念願のお店選びだよ! って、私にも選ばせて~!
色付きの上級ポーションを薬草店の店主たちに売り、更に彼ら経由の錬金術店からの注文に対応しているうちに、30本あったポーションは全て捌けていった。
「ふぅ、疲れたぁ……」
最後のひと箱に紐を結び、鳩型の魔術具に咥えさせて飛ばし終わったチェレスティーナは、息を吐いてベッドに倒れこんだ。
いくら鳩型の魔術具が空を飛んでいくといっても、流石に複数本のポーションを封筒に入れて送るのにはいささか不安があるため、箱に詰めて紐で結んで吊り下げさせることにしている。最初のうちは包装に四苦八苦していたが、追加注文が舞い込みそれに対応しているうちに大分慣れてきた。
「これで全部売れましたね。それにしても疲れました……」
何せ色付きの上級ポーションなどここ数十年は全く出回っておらずどれほどの売れ行きがあるか未知数であるため、どの錬金術店も2~3本ずつしか注文してこなかったのである。そして売れればまた補充、それが売れればまた補充、と少数のポーションを何度も何度も包装・輸送したのだから、疲れて当然だ。
最後の方にはジッロがもう一軒取引先を増やしてくれないかとの打診があり、それを受け入れたため更にてんてこ舞いであった。あんまりひっきりなしに2~3日置きに来るため、講義中も魔術具が届いていないかそわそわしてしまったほどである。
別に魔術具が部屋に到着してもチェレスティーナたちが積み荷(手紙と金貨なのでそれほど重くない)を取るまでどうにもならないのだが、金貨が部屋の真ん中に置きっぱなしになっている、と考えると心配になってきてしまうのが人間の性というやつである。
ちなみにニンファに売った後の残りのポーションの売り上げは合計大金貨21枚となった。全てのポーションを一律中金貨7枚で売り、錬金術店から申し出があった上乗せ金は断る代わりに春からも取引を続けてもらえるよう契約をしておいたので、実際には売上以上の価値を手に入れたと言えよう。
何が何だかよく分からない金額が集まってしまったので焦りに焦った3人が魔術具店に走り、中金貨2枚をはたいて金貨を入れておくための収納の魔術具を即決で買ったのは余談である。
収納の魔術具は一見ただの革袋にしか見えないのだが、事前に登録しておいた者しか中身を取り出せず、見た目の小ささと容量の大きさから沢山の荷物を運べる、という利点がある。その代わり馬鹿高いのだが、誰しも一度は欲しいと思う魔術具であった。
そして、焦りすぎて一番値段が高く容量の大きいものを買ってしまった3人が、どれくらい入るのか興味本位で試した結果、部屋の家具がベッドだけになってしまった、というのは余談の余談である。
「あ、チェレスたち。これ、ニンファさんから預かってたから渡しておきますね」
エリデは気にしなくていいと言うものの何となく気まずくてあれ以来『槍の選別』に行っていないチェレスとリーアは、講義が終わって解散した後にファビアから発せられたその名前にぎくりと肩を竦めた。
「は、はい。ありがとうございます」
不審に思われないよう普通を装って差し出された紙束を受け取る。
このままニンファについて話しているとボロが出そうな気がしたチェレスティーナが早々に去ろうとすると、
「なんだか面白いことしてるみたいですね」
耳元で囁かれた言葉に身を固くするチェレスティーナ。
その反応で確信を得たらしいファビアは微笑し、「安心してください、私からは言いませんよ。ニンファさんはもう知ってるかもしれませんけど」と言って去っていった。
「……ファビア先生、侮れないわね」
「うん……」
別に誰にどこまで露見しようと気にしないエリデは肩を竦め、チェレスティーナが受け取った紙束に何気なく目を落とした。
「あ」
紙束の一番上には、『独り立ちのための準備、大変結構。ふたりともエリデに感謝するんだね』と書かれていた。
「ば、バレてるし……」
「しかも発案者がエリデなこともバレてるわ……」
「まあニンファさんですし、隠し通せると思ってること自体甘いですよ」
本当に下町の平民が皆エリデのようでないと生きていけないとしたら、確かに私はひとりじゃ生きていけないよね……。
3人で店を開くことにして良かった、悪だくみの出来る人がひとりはいて良かった、と思うチェレスティーナであった。
ちなみに、リーアはエリデに「仮にも商会の娘だっていうのに、腹黒さで私に負けてどうするんですか?」と呆れられていた。
商人というのは、基本的に腹黒くなければやっていけないらしかった。
もちろん、エリデよりも。
商人、怖っ!
