いよいよポーション調合しちゃうよ!
春が終わり、夏がやってきた。チェレスティーナのいる錬金術師院のある領都は、東京とは違ってからっとした乾燥気味の暑さだった。
「はあ、暑いわねぇ……」
朝早くに目が覚めたのをいいことに下着姿でごろごろするリーアに、エリデが器用に魔法で風を送ってやっている。魔力が少ないリーアはそんな無駄遣いは出来ないのでエリデを羨ましそうに見たが、涼しさには勝てないのかいそいそと風がよく当たる方へ移動した。
「エリデ、その魔法教えてくれない? 私なら魔力も多いし、結構長く続けられると思うよ」
「いいですよ。詠唱は風属性の特殊魔法で、『風の神よ、ここに風を巻き起こし我らに清涼を与えたまえ』です」
ふむふむ、と頷いたチェレスティーナは、早速みんなに向かって教えられた詠唱を行った。
「ええと、風の神よ、ここに風を巻き起こし――」
「ちょっと待って!」
リーアが途中で詠唱を遮った。なんで邪魔しちゃうの、とチェレスティーナから不満げな顔を向けられ、慌てて弁明する。
「ちょっとエリデ、チェレスにそんなに簡単に詠唱を教えちゃだめよ。『ここに風を巻き起こし』って、あんただから涼しくなるけどチェレスにやらせたら竜巻が発生するかもしれないのよ」
「そ、そうでした。迂闊でした……ごめんなさい」
「いや、私の扱いひどくない!?」
中級まで魔法を行使できるようになったことで魔力の扱いにも慣れてきたという自覚があるので、ついつい反論してしまう。
だいたい、『我らに清涼を与えたまえ』だよ? 竜巻なんて起こるわけないよ。
「とにかく、チェレスはその風魔法は禁止! 草原ならまあ試すくらいはいいけど部屋はだめよ!」
「ええっ、そんな非情な!」
リーアだけでなくチェレスティーナもこの暑さには参っていたのである。そこに便利な魔法がやってきたから使いたかっただけなのに、なぜ怒られているのか。
「まあまあ、涼しくするなら氷魔法の初級でも十分ですよ。魔力を絞ってやってくださいね」
エリデが見かねて代案を出してくれたので、それで手を打つことにして早速氷を出現させることにした。これは手慣れているので失敗することもない。何時間も練習しただけのことはある。
出てきた氷の中でも小さめのものを手に取り、口に含んでその冷たさを堪能する。なぜか井戸の水よりも水魔法や氷魔法で出したものの方が美味しいのである。
まあ魔法だし浄化作用でもあるのかもな~。
とチェレスティーナは深く考えていなかったのであるが。
「どうして氷魔法で出した氷を食べてるんですか!?」
「ち、チェレスのことだしもしかしておいしかったり……おいしいわよこれ!」
「そそそそそんなことがあるわけ……おいしいです!」
「ええっ、こういう魔法なんじゃないの!?」
「「そんなわけあるかあっ!!!」」
その後エリデには氷屋出店の打診をされたので、丁重にお断りしておいた。
夏になるとやっと実習が本格化する。錬金術師院で教えられるポーションは主に4つだが、その1つを秋までに完璧に作れるようになるべく課程が組まれているのだ。
「休養日を挟んだ次の日は通常治癒低級ポーションの作成を行います。各自素材の調達を忘れないように。道具は今まで通り貸し出しますのでなくても大丈夫です」
ファビアがそう告げたその日にチェレスティーナたちは採集をした。ゆっくり休養日に、などと考えていると取りつくされてしまうかもしれない。生徒たちから依頼を受けた冒険者たちに。
リーアが見つけた群生地はいずれも穴場でそうそう見つかるとは思えないが、念には念をいれよ、である。結界を張ってあるでもなし、運が良ければ見つけられないこともないのだ。
とにかく、春の内に効率よく採集できる場所を見つけておいたチェレスティーナたちは日が暮れる前に採集を終えることができた。これからは連日実技が行われると予想し、多めに採ってきてある。いちいち行くのは面倒なので。
休養日はゆっくり素材の処理である。エッレーヴォロの花弁についてきたがくとか、ズッペルゲンの葉の葉脈を取り除くとか。やらなくてもポーションが作れないということはないが、やった方が質が上がると座学で習ったのでもちろんやる。少しでも質のいいポーションを作るために。
