ポーション地獄再び……ってかパワーアップしてるし!
実験の労力が水泡に帰したチェレスティーナたちは、次の次の廻りの月の日に調合室の使用許可を取り、再度の実験を行った。
なぜひと廻り間を開けたかと言えば、リーアたちの使う杖に必要な映玉を準備するために魔物狩りに行かなければならなかったからだ。一日のうちに魔物狩りと実験を詰め込むのは時間的にも体力的にも厳しいので、賢明な判断であった。
魔法とナイフで楽に狩れるヨメルシーをありったけ狩り尽くし、エリデの持っていた一番大きな籠に入りきらないくらいの映玉を得たので、当分は杖を使うのに困らないだろうと思われる。
冒険者ギルドや薬草店から買うと割高になるので、自分たちで数を稼げたのは懐にとっても嬉しい。
実験は大体は成功だった。リーアがどう頑張っても千切りができずやむを得ず五百切りくらいで妥協したり、エリデが映玉の魔力の扱いを間違えて映玉が大破したり、チェレスティーナがぼうっとして魔力量を間違えて振り出しに戻ったり、と細かく見れば事件は沢山あったが、概ね順調に進んだと言えよう。
様々な事件があったものの思ったより早く実験が終わったことに安堵したリーアが、ふと興味本位である提案をするまでは。
その提案とはこうである。
「ねえ、チェレスが一体どれくらいポーションを作れば魔力が尽きるのか、試してみたくない?」
常日頃チェレスティーナの膨大な魔力と高すぎる魔力効率に目を見張っているエリデはもちろん、未だに一度も魔力欠乏を起こしたことのないチェレスティーナも興味本位でその提案に乗ってしまった。
一応、また処理地獄に陥らないように『調合するのは上級ポーション』で、『ニンファさんに良く売れて尚且つ魔力を大量に消費する(はずの)緑色のポーション』になるように魔力を注ぐ、と決めていた。
秋になってリーアたちも上級ポーションの調合を始めていたため素材も充分にあり、何の障害もなく実験は始められた。
また素材の処理の仕方に相違が出ないよう、パパーヴェロの乾燥やエレレードの凍結には杖を使い、ザンギェの映玉と融合させる時には特別にダランデーラの映玉を杖にはめ込んで魔法を行使した。
チェレスティーナが次から次へと魔力を注いで『透明化』を掛けていくものだから、それに追いつくためにリーアとエリデも必死になって処理を行った。映玉の入った籠の中身も見ずに映玉をひっつかみ、杖にはめ込んで次から次へと魔法を行使した。
だから気づかなかったのである。恐ろしいスピードで籠から溢れかえるほどにあった映玉が消費されていくのを。
最初に尽きたのはダランデーラの映玉だった。これは元々数か少なかったので不思議にも思わず、少し質が落ちるのを了承してヨメルシーのものを使用することで何とかした。
次にパパーヴェロが尽きた。特別品質のいいものを寄り分けていたのだから当然だ。リーアが寮の部屋から残りのパパーヴェロを持ってきて作業を再開した。
それからエレレードとズッペルゲンが尽きた。これはありったけを持ってきていたので余りなどない。仕方なく他の部屋の生徒から買い取る形で補充した。
ここまで来れば、なんだかおかしいな、と思うだろう。現にリーアもエリデもそう思った。ダランデーラとパパーヴェロはともかく、初級ポーションにも使うので沢山溜めておいたズッペルゲンまで根こそぎ使っても足りないなんておかしい。
しかしチェレスティーナはちっとも疑問の欠片も持っていないような顔でふんふんと鼻歌さえ歌いながら魔力を注いでいるので、おかしいなとは思ってもそれを口に出すことはしなかった。そんなことをする暇があったら素材の処理をしないと、チェレスティーナに置いていかれる。
こんなふうに言うとなんだかチェレスティーナがちっとも仲間のことを顧みない酷い人のようだが、彼女は彼女で言い分があった。何せ、リーアに「素材の処理は完璧にやるから、チェレスは魔力を注ぐことに集中してよね。これは私たちの訓練でもあるんだから」と厳命されていたのである。素材が用意されてくるペースに波があるな、とは思っていたものの、これもふたりの試練だと思って何も言わなかったのだ。
そうして恐ろしいペースで色付きの上級ポーションが調合されていった。
そして、瓶詰めしたものを並べていた机がその机上をポーションでう埋め尽くされようとしていた時。
「な、ないわ……」
「何がないって?」
「え、映玉がないの……」
「ダランデーラのやつならヨメルシーの映玉で代用すれば……」