気を取り直して寮に戻ってから中身を見ると、貸店舗の選び方や揃えるべき備品など、開店準備のための心得が書いてあった。
もちろん錬金術師院でもそこの辺りはきちんと習っているのだが、ニンファのものの方が数倍具体的でわかりやすい。錬金術師院では十何人もいる生徒たちに教えるため一般論が中心となるが、おそらくニンファはチェレスティーナたちが開くことを前提として書いているので、当たり前と言えば当たり前であった。
「まず今から取り掛かるとしたらやっぱり店舗選びだよね~」
店の大きさや何階建てか、家賃はいくらか、地税はいくらかなど、選ぶ店舗によって条件は変わってくる。そして良いと思う店舗が見つかれば、後はその規模に合わせて計画を立てていくのが普通だった。
「でもついひと月くらい前にギルニェーユに行ったばっかりじゃない。そんなに何回も長期休暇取れないわよ」
基本的に錬金術師院では休みはひと廻り一日だ。それが、ギルニェーユまで行けば往復だけで6日はかかる。充分長期休暇であり、課程を先取りしているチェレスティーナはともかく、そんなに休めばリーアとエリデが困るのだ。
「でも向こうに行かないとどんな物件があるかも分かりませんよ。流石に領都の貸し屋ではギルニェーユまでは扱ってないでしょうし」
「それに準備の大半はお店を決めてからが本番みたいなものだから、なるべく早くに決めておきたいんだよなぁ。『作戦』も、ポーションに関するものは大体終わったし」
チェレスティーナが『ぎりぎりで色がつかないくらいの魔力を込めたポーション』の魔力量を完璧に覚え、リーアとエリデがニンファにもらった杖を使いこなし、千切りもどきを習得した今、調合に関する懸案事項はもうあまりないのである。
「取りあえずふたりが上級ポーションの実技終わったらファビア先生に聞いてみる?」
「そうねぇ……それなら大丈夫かも」
「それなら今のうちにどんな店がいいか考えておきましょう」」
エリデが早速真新しい木札を収納の魔術具から取り出す。
「えーっと、まずは広さでしょ? 10ルッフェは欲しいかなぁ」
「1階がお店で2階が調合室?」
「そのつもりだよ」
住むところを考えると更に4階まで欲しいが、そんなに高い建物が田舎のマルファンテ領の中でも田舎のギルニェーユにあるとは思えない。どこか店の近くに住まいを見つけるしかないだろう。
「ニンファさんがくれた紙によると、ただでさえ錬金術店が少ないギルニェーユにチェレスのような凄腕の錬金術師が来たら大変なことになるそうです。出来るだけ店は広く、傍の道も出来るだけ広いところにしな、だそうです」
確かに行列でも出来たら10ルッフェでは到底足りないだろうし、裏路地のような細い道に面していては困るだろう。うっかりぶつかってポーション瓶が割れたり、客同士の喧嘩に発展したりしては大変だ、とチェレスティーナが頷く。
でも、ちょっと心配し過ぎじゃないかなぁ。
「そうそう行列なんて出来ないんじゃない? 仮に最初の方は出来たとしても、すぐに収まるよ。だからそんなに広くなくてもいいと思う」
別に色付きポーションを大々的に売るわけではないのだから、たとえ多少質のいいポーションを売っても一般人には違いが分からないだろう。新しくできた錬金術店ということで最初のうちは盛況だろうが、店選びはあとあとのことまで考えてしなければいけないのだ。そんなに大きくしても無駄だと思う。
