見かけで判断したら痛い目見るよって話
こんこんとあれやこれやのお説教をされ、基本的なことはリーアとエリデに任せることにした結果、するすると事が進んでいった。
店の広さは15ルッフェ前後、内装は木を基調としたあたたかな雰囲気で、ただし耐久性は高いものを選ぶらしい。普通の店の床は土が剝き出しだが、エリデが「それだと格が落ちます」などと言って板張りのものに決めた。材質が木である以上、耐火性のある木を張ってもらうか、延焼を防ぐ魔術具である油を全体的に塗るかして、嫌がらせとして考えられる放火に備えるようだ。
いくらタルクウィーニオ侯爵の長男でも放火まではやらかさなくない? と言ったら、「オネスタさんを監禁した輩が放火ごときを躊躇うはずがありません」と一蹴された。特に、剣を取り上げれば良かったオネスタとは違い、魔法は杖がなくても行使できるので、魔法を使える3人は思い通りにならないと思ったら殺される可能性の方が高いらしい。
うーん、確かに。ぐうの音も出ない。
2階の調合室も板張りで、同じく耐火性にする。竈はやや値が張るが大きめのものにし、その代わり上に鍋がいくつも置けるようにすることにした。『槍の選別』の調合室にあるようなものだ。いちいち複数の竈に火を起こすよりもこちらの方が最終的には手間がかからないらしい。
住居の方は、やはりギルニェーユに3~4階建ての建物は少ないと考えて、貸家に住むことにした。家賃を考えて巡時代で言うアパートのような集合住宅で、往路で襲われたりすることもないとは言えないのでなるべく店に近い方がいい、ということになった。
最近はただ家を貸してくれるだけではなく、料亭が併設されていてそこで食事を取れる宿屋のような貸家も増えているらしい。流石にこちらは単なる願望だが、大して自炊が好きなわけでもない3人は内心「いいなぁ……」と思っていた。
基本条件について口を挟ませなかった分、家具や備品はチェレスティーナを中心に決めてもいいらしい。せっかく板張りの床なのだから、こちらも木を中心にあたたかみのあるものを選んでいきたい。
更に導入する魔術具についても協議した。この世界にはチェレスティーナが思っているよりも沢山の魔術具があるらしく、なんとなく100均の便利道具を思い出してはしゃいでしまうのだが、値段はちっとも可愛くない。故に必要性と支出のバランスを考えて導入するものを選ばなければならないのだ。
めんどくさい。この一言に尽きるね!
取りあえずニンファのくれた杖は引き続き利用するとして、余裕が出来たらそれよりも更に質のいい杖を買おうということになった。同じ映玉をはめ込んでも取り出せる『神の力』が変わるらしい。こちらはリーアとエリデの熱烈なプッシュにより決定となった。
それに加えて、店を始めても様々な錬金術店にポーションを納品していくことは決定事項なので、これを機会に荷運びの魔術具も導入することになった。これは箱型の魔術具で、中に運んでほしいものを入れて行き先を囁けば、すぐにその場所に転移して届くらしい。
鳩型の魔術具は元々手紙を運ぶためのものなので、いくらポーション瓶だとは言っても重量が心配だったし、何より届くのに時間がかかる。
荷運びの魔術具なら箱の大きさは魔力量によって変えられるので実質重量制限はないに等しく、転移なので時間のロスも非常に少ない。魔力は鳩型の魔術具よりもいささか多いが、チェレスティーナが充填を担当すれば問題にもならないくらいの問題だ。
薬草店でも錬金術店でもメジャーなこの魔術具は、値段も他の魔術具と比べればそれほど張らないため、3つ導入することになった。
それから、組成表を書くための分離の魔術具もひとつ買うことになった。少々値は張るし組成表を書くのも簡単ではないのだが、品質を証明するのに手っ取り早い方法なのだ。もちろん実物を見れば大概の人は分かってくれそうなものだが、一部ただの色水だと主張してくる人物のことも考慮するべきだとエリデが主張したのである。
それが誰かなんて、名前を言わなくても分かるよ……。
ニンファに組成表の書き方を叩き込まれる日々を想像するだけでげんなりしながらもエリデの意見に賛成せざるを得ないのは、もちろんそういうわけである。