「そ、そうじゃなくて……」
「ダランデーラの映玉はもうずっと前に尽きました! 今ないのはヨメルシーの映玉です!」
悠長に魔力を注ぎ続けているチェレスティーナに、エリデが半ば叫ぶように声を上げた。
「そっか、ヨメルシーの映玉が……なくなった!?」
オウム返しの途中で事態を理解したチェレスティーナがエリデの方を振り返る。
エリデはこくこくと頷き、空っぽになった籠の中身をチェレスティーナが見えるように持つ。
「え? あんなにいっぱいあったのに? 一回の『乾燥』にふたつずつ使ってたとか?」
「そんなわけありません。普通にひとつずつ、節約しながら使ってました」
リーアもそれに同意する。
「え、でもだってそんなことある? 私大してポーション作ってないと思うんだけど……」
その言葉を聞いたリーアが、愕然とした顔でチェレスティーナの背後を指さした。
「え、なに?」
振り返ると、そこにはポーションで机上が埋め尽くされた机があった。
「……」
「あれを見ても大して作ってないって言うの?」
「……い、いったい何本あるんだろう」
自分の言ったことが間違っていたと分かり切ったチェレスティーナは、リーアと同じく愕然とした顔でそう呟く。
「いち、にい、さん、しい……」
「……じゅう、じゅういち……」
「さんじゅうご、さんじゅうろく……」
無心で3人でちまちまと数えた結果、上級ポーションがきっちり60本あった。
「い、いっぱい出来て良かったね!」
「そういうことじゃないでしょうが! 60本って何よ60本って! 私が全力を出して欠乏すれすれになっても上級ポーション1本がせいぜいだっていうのに、なんでそう軽々と60本も作れるのよ!」
リーアが顔を真っ赤にしてがるがるし始める。
「ま、まあまあ、リーアは魔力効率が良くないから……エリデならそんなに荒唐無稽な話でもないでしょ?」
リーアを抑えるためにエリデに話を振ってみた。しかし、こりゃだめだ、と言いたげにため息をつかれ、首を横に振られる。
「私も5、6本がせいぜいですよ。その10倍って……とっくに欠乏症状が出ててもおかしくないんですけど」
「そうよ! 頭が痛いとか、くらくらするとか、お腹が空いた気がするとか、何かないの!?」
リーアが欠乏症状を並べ立てるが、そのどれも今のチェレスティーナには当てはまらない。つまり、全く、ちっとも、これっぽっちも魔力が欠乏していないということである。
「チェレスが憎いわ……本当に神様に好かれてるのね……なんだか私、疲れてきたわ……」
「えっと、大丈夫?」
「あんたのせいだってば!」
そう怒鳴って、また疲れた顔で肩を落とすリーア。
エリデは少し落ち込んだような顔をして、しかしきりっとした目でポーションの瓶たちを見つめてこう言った。
「確かにチェレスは規格外ですけど、それは分かり切っていたことだからもういいです。はぁ、もういいんです……」
「ぜ、全然よく聞こえないんだけど」
「誰のせいですか! ……はぁ、それよりも現実問題としてこのポーションをどうするかを考えなきゃいけません」
「え、いつも通りニンファさんに納品しちゃ駄目なの?」
ニンファからチェレスが作ったポーションは必ず『槍の選別』に納品するよう言いつけられているし、ファビアからも「もし直営店に納品なんかされた日には私がニンファさんにいびられますから! ちゃんと『槍の選別』に行ってください!」と泣きつかれているので、むしろそれ以外の選択肢が思い浮かばない。
「半分くらいはそれでもいいと思いますが、流石にニンファさんでもこれ全部を一気に納品されると困ると思いますよ。いくら緑色に抑えたとはいえ上級ポーションですし、値段も馬鹿にならないはずです。仕入れても全部は売れませんよ」
最もな意見である。ニンファのことだから全て買い取るくらいの懐の余裕はあるだろうが、売る先がなければ赤字になってしまう。保管しておこうにもあまりに時間が経ちすぎると劣化してきてしまうし、それまでに全てを捌ける保証もない。
「でも、それじゃあどうするのよ?」
「実はいい考えがあるんです」
エリデがひそひそひそ、とその考えをふたりに耳打ちする。
「え、えぐいわね……」
「エリデってたまに腹黒かったりするよね……いやなんでもないよ、なんでもない」
タルクウィーニオ侯爵の長男の首を絞めるための『作戦』といい、今回のアイディアといい、どう考えてもエリデは腹黒だと思うのだが、本人はかたくなに認めようとしないのだ。