……少しでも売れるポーションを作るために、というのは流石に言わないでおいた。みんな思ってはいるので別に気遣う必要もなかったのだが、なんとなく打算的な気がしたので。
自分たちの志望理由の方が何倍も打算的だということは、言ってはいけないのであった。
休養日の次の日、朝から一日がかりで調合を行うことになった。
「まずは『乾燥』を行います。これは風属性の特殊魔法なので詠唱をするだけで大丈夫です。詠唱は『風の神よ、其れに宿る水の神を絡め取り、我らに軽やかさを与えたまえ』です」
ファビアの説明を受けた生徒たちがいっせいにエッレーヴォロの花弁を乾燥させにかかる。チェレスティーナも事前の特訓のおかげでそつなくこなすことができた。一部の生徒はまだ乾燥しきれていないと指摘を受けたり、乾燥させすぎてぼろぼろに砕けてしまったりしている。
乾燥の後は花弁をすりつぶし、粉末状にする。これはただの手作業なので失敗も何もない。
すりつぶしたらズッペルゲンの葉とロイマユの根を刻み、茹でていく。なるべく均等に刻むとあとで魔力を注ぐ時に都合がいいので、千切りよりも少し分厚い程度に切り刻んだ。沸騰した湯にそれらを沈め、適度に湯がく。
ここまではなんてことないんだよね……。
大変なのは次からだ。エッレーヴォロ、ズッペルゲン、ロイマユを合わせ、魔力を注ぎながらすりつぶしていかなければならない。一応座学では注ぐ魔力は多ければ多いほどいいと習ったのだが、チェレスティーナにもそれが適用されるのか、全く異なる結果を招くことに繋がらないかと懸念したリーアとエリデに、しっかりと厳命されていた。中級で扱う程度の魔力までしか注がないということを。
魔法を行使するときは魔力が流れる道筋が見えるので、そこに一定量の魔力を流すだけで良かった。魔力効率もいいと分かってからは繰り返し練習することで最適量を身体に覚えさせ、完璧に、間違っても事故など起こさないようにやれるようになった。
しかし詠唱なしで魔力をそのまま、実体のないままに注ぐというのは案外難しい。魔力の通る道が見えないので手探りで進むしかなく、慣れないうちは特に集中力が要るし時間もかかる。
「むぐぅ……」
うっかり間違えでもしたらふたりに……主にリーアに牙を剥かれるので慎重にならざるを得ない。
ぬずぬずぬず、と魔力が腕の方に回っていくのを感じながら唸り続ける。
ああそっちじゃなくてこっち、そうそう手の方にね、来てくれないとね、リーアに怒られるんだよぉ~。
魔力に空気を読むことを要求してみるが、まあまず無理である。仕方なく少しずつしか動かない魔力の機嫌を取ることに専念する。
詠唱って、偉大だったんだなぁ……。
どうしてこの過程に詠唱が使われていないのか不思議になったが、触れないでおいた。聞いたら怒られそうな気がしたのである。チェレスティーナも多少空気を読むということを身につけたのであった。
「あ、もうすぐ、かも……」
そろそろ手首の辺りに差し掛かってきた。あともう少し、と気合を入れる。
と。
「ひぃっ!」
手首の辺りにいた魔力が突然飛び出してすり鉢の中に注がれた。やっと自力で魔力の通る道を開き終えたのである。これで次回からは多少時間が短縮できるはずだ。
しかしチェレスティーナは喜んでいなかった。むしろ焦っていた。
「どどどどどうしよう、絶対入れ過ぎたよ……!」
魔力を通すのに全神経を集中させていたため、量の調整を後回しにしていたのが祟った。明らかに中級魔法を行使するときよりも多めに注いでしまった。先ほどの呟きを耳に入れたリーアとエリデの視線が痛い。が、続けるしかない。
開き直ったチェレスティーナはすりこぎを凄い勢いで動かし、ごりごりと薬草をすりつぶしていった。そうすることで少しでも注ぎ過ぎた魔力が相殺されないかと淡い期待を抱いてのことであるが、もちろんそんな都合のいいことは起こらなかった。
「うぇ……」
次第にねっとりと糸を引いてきたそれに恐怖を感じ始めたチェレスティーナ。
……もう既にやばいかもしれない。
「次は『透明化』です。これは錬金術特有の魔法なので属性はありません。詠唱は『治癒の神よ、其れに宿る木々の神を下し、我らに薬効を与えたまえ』です」
も、もうどうにでもなれ!