「物件選びは……次の次の廻りかしらね?」
「リーアの進度も考えるとそれくらいですね。ファビア先生にその辺りで休暇が取れるか聞いてみます」
「ニンファさんがくれた紙にお勧めの土地屋が書いてあったけど、どっちに行く?」
「取りあえず停留所に近い方でいいでしょう」
前回ニンファの貴族用馬車で行くのと違い、今回は乗合馬車での旅である。確実に片道3日はかかるに決まっているし、それより長引くことも珍しくないので、休暇は長めに取っておくに越したことはない。
そんなこんなでリーアが必死に上級ポーションの実技を終え、ファビアに正式に長期休暇の届け出を出し、簡単に旅の準備をしているうちに出発の日がやってきた。
「食堂でパンを分けてもらえて良かったですね」
「流石に堅パンはちょっとねぇ……」
少し早めに食堂に朝食を食べに行ったところ、馬車に乗ってギルニェーユに行くのだと言ったら朝食用の黒パンをいくつかくれたのだ。馬車で支給される堅パンはその名の通り硬くて乾燥していて、巡時代に防災訓練で食べた乾パンを思い出させるような代物なので、たとえ黒パンでもそれよりはましというものである。
馬車も何度か大休止を取るしその時に店で買ってもいいのだが、もったいない精神旺盛なエリデがそれを許さなかったのだ。よって黒パンがなければこの数日間は全て堅パンと薄いスープ、という有様になるところだった。
食堂のおばちゃんの気遣いも嬉しいが、収納の魔術具のおかげでパンで荷物が増えないのも嬉しい。
「堅パンも慣れれば不味くもないですよ、慣れれば」
「そんなのに慣れたくないよ!?」
「うちは黒パンですらなかったから……」
なんとリーアの家では黒パンではなく白パンが日常的に食べられていたらしい。商会の後継ぎではないリーアは様々なところで兄と差別された対応を受けていたようだが、前菜が1品減ったりデザートがなかったりすることがあっても、黒パンを出されることはなかったらしい。
「たぶん白パンと別に黒パンを料理人に作らせるのが面倒だっただけだと思うけど、今錬金術師院の食堂で食べてるのと比べたら、すごく恵まれてたんだって思ったわ」
白パンなどお祝い事の時くらいしか口にしなかったらしいエリデがうんうんと頷いていた。
3日の予定から少し過ぎて4日目、やっとギルニェーユに到着した。
ひいひいと腫れたお尻をさすりながら3人が降りると、御者が笑って「頑張って慣れな」と激励してくれた。是非とも慣れる前に貴族用の馬車が平民にも普及してほしいものだ。多分無理だろうけれど。
最初の土地屋は停留所のごく近くにあった。なんと扉が全面ガラス張りで、中に応接室らしきものが見える。
ガラスが馬鹿高いこの世界で1ルッフェ以上の大きさのガラスを用意するのは至難の業だ。金を積めば必ず買えるものでもなく、良い職人を引き当てる運も必要なのだ。
「結構羽振りがいいらしいわね」
大きなガラス扉にいち早く反応したリーア。商人向けの教育を受けていなくてもそれくらいは分かるのだろう。
「それじゃ、行ってみましょう」
成人に近い見た目をしているエリデが先頭となってガラス扉を開ける。
からんからん、と軽い音が鳴って、奥から従業員らしき若い男性が出てきた。
「いらっしゃいませ、ルイーニ商会へようこそ!」
ルイーニ商会は家や店舗、土地を専門とする商会である。マルファンテ領にいくつも支店があり、その土地にあった物件を探して来てくれるのでお勧めだと、ニンファの紙束に記してあった。
「本日はどのような物件を?」
「ええと、錬金術店を開きたいので、そのための貸店舗を」
奥の部屋に案内され、エリデが椅子を勧められたので座ろうとするが、はたとあることに気づいて固まった。
そう、従業員はエリデにしか椅子を勧めなかったのである。チェレスティーナとリーアはガン無視であった。
「あれ?」
あ、流石に気付くよね、とチェレスティーナが苦笑いをすると、
「えーっと、お子様ですか?」
「「んなわけあるかあっ!」」
思わず大分目上の人に対して敬語をかなぐり捨てて突っ込む。
これは不可抗力である。何をどう考えたらチェレスティーナたちが子供に見えるのか。胸か。胸なのか!