私も天然馬鹿っていう評価を甘受してるんだから、エリデも少しくらい認めてくれたっていいのに。
『天然馬鹿』を治すつもりもその方法も分からないチェレスティーナは、自分を棚に上げてそう思うのだった。
エリデの考えに最終的には賛成が集まったので、早速その日から準備に取り掛かった。
まずニンファに60本あるうちの半分の上級ポーションを売り、大金貨を18枚もらう。その後錬金術師院の近くの魔術具店に行き、手紙を送るための鳩型の魔術具を6つ買った。そのあと文具店に寄って便箋と封筒も買う。
手紙の内容はチェレスティーナが書き、エリデが監修してしっかりとしたものに仕上げた。やはり年上は頼りになる。
なぜチェレスティーナが書く役に選ばれたのかというと、リーアの筆跡がお世辞にも綺麗なものではないからだ。最低限の勉強しかさせてもらえず、また本人も勉強が好きではなかったリーアは、何故か分からないが元々端正な字を書くチェレスティーナには勝てなかったのである。
ちなみに、なぜチェレスティーナが字を綺麗に書けるのかは本人にもよく分かっていない。多分字を練習した記憶を失っているのだと思うのだが、巡が入り込んでから全く練習をせずに字がすらすらと読めたし、美しく端正に書けたのだ。
「両親が教育熱心だったのかしらね」
平民であるチェレスティーナに貴族への侮辱と取られかねないような名前を付ける両親がそうであった可能性はいかほどだろうか。予想は低かったが、字が綺麗なことを見るに案外そうなのかもしれない。
なんやかんやして出来上がった手紙をポーションと一緒に封筒に入れ魔術具に噛ませると、行き先を言い含めて窓から飛び立たせる。これで何日もしないうちに向こうに届くだろう。
「言い値通りに買い取ってくれますかね」
「大丈夫、初級ポーションですら家宝だって言ってた人たちだもん」
「でも流石にあの値段は……ぼったくりもいいところじゃないかしら」
「取れるところから取らないでどうするんですか」
「「……」」
それから数日後、狙い通りにきちんと鳩型の魔術具が封筒をくわえて戻ってきた。6つ全て、である。
「見て、本当に中金貨7枚も入ってるわよ」
「ほら、言った通りでしょう?」
「エリデ、商才があるかもね。見て、こっちは追加注文だって。向こうの錬金術店からの要請みたいだよ」
3人が手紙を出したのは、ギルニェーユに行った時に訪れた薬草店の店主全てである。専属は『糖蜜場』のみ、準専属として『エッレーヴォロと羊』と『イニャーツィオ』だけが選ばれたが、選ばれなかったあとの3つの店にもニンファがちゃっかりポーションを売っていたのだ。
見本として緑色の上級ポーションを1本同封して、買い取るならお代を魔術具に噛ませて返してもらい、買い取らないのなら手紙だけ抜いてポーションをそのまま送り返してもらえるよう手紙に書いておいたのである。
もちろんポーションが同封されているものはひとつもなく、全てがそれらを買い取る旨が手紙に書かれ、お代が同封されていた。そのうち追加注文を頼んできているものがふたつもある。
「ねえ、オネスタさん、他の錬金術店にも声を掛けてくれるみたいよ。いくつ注文するか決まったらまた手紙を送ってくれるって」
「よかったぁ。ジッロさんが取り次いでくれた方は取りあえず3本買い取るって。貴族に売れたら更に注文してくれるかも、って書いてあるよ」
「この調子で残りの30本全て捌けてほしいですねぇ……」
にまにまと手紙のひとつを眺めながらエリデが言う。
エリデが少々気持ち悪い笑いを浮かべているのには理由があって、そこには『これをニンファは独り占めしようとしてたんでしょ? お仕置きが必要よね……。なにはともあれ知らせてくれてありがとう、家宝にするわ』という旨のことが書かれていたのである。
何を考えたのやら、エリデはニンファに売る時の買い取り値よりも高くポーションを売り、本来であればこのポーションはニンファが独占して売っていたのだ、という旨を書き記したのだ。いくらニンファが彼らの恩人だったとしても、反感を買うのは必至だろうと考えて。自分たちもニンファに助けられているのにも関わらず。
そしてニンファに頼りきりでは難しかった販路拡大に向けて大きな一歩を自ら踏み出すことも狙っていた。もちろんこちらも成功である。その証拠に、薬草店の店主たちから情報を得た錬金術店から納品依頼が来ている。