しかし、リーアとエリデはそう主張するチェレスティーナを一瞥し、深くため息を吐いて首を振った。
「やっぱり10ルッフェは狭いわね。15ルッフェならそんなに狭くもなく、家賃もそう高くないと思うわ。どう?」
「それならまあ大丈夫でしょう。道の幅を考えると、少なくとも馬車が通れるくらいの幅がある停留所近くがいいかと思います」
「『糖蜜場』にも近いとなおいいわね」
「あそこは少し停留所から離れていましたが、工夫次第でそれほど遠くない位置に店を置けると思いますよ」
『糖蜜場』はもう既に事件の爪痕を克服し、いつでも取引を始められる状態になっている。これからも取引していくことを考えると、距離の近さは重要だ。
「それじゃあお店の位置はこれくらいでいいわね。次は内装よ」
「ええ、そうですね。まず1階は棚を入れるので床の張り板がしっかりしていないと困ります。それからできれば備え付けのカウンターが欲しいですね」
「そうね。階段の位置も大切だわ。棚がきちんとふたつは置けるような場所にないと」
「15ルッフェもあれば大丈夫だとは思いますが、動線を遮らないところにある方が好ましいですからね」
あれやこれやとリーアが提案し、エリデがそれに補足をしたりしながら板に書き留めていっている。
リーアたちが自分の意見を聞く気がない、と悟ったチェレスティーナは慌てて抗議する。
「ちょっとちょっと、ふたりとも、私の意見も聞いてよ!」
「「それだけはだめ」」
揃って却下されてしまった。
「チェレスの趣味の部分はもちろんいいですよ。竈はいくつ欲しいとか、棚はこんなのがいいとか、外観はこんな感じがいいとか……」
「でも基本的なことは駄目よ、チェレス。どうせニンファさんの注意も、お店や道が狭かったら大変だろうな、くらいにしか思ってないんでしょ?」
「え、そうじゃないの?」
てっきり行列が出来たり店内に人が溢れたりすることを危惧しているのだと思っていた。
「確かに一般論ではそうだし、錬金術師院でも実力が上であるほど大きなお店を持つ必要がある、って教わったわ。でもチェレス、あんたはその範疇に入り切ってないのよ。
行列とかお客さんの多さとか、それよりも気にしなきゃいけないことがあるでしょうが!」
どうして分からないの!? と今にも悲痛な叫びを上げそうな目で問われるが、ちっとも分からない。むしろ何故ふたりが理解しているのか不思議だ。
「まぁ、囲い込みも分からなかったチェレスですから……そんなに怒らなくても、薄々分かってたことですし」
「そうだけど、そうだけど! どうしてこの天然馬鹿はぁあっ!」
ばしばしばし! とリーアが力いっぱいにシーツを叩く。そんなに勢いよく叩くと詰め物の干し草がうっかり手に刺さるかもしれないのでほどほどにしておいた方がいいのだが、そんなことを気にしていられないくらい怒っているようだった。
「私たちの心配は一体何なのよ……」
「よく考えてください、リーア。チェレスがこんなのだからこそ、私たちがしっかりしなくちゃいけないんです。頑張りましょう」
「ああもうっ! ……分かったわよ」
『天然馬鹿』とか『こんなの』とか、あんまりな言いようばかりだが、分かって当然、察して当然のことを分かっていなかったのだからしょうがないのかもしれない。
私はいっぱいポーションを作る。リーアたちはなんだかよく分からないけれど必要な対策をする。
うん、適材適所ってことで!