「し、失礼いたしました。そうしますと……」
「一緒に錬金術店を開く仲間たちです。私と同じく錬金術師ですよ」
エリデが青筋を浮かべながらなるべく声を抑えて説明する。チェレスティーナたちほど大きな子供がいると思われたということはエリデも大分年上に見られたということなので、内心では怒りの嵐が吹き荒れているはずだ。
エリデにふたりも錬金術師だと説明された従業員はきょとんとした顔になった。
「え? ああ、あなた方は修行中の身なのですね。そしてこの方のお店で経験を積もうと。はあはあ」
大いなる勘違いをしたまま頷くと、従業員はにっこり営業スマイルのままこう言った。
「あなた方がご一緒ですと、お貸しすることが出来ません」
チェレスティーナたちは予想だにしなかった返答にしばらく固まっていた。
やっと再起動したエリデが従業員を問い詰めにかかる。
「どういうことですか? どうしてチェレスたちがいると貸していただけないのですか? 納得できる説明がないと……こうですよ?」
ポシェットから映玉をはめ込んで使う杖を取り出して脅すエリデ。映玉の持ち合わせがないのでこの杖は意味がないのだが、一応『魔法を使うけど、良い?』という脅しにはなるだろう。
「も、もちろんご説明します! そ、そこにお座りください……」
チェレスティーナとリーアにも椅子を勧めてから従業員の話が始まった。
曰く、チェレスティーナやリーアのような子供の実力は大したことがない。
曰く、エリデの実力も平均以下の可能性が高い。
曰く、いくら錬金術店の少ないギルニェーユでも、エリデひとりではチェレスティーナたちを養えるほどの売り上げを出すのは難しい。
曰く、店がすぐ潰れてしまう可能性が著しく高いので、商会が損を被ってしまう。
よって貸すことが出来ない。
「エリデさんひとりでしたらお貸し出来ます。狭い店舗になりますが、まあ実力に見合っているでしょう」
肘をつきながらひらひらと手を振る従業員。全く相手にするつもりがないのが見て取れる。
「あんた、馬鹿にしてるわけ……!?」
「馬鹿にするも何も事実でしょうに。あなたたちくらいの年齢の子供は、たとえ錬金術師院を卒業しても数年は下積みをするべきで、一足飛びに店を持つべきじゃありません。エリデさんが可哀想だとは思わないのですか?」
名前を聞いたのもエリデだけで、チェレスティーナたちの名前は聞こうともせず、言おうとしても流されるばかり。こんな子供の相手をするだけ無駄だ、と言わんばかりである。
「まあ、あなた方のうちのどちらかでもそれなりのポーションを作れたらそれでいいんですけどね。ほら、緑色の上級ポーションとか。って無理か、あっはっはっは」
上半身を仰け反らせて笑い転げる従業員。
しかし、エリデは先ほどまでの憤怒の表情から一転、にやりと悪い笑いを浮かべた。
そしてそれはチェレスティーナたちも同じであった。
「緑色のポーション、しかも上級ですか。へえ」
「最近この辺りの錬金術店に納品されるようになったらしいですよ。私も金を貯めていつか手に入れたいものです。そう思われるでしょう? ねえ?」
舐め腐ったその顔に、ずいっとあるものが突き付けられた。これは至って普通の無色のポーションである。
しかし、従業員はそれを受け取り、ほうほう、と眺めた。
「ポーションは素人なんですが、これはなかなかいいですね。エリデさんが作られたんでしょう? 店を持つのも納得ですね」
その言葉を聞いたリーアが目を見開いた。
エリデは「そうでしょう?」と笑みを深め、爆弾を投下した。
「それ、そこの赤毛の女の子が作ったんですけどね」
「ええっ!?」
そう、エリデがポシェットから取り出したのは、リーアの実力を証明するための無色のポーションだったのだ。
リーアは魔力が少ないことからポーションの質が良くなく、しばしばエリデやチェレスティーナと比べて落ち込んでいた。しかし、チェレスティーナの素材の処理を真似たこと、そして元々の座学の知識から最近急速に腕を上げているのだ。ド素人の従業員にすら『なかなかいい』ポーションだと言わせるくらいに。
「そ、そうなんですか。少々見くびっていたようですね。しかしエリデさんの方が実力が上なことに違いはないでしょう?」
なんとか平常心を保とうとする従業員に、エリデは「ええ」と答え、自分が作ったポーションを差し出した。