チェレスティーナは力任せに詠唱を行い、糸を引いている緑色のグロテスクな物体に『透明化』をかけた。
これで透き通った綺麗な薬液となり、瓶に詰めるか『粉末化』を掛けるかの作業に移れる。
はずであった。
「えええっ、なんで!?」
チェレスティーナの目の前のすり鉢には緑色の液体がたぷんと入っていた。透明といえば透明だが、本当は無色透明になるはずなのだ。絶対におかしい。なぜこうなったかといえばやはり魔力を注ぎ過ぎたことだろう。
「あー、やっちゃったー……」
「何をやらかしたのですか、チェレス」
教室を歩いて回っていたファビアが耳聡くこちらに近づいてきた。あ、ばれる、とは思ったが、この現象を説明できるのは教師である彼女しかいないので仕方がない。なんでもないです、とは言えず緑色の液体が入ったすり鉢を差し出す。
「あのぅ、『透明化』を掛けたらこんなことに……」
「な、なんですかこれは!」
「ちょっと魔力を注ぎ過ぎたかなって……やっぱり失敗ですか?」
ぐさぐさと刺さるリーアとエリデの視線に耐えながら問うと、ファビアは答えずにずかずかと部屋の隅にある机に直進し、引き出しを漁り始めた。
「ちょっと、先生どうしちゃったのよ?」
「私に聞かれても……」
「やっぱりやらかしましたね。暴発とかはしなかったので被害はありませんでしたが……あんなに言ったのにまさか覚えてなかったなんてことはないでしょうね?」
「あ、あるわけないって!」
エリデが威圧をかけてくるので必死に押しとどめようと弁明する。身長がチェレスティーナよりもはるかに高いので威圧も途轍もなく怖いのだ。敬語なのに。
厳命するのはリーア、破った時に問い詰めるのはエリデ。なんだか役割分担が出来ているようであった。まぎれもなくチェレスティーナのせいなのだが。
と、ファビアが引き出しから巻物を引っ掴んで戻り、チェレスティーナの眼前にそれを開いて突き付けた。
「ここ! ここを見て下さい! この記述によれば、『透明化』で無色にならず何らかの色がついている場合、それは通常のものよりも質が高いのだそうです! い、いったいどれだけの魔力を注いだんですか!」
おぅ、失敗かと思ってたらなんか成功しすぎてたみたい。
「どれだけって、うーん……中級魔法の2倍くらいですかね?」
「な、なるほど……いや普通はそんなに注がないんですけど……では続けての調合は難しいですね。び、瓶詰めをしたら今日はもう寮に帰って結構です。こちらのものは直営店で買い取ってもらえると思いますので、持って行って査定してもらってください」
「え、できますよ? 調合」
ファビアが何やら終了にさせたがっているが、魔力はまだまだ余るほどある。それに現時点で既に買い取ってもらえるほどのポーションを作れるのなら、出来るだけ数を作ってお金を稼ぎたい。板とかナイフとか尽きかけているインクとかを買うために……。
「ななな、何でですか!? そりゃあの映玉を破裂させるくらいですから中級魔法2回分くらいなら欠乏まではいかないとは思いますが、更に調合できるというんですか!?」
「は、はい」
「あなた、人間ではないです!」
どこからどう見ても人間だよ!
