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やっと無色のポーション完成! って、あれ? なんかおかしい?

 無色のポーションが出来たので、総影響力を測りに『槍の選別』に向かう。休暇中なので外出許可も取らない。


 何故ニンファの元に行くかと言えば、測るための魔術具が手元にないからだ。

 持っていると色々と便利だと聞いたチェレスティーナがニンファからひとつ買おうと思ったのだが、あまりの値段の高さに諦めたのだ。またニンファがぼったくっているのかと勘繰ったが、チェレスティーナたちが相手だということで原価ぎりぎりの値段を提示しているのだと言われ、もう諦めるしかなかった。


 買おうと思えば買えなくはないのだが、全財産から見て買えるのと自由になるお金から見て買えるのとは訳が違う。


 地税が下がると聞いてだいぶ開店資金の目標は下がったがそれでもほいほいと貯められる額ではなく、未だにチェレスティーナたちは節約生活を続けているのだ。


 エリデの魔力とリーアの知識を合わせればふたりもそれなりのポーションを作れるし、チェレスティーナはもう言わずもがななので、ファビアは開店資金から開店後の運転資金の大部分を減らしてもやっていけると言ったのだが、3人はそれを認めなかったのである。


 備えあれば憂いなし、なのだ。そうそう色付きポーションが売れるとも思えないチェレスティーナは、巡時代に座右の銘にしていたその言葉をリーアとエリデにも教え、自分の腕に慢心せずこのまま資金を貯め続けていくことを伝えてあったのだ。それに特に共感を示したエリデと言いたいことは分かるリーアが、ファビアの言をほいほいと受け入れるはずもなかった。


 そんなわけで、地税が下がっても未だに金欠気分であるチェレスティーナたちは、いわば魔術具を借りに行くためだけにニンファの元を訪れようとしていた。


 (おそらく)年配であろうニンファをそう便利に使っていいのか、という疑問はあるが、いつだかに「いつでもおいで」と言われたのでその通りにする。


 そう。槍の選別に堪えれば、ニンファはとても面倒見が良いのであった。


 ファビアが「チェレスの腕が良いからですよ。私の時はもう、錬金術師院で合格になったポーションをいくつもいくつも突っ返されて……」とぐだぐだ言っていたことは見て見ぬふりをすることにした3人であった。


 もう何度も訪れているので今更迷うこともなく、古びた錬金術店『槍の選別』に到着した。


「ニンファさーん、こんにちはー」


 奥の調合室に向かってそう声を掛けると、しばらくしていつも通りローブに身を包んだニンファが出てきた。


「チェレスたちか。どうしたんだい?」

「『作戦』の準備の第一段階を達成したんです。ほら、これ」


 籠からポーションを何本か出して見せる。

 ニンファはすぐにその顔に笑みをたたえ、調合室に手招きした。


 何かの実験の途中だったようで、竈の火はごうごうと燃えていた。部屋には冷却の魔術具がふたつ置いてあるので、少し汗をかくくらいの暑さで済んでいる。


 リーアとエリデが指図の通りにそれぞれの鍋に魔術具である紙を敷き、チェレスティーナがポーションを一本ずつ鍋に開けた。ニンファが見繕った手ごろな映玉をぽいぽいと放り込んで、ぐつぐつと煮込んでいく。


 煮立ってどろどろになったものから漏斗を使いガラス瓶に注ぐ。底に敷いた紙は使い捨てなので専用の箱に捨て、冷めてきたものをニンファに渡して組成表を書いてもらう。


 組成表は必ずしも錬金術に必要なものではなく、それを書くために使う魔術具の紙も恐ろしく高価なため、錬金術師院では教えられていない。チェレスティーナたちには書けないのでニンファに頼っているのだ。


 基本的に錬金術師院では『錬金術師として生きていくために必要なこと』しか学ばない。課程が一年のみなのもあるし、公費で運営されているのでそれ以上は予算的に厳しいのである。マルファンテ領の錬金術師院に割かれる予算はなんというか、かなりしょっぱいので。


 ガラス瓶に注がれたポーションの色の変わり目が冷めてきたことによってだんだんと鮮明になってきた。錬金術師が込めた魔力は緑に、素材や魔力効率に由来する『神の力』は青に、素材の雑な処理や魔力の不均等から来る『ポーションのもや』は灰色になって層として沈殿している。


「「「お~」」」


 この魔術具を初めて使ったチェレスティーナたちが声を上げる。灰色はともかく、その上の層の緑と青は鮮やかで綺麗だ。


 いつもの色付きポーションはもっとくすんだような色になるため、発色の良さに驚いているというのもある。


「実験って魔術具で色々分かるから便利だなぁ」


 色できちんと教えてくれて、どれがどれに該当するかが単純明快なところが実にいい。


 巡時代に科学が大の苦手だったチェレスティーナは、魔術具の万能さに感嘆した。


 一方、ニンファは何やら険しい顔でガラス瓶の中身を睨んでいる。かと思えば首を捻ったり傾げたりと、なんだか忙しい。


「どうかしたんですか?」

「いや……前と随分違うなと思ってね」

「「「前?」」」


 前というのは、チェレスティーナが色付きポーションを初めて持ってきてから少し後に開かれた会合のことである。ファビアたちを集めて組成表と分離したポーションを提示し、チェレスティーナの異常さを共有したのだ。