元々魔力量がそれなりだったエリデは、映玉をはめ込む杖を手に入れてから更にいいポーションを作るようになった。実技の時にファビアから『いち錬金術師としてつける』及第点をもらったこともあるのだ。
「おお、これは更に品質が良い! 店を開いたらぜひ伺いたいくらいです」
「そうでしょう?」
にやり、にやり、と黒い笑みを深めていくエリデ。
比較対象がチェレスティーナであるふたりは自分の実力をまだまだ、と思っていたが、本来であればふたりとも充分に独立できる実力を兼ね備えていたのだ。
そう、全てはチェレスティーナの規格外さがいけないのである。
「あら? そちらの金髪の方のポーションは見せていただけないのですか? ははあ、やはりあの年頃ではこれくらいの品質を作るのは難しいでしょうねえ……」
そこまで言って、ふと従業員は気づいた。
トリというのは、その中で一番の実力の者がなるものなのだと。
そして、エリデはそれを分かってリーアから紹介したのだと。
「ふふ、そうでしょうか。それでは見せますね、チェレスの作ったポーションを」
にっこりと満面の笑みでポシェットに手を伸ばすエリデ。そのちっとも焦った素振りのない彼女に更に従業員は嫌な予感を感じた。
「い、いえ、大丈夫です。お、お貸しいたします、お貸しいたしますから!」
「いいえ、きちんと見ていただかなければ。うっかり私の店を潰すような実力だったらそちらも困るのでしょう?」
従業員の悪い予感は的中した。
エリデがポシェットから取り出したのは、先ほど自分が言っていた緑色のポーションだったのだ。
「え……あ……」
「これでお分かりいただけましたか? この中で一番幼く見えるチェレスは、私よりも遥かに腕のいい錬金術師です。店を潰すとしたら、それは私です」
「それか私ね」
リーアが不機嫌そうに従業員を睨む。自分はもちろんチェレスのことも軽んじたこの従業員に相当腹を立てているようだ。
「も、申し訳ございま……」
「見かけだけで判断するなんて、たとえ雇われとはいえ商人失格よ!」
謝罪をぶった切ってそう吐き捨てるリーア。相手の謝罪を受け入れない、と言っているも同然だ。
「ニンファさんのお勧めだって言うから来てみましたが、どうやら従業員の質が落ちているようですね。もう一方の土地屋に行きましょう」
それを聞いた従業員が血相を変えた。それもそうだ。あのニンファにお勧めを聞けるほどの凄腕揃いの錬金術師からの依頼を見かけだけで断り、真面目に対応せずに不快にさせ、別の店に取られる。最悪の事態である。
「申し訳ございません、どうかもう一度考え直して……」
「考え直すことなど何もありません。もうここに用はありませんから、失礼しますね」
机の上に並べたポーションを回収し、チェレスティーナたちを店外へ促すエリデ。後ろから「お待ちください!」と声が追いすがってくるが、無視である。
「新入りで教育が行き届いてなかったのかもね。なんだか気の毒」
「一番馬鹿にされてたのはチェレスよ? どうしてそんなに人ごとなのよ」
エリデに負けず劣らず怒り狂っているリーアが不可解な顔をする。
「だって、私の分はふたりが怒ってくれたから。それで私は満足だよ」
それと、これは言えないが、従業員が緑色の上級ポーションを話題に上げエリデが黒い笑みを浮かべた時点で、「あ、やばいことになる」と悟ってしまい、なんとなく従業員への同情の念が芽生えてきたのだ。
エリデ、容赦なさすぎ。
いよいよ店を開くことが現実味を帯びてきている今、全く危機感のないチェレスティーナを守り抜こうと考えているエリデがその腹黒さをフル活用していることなど、ちっとも気づかないチェレスティーナなのであった。
「チェレス、何か変なことを考えてるんじゃないですか?」
「考えてない! 考えてないよ!」
300ptありがとうございます!
あれ? 早くない?って画面の前で目を見張ってました。うれしいです。
明日から帰省しちゃうので一週間くらい更新止まると思います。運が良かったら一話くらい投稿できるかな?
その代わりというか、お詫びに次回予告をしておきます。
次回! 魔力あれば何とかなるのかと思ったら、やっぱりこの世界にも数学と科学があったよ! ガッデム!
です。お楽しみに!