ニンファに十分な助けをしてもらっているのにも関わらず、ニンファに頼らずに騙し討ちのようなことをして自分たちの利となるように動く。
これを腹黒いと言わずになんと言う。
「ニンファさんにお仕置きが出来る人って、あの人よね、『狩りの女』の……」
「その人しかいないよねぇ……。ていうかエリデ、こんな恩を仇で返すようなことしちゃっていいの?」
ニンファにお世話になりっぱなしなことを自覚しているチェレスティーナが心配そうにそう問うが、エリデは鼻を鳴らして「どうってことありませんよ」と言った。
「確かに色々と支援してくれてはいますし、助かっているのも事実です。でもあれは貴族の囲い込みを防ぐと言いながら自分がチェレスを囲い込もうとしてるのと一緒ですよ。私、チェレスが誰かのためにひたすらポーションを作る日々を送るのは嫌なんです」
ニンファが自分を囲い込もうとしていることに初めて気づいたチェレスティーナは、はっとした顔でエリデを見つめる。
「チェレスは夢の錬金術店を開いて、ちょっと非常識なポーションを売って人を助けて、ゆるゆる気楽に暮らしていけばいいんです。その力を、自分以外の誰のためにも使っちゃいけないんです」
珍しく力説するエリデに、リーアもこくこくと首肯する。
チェレスティーナはその気遣いが嬉しくなって、そっとふたりの手に触れてこう言った。
「ありがとう。でも、多分それは無理だと思うよ」
「っ……ど、どうしてですか? このままニンファさんに囲われる気ですか?」
信じられない、という心の声が聞こえる気がする。チェレスティーナはふるふると首を横に振って、にへっと笑った。
「違うよ。でもね、私、この力をふたりのためにも使いたいの。3人で楽しく暮らしていけたらいいなって、そう思うんだ」
リーアたちと寝食を共にし、一緒に調合に励むこの毎日が、いつの間にかとても愛おしくなっていた。巡時代にこれほど深い友人関係を築いて来なかったというのもあるし、何よりリーアとエリデがチェレスティーナにとって必要な存在なのだ。
リーアに半ば強引に友達にされたあの日から様々なことがあった。焦ることもあって、怖いこともあって、楽しいこともあって、嬉しいこともあって。
きっと私ひとりじゃ体験できなかった感情なんだろうな、と思った。
現に、事件の発端となるのは大体がチェレスティーナなのだが、それを助長したり抑制したり、とにかく出来事に色をつけていくのはいつもふたりと、その場にいる誰かなのだ。
だから、自分の力でふたりのためになることをしたいというのは、全くおかしいことではなかった。少なくともチェレスティーナにとっては。
「そ、そんなの、おかしいですよ……」
「そうよ。私たち、チェレスの力を利用するために友達になったわけじゃないもの」
「足手まといなのは分かってますから、私たちのことは気にしなくてもいいんですよ」
しかし、ふたりにとってはおかしいことだったらしい。皆で錬金術店を開こうと言った時と同じような反応をしている。
「そんなこと言ってると……くすぐるよ?」
「「え!?」」
「とりゃあー!」
素早く金貨が同封された手紙を隅に追いやって、まずはエリデにとびかかる。
「ぎゃああ!」
すぐに悲鳴が上がり、リーアが逃れようと腰を引く。が、遅い。
「逃がさないもんね!」
「ぎゃはは、や、やめてぇ~!!」
じたばたと手足を動かすが、ちっとも抜け出せない。ただ笑い声と叫び声が部屋に響く。
「あ、苦情が来ちゃう」
壁ドンが来る前にぱっと手を離すと、ふたりはぜえはあと息を切らしていた。
「な、なんだかいつもこんなことをしてる気がします……はぁ、はぁ」
「チェレスのせいよ、はぁ、ふぅ」
「余計なこと考えてるふたりのせいだってば!」
年上のエリデもまとめて怒る。
「迷惑じゃないし、足手まといでもないし、利用してるなんて思ってないから!」
渾身の大声で主張すると、
どんどん!
苦情の壁ドンが来た。
「くすぐりやめた意味なかったね……」
「わ、私的にはあれくらいでよかったわよ、ねえエリデ」
「そ、そうですね、はい」
「そう?」
「「そう!!」」
必死の形相でそう言われたので、追加のくすぐりは勘弁しておいた。
「……もし頼ることがあったら、その時はよろしくね、チェレス」
「っ! う、うん!」
「私も、色々迷惑かけると思いますけど……」
「全然大丈夫!」
ふたりとの信頼関係がまた更新された気がして、心の底から嬉しいチェレスティーナなのであった。