「「んなわけあるかあっ!」」
結局、『それよりも気にしなきゃいけないこと』を聞く前にこんこんとお説教をされた。
適材適所は駄目らしい。「私たちも頑張ってポーション作るから、チェレスもちょっとは気づきなさい! じゃないと生きてけないわよ!」と怒られた。
どうやらこの前エリデに下町の危険さを教えられ、自分が富豪らしい生活でぬくぬくしていたことに危機感を持っているらしい。「エリデみたいな腹黒人間が跋扈してたら、下町は森より危険だよ」と、流石に盛りすぎじゃない? と指摘したら、後ろからエリデにつつかれた。わき腹を。
人間、わき腹を狙われたらお終いである。そう学んだチェレスティーナであった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ち、ちっとも話が進まないじゃない!」
「わ、私のせいじゃな……」
「「え??」」
「わ、私のせいです……」
ふたりから凄まれたので、思わず謝ってしまった。多分チェレスティーナが悪いことに間違いはないので別に謝ってもいいのだが、チェレスティーナはそう考えていないようだった。
「じゃあ何に気を付けたらいいのか教えるわ。
それはね……誘拐とか暗殺とか、とにかくあんたの身に何かあることよ。次点で嫌がらせかしらね」
「え?」
嫌がらせはまあ分かる。確かに狭い店内で人がぎゅうぎゅうにいたら目が行き届かないだろうし、そんな状態では万引きとか異物混入とか落書きとかが横行しそうである。狭い路地にはガラの悪い連中がたむろっていたりもするので、停留所近くの広い通りに面していて人目も多いところに店を持てば安心だろう。
しかし誘拐や暗殺は正直行う意味が分からない。たかだか10歳そこらの子供を拉致して一体何を行わせようというのか。全体的に小柄で体力もないチェレスティーナに肉体労働はどう考えても向いていないし、外見から魔力量が多いことを悟られるとも思えないのだ。殺される意味などもっと不可解である。
「はぁ、あんたって奴は……。わざわざ錬金術師を拉致してきて肉体労働なんかさせるわけないし、外見から分からなくてもポーションを見ればあんたの特異さは嫌でもわかるわよっ!」
ばしばしばし! と再びシーツが力いっぱい叩かれる。
ばしばしばし! ばしばしば……「痛っ!」
どうやら干し草が刺さったようである。恨みがましく見られたが、こればかりはチェレスティーナの責任ではないので目を逸らしておいた。
「とにかく! 腕が良くて、魔力量が多くて魔力効率も良くて、幼女で、ちっちゃくて、阿呆そうで、何の後ろ盾もないように見える間抜け面のチェレス! あんたはいっちばん狙われやすいんだからね!」
「え、ああ、うん、けっこう罵られた気がするけど、それは分かった。でもどうしてニンファさんが言ったみたいなお店がいいの?」
あんまり分かってない! と悲鳴が上がったが、ここで嘘をついても仕方がないので甘んじて叫ばれておく。苦情の壁ドンが来たら考えよう。
「まず店内が広いと、棚を置いて更にお客さんが何人か物色しててもスペースに余裕ができるわ。これは魔法とか魔術具の攻撃を受けやすいってことでもあるけど、逆にこっちも反撃しやすいってことなのよ。あんたはもちろんエリデもかなり攻撃魔法が上手いし、私も初手の反応速度は期待してもらっていいから、攻撃されやすいことを許容するだけの戦闘力があるの」
更に、店が狭いと混み合った時にぶつかって喧嘩が起こるだけでなく、それに乗じてこちらに攻撃を仕掛けられる可能性もあるらしい。人ばかりでよく手元が見えなければ杖を取り出したり魔術具を取り出したりしていても分からないので、対処も大幅に遅れてしまうそうだ。
「道幅もそれと同じような理由ですね。狭ければ近隣への被害を気にして魔法の行使を躊躇うかもしれませんし、それはそんなことを全く考慮しない威力で攻撃してくる相手に対してあまりにも危険です。それに、誘拐の場合狭い路地は逃げられたら捕まえるのは難しいですし、暗殺を企んでいたら尚更警戒が必要です」
停留所近くには兵士も多くいるので誘拐が起こっても捕まえやすく、そもそもの存在が抑止力になるので誘拐が起こりにくくなるだろう、と言っていた。
「確かに広い通りに面してた方がいいって言うのは分かるけどさ……流石に15ルッフェもいらなくない?」
「何を聞いてたの?」「何を聞いてたんですか?」
「よし、15ルッフェにしよう!」
ふたりが危険だというのなら危険なのだ。従っておいた方がいいだろう。
……今一番危険なのはふたりな気がするけど。
「なんだか、チェレスが変なことを考えてるような気がするんですけど……」
「か、考えてないよ! 考えてない!」
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