「そ、そんなことしてたんですか?」

「まあ、錬金術界にとっては大事件だからね。少しでも情報を共有しておいた方がいいと思ったのさ」


 ギルニェーユの錬金術師たちに出した手紙には書かなかったのに、ぬけぬけと言い放つニンファ。


 彼女はどうやらあれは例外であると考えているようだった。


「で、どこがどう違ったのよ?」

「どこから説明しようかねえ……」


 時折表現に悩みながらニンファが説明してくれたことには、魔力部分の緑が少ないのは分かるのだが、『神の力』の部分の青が前よりも少なく、逆にもや部分の灰色が多くなっているのが不可解だ、ということらしい。


 魔力部分は注いだ魔力量に影響されるが、『神の力』は違う。魔力効率や素材の質・処理はその量に影響されないからだ。


「チェレスの魔力効率は変わってないはずなんだ。素材を変えたりしたかい?」

「いえ、いつも通り私たちが採ってきたものを使ってます。『イニャーツィオ』で買ったものを使っても良かったんですけど、チェレスがあれはリーアのために残しておこうと言ったものですから」

「そうかい。友達思いだねえ」


 からかいの視線で見られたリーアは、耳まで真っ赤にして横を向いていた。友達友達とうるさいくせに、他人に言われるのは慣れていないらしい。


「それ以外にいつもと違うこと……あっ、ひとつありました」

「え、何かあったっけ?」


 魔力量を少なくすることに全力投球していたチェレスティーナは全く思い浮かばない。


「それ、魔力を注ぐまでの調合を私たちがやったんです」

「なんだって?」


 ニンファが素っ頓狂な声を上げた。


「色付きポーションの調合に慣れているチェレスが無色のポーションを作るのには本数を経ないと無理だと思って。でもいちいち全てをチェレスが調合してたら進みが遅いし、チェレスに負担がかかりすぎますよね?」

「あ、ああ、そうだね」

「だから、ズッペルゲンとロイマユを刻んで茹でて、エッレーヴォロと軽く混ぜるところまでは私たちがやったんです」

「下処理も、かい?」

「はい」


 エリデが正確に報告すると、ニンファが深く息を吐いて首を横に振った。


「そういうことかい……」


 その反応の理由がわからなくて、チェレスティーナたちはお互いに目を見合わせておろおろする。


「チェレス、あんた、魔力以外にもなんか変なことやってたの?」

「やってないよ!」


 心外だ、と必死に主張するチェレスティーナ。


「でも、ニンファさんの反応からするに私たちの処理のせいで灰色の部分が増えてるらしいですよ」

「やっぱりなんかやってたんじゃない!」

「やってないってば~!」


 本当に、今回ばかりは何もやっていない自信がある。大きな商会の娘でほとんど料理をしたことがないリーアならまだしも、平民でもったいないお化けのエリデを勝るような処理はできていないはずだ。


「あのう、ニンファさん、何かあったんでしょうか……?」

「ああ、色々あったし色々わかったよ。それにしてもチェレス、あんたみたいな子供は見たことないよ、まったく」


 ため息をつきながらニンファが説明してくれたことには、やはりチェレスティーナの素材の処理がふたりと違っていたらしい。


「エリデ。あんた、初級ポーションを作る時エッレーヴォロを乾燥させるね? どうするんだい?」

「どうって、『乾燥』の詠唱をして、魔法を行使します。って、あ……」

「まずはそこだよ」


 『乾燥』も素材の処理とはいえ魔法である。つまりチェレスティーナの魔力効率が影響するのだ。


「チェレスが乾燥させたエッレーヴォロには『神の力』が通常よりもたくさん詰まってるのさ。さて、次」


 次があるの!?


「リーア。ロイマユを採ってきた時は泥だらけだろう? 下処理として、どうするんだい?」

「えっと、井戸水で洗うわ。泥が残らないようにこう、ごしごしって」

「え、井戸水?」


 ニンファが返す前にチェレスティーナが思わず割り込んだ。どうにもおかしい部分がある。


「井戸水じゃなかったらチェレスはどうやって洗ってるのよ?」

「み、水魔法……」


 ある時思いついたのだ。初級の水魔法なら空中に出現した後重力に従って落ちていくのだから、その流れを利用して水道水で洗うようにすればいいのではないかと。

 最初は魔力量の調節が上手く行かず水の飛び跳ね方が尋常ではなかったのだが、練習の末少しずつ出せるようになり、わざわざ井戸水を汲まなくても処理が出来るようになったのだ。


