って板を分厚めに削ってしまったのだが、エリデに知られると「もったいない!」と叫ばれるので、頑張って隠していたのだ。一体なぜ知ったのだろうか。怖すぎる。


「ていうか、まだ分かってなかったの!? あんなに説明したのに!?」

「ひぃっ、こっちもバレた!」


 頑張って分かったふりをして説教から逃げ出したのに水の泡だ。リーアがシャーっととがりすぎている八重歯を剥き出しにして迫ってくる。こっちも怖すぎだ。


「どうして何回も何回も私にもったいないって言われそうなことをするんですか!」

「どうしてあんなに説明したのに分かってないのよ!」

「ご、ごめんなさい~~~!」


 完全に立場が逆転している。

 ばたばたと部屋中を逃げ回り、うっかりベッドに毛躓いてシーツに倒れこむ。相変わらず干し草が飛び出ていて痛い。


「「隙ありっ!」」


 どすどすっ、どすん!


「ぎゃあっ」


 逃がしはしない、とリーアとエリデがすかさず覆いかぶさってきた。轢かれた蛙のような声が出る。


「もー、重い!」

「お、重いですって!? 大して変わらないわよ!」

「わ、私は胸があるからノーカンです!」

「さり気なく主張してるんじゃないわよ!」

「リーアが貧乳なのがだめだと思います!」

「それを言ったらチェレスもじゃない!」

「わ、私はまだ成長期前だもん!」

「それなら私だってそうよ!」


 普段あまり騒がないエリデまで一緒になってわあわあ言い合い、もみくちゃになる。


「ほら、チェレスの方が身長も低いじゃない!」

「そんなことないもん、ほら!」

「背伸びしてるんじゃないわよ!」


 どんっ! どんどんっ!


 とうとう苦情の壁ドンが来た。びくんと肩を震わせて壁の方を見る3人。


「……怒られちゃったわね」

「誰のせい?」

「わ、私だけじゃないわ」

「まあ、私は一番静かでしたけどね」

「なんですって!?」


 どんどんっ!


 二度目の壁ドンである。なかなかご立腹らしい。あんなに騒げば当たり前だが。


 3人はきまり悪く肩を竦め、お互いをちらちらと見やり、ぽすんとベッドに横たわって、やがてくすくすと笑い始めた。


「あー、おかしいわね」

「何が始まりだったんだっけ?」

「チェレスが私たちに店に来ないかって言ったことですよ」

「そうだった、そうだった」


 ほんと馬鹿ねぇ、とちっとも思っていなさそうな口調でリーアが言った。


 それっきり誰も何も喋らず、ぼうっと天井を眺めた。


「ねぇ。私、やっぱりチェレスのとこで働くわ」


 静寂を破ったのはリーアだった。何かを吹っ切ったような笑顔でチェレスティーナを見つめる。


「リーア、ずるいです。私も働きます」

「……ふふっ。私、だめなんて言ってないじゃない」


 先ほどの会話をなぞるエリデに、リーアがそれに沿う形で返答する。


 幸せな世界だった。

 ああ、私たち、友達になったんだな、と思った。


 リーアの心が埋まればいい、と思ったら、自分の心が埋まったことに気が付いた。


 いきなり異世界に来て、記憶はほとんどなくて、路銀が心許ないまま領都に来て、錬金術師院に入学して。思い返せば忙しい4か月だった。


 友達、友達といやに拘っていたリーアを思い出す。何かに焦っているようだった。悲しんでいるようでもあった。それをどうにか紛らわせようとするような。

 エリデはそれを埋める形で、家族と離れた穴を埋めていたのだと思う。時折話す家族の話は、貧しいながらも愛のこもった物語だった。そして家族と離れたことを、本当に寂しがっていた。


 私たちは今日、穴の形をした代わりじゃなくて、私たち自身の形をした私たちになったんだなぁ。


 チェレスティーナはこの世界に来て初めて、満ち足りた思いで眠りについた。

そろそろ心が折れるので皆さん評価とかブクマとかどうぞ

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