と言い返したかったが自重しておく。火に油を注ぎそうな気がしたので。
「はぁ、はぁ……それじゃあ出来るというなら素材か魔力が尽きるまで作って大丈夫です。も、もう何も言いません……」
ファビアはとても疲れた様子で見廻りを再開した。
「なんか、疲れてそうだなぁ……」
「「「誰のせいだよ……」」」
教室中から突っ込まれたので、知らないふりで調合を続けることにした。
残る作業は瓶詰めだけなのですぐに終わる。『粉末化』は一応習ってはいるのだが、生徒が作るものとしては液体で十分なので行わないのだ。
「さて、出来た。もうひとつ作ろうかな……。あ、でも魔力って多ければ多いほどいいんだっけ。一応中級魔法の2倍は大丈夫だったけど……エリデ、3倍に挑戦してみてもいい?」
「さ、3倍ですか……でも興味があります。魔力を注げば注ぐほどいい、というのがどれくらいなのか分かりませんが、先ほどファビア先生が出してきた巻物を盗み見たところ、緑色よりも青色の方が品質がいいのだそうです。青色のポーションが出来るまでは魔力を注いでみても大丈夫でしょう」
リーアもそれに同意したため、今度は3倍の魔力を注いでみることになった。
エッレーヴォロの花弁を『乾燥』、すりつぶし、ズッペルゲンとロイマユを刻んで茹でる。
「よし、ここからだっ」
気合を入れて魔力を注ぎにかかる。一度魔力の通る道を開いたので先ほどよりは時間がかからず、まだ手探りではあるがそれなりにスムーズに注ぐことができた。
「これくらいかなぁ」
魔力の通っていく感覚から量を判断し、ごりごりとすりつぶす。糸を引いてきたと思ったら今度は水っぽくなっていき、最終的にどろどろとした重めの液体になった。
魔力が多いと緩くなるのかな? なんでだろう……まあいっか、解明なんてできないし。
巡時代に文系だったチェレスティーナは、事象を解明などせずそのまま受け入れる性格だった。いくら原因を探ったり予想を立てたりしようと、なるものはなるしあるものはあるのである。というか、原因とか理屈に興味がなかった。ただそれだけであった。
「よし、じゃあ『透明化』だね。治癒の神よ、其れに宿る木々の神を下し、我らに薬効を与えたまえ!」
するすると魔力を紡ぐと、先ほどと同じ緑色の液体が出来た。
どうやら3倍の魔力では足りないようだ。
「あ、でもちょっと緑が濃くなってる……? じゃあ次は4倍……を飛ばして5倍に行ってみよっか」
そう、チェレスティーナは割とせっかちであった。念のため、という言葉を変な方向に向かって使ってしまう人間なのであった……。
3回目ともなれば手慣れてくる。丁寧に、しかし素早く素材の下処理を済ませ、魔力を中級魔法の5倍分注ぐ。
魔力、尽きないなぁ……。
全く身体に違和感を覚えないまま注ぎ終わり、すりこぎで『ごりごり』し、『透明化』をかける。
「おおっ、青だ!」
意外と早く青色のポーションに辿り着けた。正直もう少し試行錯誤するのではないかと思っていたが、やはり一番重要なのは魔力のようで、その点でチェレスティーナは有利過ぎた。少しばかり。
いちいち対照実験したりとか、何度も何度も繰り返し調合して配合を見つけたりとか、面倒すぎるよね。早く終わってよかった!
研究職の者たちにタコ殴りにされそうなことを考えながらエリデに青色の液体が入ったポーションを見せる。
「えっ、もう出来たんですか? 早いですね」
「中級魔法の5倍の魔力で出来たよ。まだまだ魔力が尽きそうな気配もないし、もっと作ろうかなって。エリデたちはどう?」
「5倍!? そ、それだけあれば何本のポーションが作れることか……もったいないです」
持ち前のもったいない精神を発揮してしまうエリデ。3倍に興味はあっても5倍となると流石に見過ごせないのだろう。何と言ってもエリデの全魔力量と変わらないのだから。
「私たちはやっと1本目を作り終わって、今は2本目の下準備中です。あと少しで魔力を注ぐ段階に入りますよ」
「もう注げるわよ、エリデ」
茹でたズッペルゲンとロイマユをすり鉢に移しているリーアがそう声をかける。
「私、次は緑色のポーションが作れないかやってみようと思うんです。ちょっと負担は大きいですけど、興味があるので」
そう言うエリデをリーアが恨めしそうに見る。リーアは中級魔法1回で魔力を使い切ってしまうほど魔力量が少ない。日常生活や通常のポーション作成にはあまり支障はないが、エリデが試すものを自分が試せないのは悔しいのだろう。
「私は普通に作るわ。次はもう少し魔力を注ぐ時間を短縮できたらいいわ」
「頑張ってね。私も作業に戻るから」
しゅるる、ずりずり、とんとん、ぐつぐつ、ごりごり、ねばねば、どろどろ。
しゅるる、ずりずり、とんとん、ぐつぐつ、ごりごり、ねばねば、どろどろ。
しゅるる、ずりずり、とんとん、ぐつぐつ、ごりごり……。
本日6本目のポーションを作っているチェレスティーナに、エリデが話しかけてきた。
「あの、チェレスは本当に中級魔法の2倍の魔力を注いだのですか?」
「え? うん、そうだよ。多少の誤差はあると思うけど、大体それくらい」
そう返すと、エリデが不思議そうな顔ですり鉢を差し出してきた。中の液体は無色透明である。
「私、それと同じくらいの量を注いだんですけど……緑色にならないんです」
「え?」
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