「つまりチェレスが水魔法で出した水にも『神の力』が含まれていて、それをロイマユが多少なりとも吸収しているんですね」

「そういうことさ」


 チェレスに、「どうして私にも教えないのよ」と言いかけたリーアは、自分の魔力量ではそんなことに使う魔力はないと気づいて項垂れていた。


「次に……」

「「「まだあるの!?」」」

「当たり前さ。エリデ、ズッペルゲンとロイマユを刻むとき、どのように刻んでるんだい?」

「ええと、これくらいの太さで均一になるように刻んでます」


 エリデが親指と人差し指で5スェン(5mm)くらいを示す。


「え、そんなに太いの?」

「え、結構細くないですか?」


 どうやらエリデが出来る限界の細さで刻んでいたらしい。


 しかし、チェレスティーナはもっと細い刻み方を知っていた。しかもそれをそれなりにやってのけていた。


 あれである。トンカツとかサラダとかによくついてくる、千切りキャベツであった。


「私、1スェンよりちょっと細いくらいだと思うけどなぁ……」

「そ、そんなに細く切るんですか? 時間かかりませんか?」

「慣れちゃえばそんなにかかんないよ」

「そ、そうなんですか……。ていうか、そんな切り方をいつ覚えたっていうんですか!?」

「あ、あはは……」


 流石に転生のことは話せないので曖昧に笑っていると、「あ、記憶喪失なんでしたね」と勝手に納得してくれた。


「チェレスは恐ろしく細く刻んでるから、茹でたあとの魔力の通りがけた違いにいいんだよ。それが薬効を高めているんだ」


 ニンファが謎解き終了とばかりにガラス瓶をゆらゆらと揺らし始めた。


「まさか素材の処理から違うとは思ってなかったわ」

「しかもどれも私たちには簡単にはできそうにありませんでしたね……」


 作るポーションにいつももやが浮かんでいるリーアとエリデががっくりと項垂れていると、ニンファが「そんなことはないさ」と言った。


「刻むのは練習すれば出来るようになるし、魔力だって『神の力』を多分に含んでいる素材から取り出せばいいじゃないか」

「練習はやるとして、そんな素材があるんですか?」


 座学でも聞いたことがない。

 するとニンファはにやりと笑って部屋の隅に置いてある籠を持ってきて、チェレスティーナたちの前でぱかりと開けた。


「映玉だ」


 そこには色とりどりの映玉が詰まっていた。大体はヨメルシーやザンギェなどの下等の魔物である。

 しかし映玉から魔力が取り出せるなど聞いたことがない。怪訝な顔をしていると、


「で、魔力を取り出すのがこれ」


 すっとニンファが取り出したのは、下の方に穴の開いている杖だ。


「これは厳密には魔術具じゃなくてね、少し特殊な杖なんだ。ここの穴に映玉をはめ込んでこれを握りながら魔法を行使すると映玉の魔力を使えるのさ。もちろん魔力を注ぐのにも使えるよ」


 それはぜひ欲しい。下等の魔物でもかなりの魔力を注げるらしく、戦闘力が飛びぬけているわけでもないチェレスティーナたちでも映玉を用意するのに困らなさそうだ。


「で、でも高かったり……」


 ニンファの使うものは大体が馬鹿高いと相場が決まっている。ニンファが魔術具を金に糸目をつけずに買い漁るからだ。とても手の届かない値段のものも多い。


 緊張した面持ちでニンファを見つめると、けらけらと笑って3本の杖を差し出してくれた。


「そんなに高くもないよ。せいぜい中銀貨か、良くても大銀貨さ。これは中銀貨6枚のやつだよ。特別に譲ってやろう」

「え、いいんですか?」


 中銀貨6枚なら払えなくもないので、一応聞いてみる。


「念のためと思って買い溜めてたんだが、今がその『念のため』の時だと思ってね。それに中銀貨数枚飛んでったって痛くも痒くもないよ」


 金持ちらしいニンファにとっては本当にはした金なのだろう。払えなくもないとはいえそれほど懐に余裕のない3人はありがたくそれぞれ杖を手に取った。


「……でも、チェレスにはそれ、いらないんじゃないですか?」

「え? なんで?」

「だって魔力が枯渇したところなんて一度も見たことないですし、そもそも私たちが再現しようとしてる処理、もうチェレスは魔法でやってるじゃないですか」

「あっ」


 上級ポーションを何本調合しても魔力が枯渇したことのないチェレスティーナにとっては、この杖は無用の長物であった。


「で、でもニンファさんがくれたやつだし……それに杖ってかっこいいから欲しい!」

「でもそれって映玉の分しか魔力を使えないんですよね? チェレスからしたら煩わしくないですか?」

「うぐぅ……」


 杖はかっこいい。いかにも魔法使います! って感じがするし、巡時代からの憧れだった。

 しかしエリデの言っていることも正論である。多分ヨメルシーあたりの映玉ではチェレスティーナからすれば魔力が少なすぎると思う。


「に、ニンファさん……」

「あっはっは、しょうがないねえ。ひと廻りのうちにあんたに合う杖を見繕っておくよ。お代はいいからね」

「ありがとうございますう……」


 ニンファに恩を売られていることに全く気付かないチェレスティーナ。


「これで私ももっと質のいいポーションが作れるわ!」

「楽しみですね。それにしても処理だけでもこんなに差があったなんて驚きで……あっ」

「どうかしたの?」


 エリデが青い顔で何やら震えだした。


「私たちの素材の処理でやっと無色のポーションになったってことは、チェレスが処理をしたらもしかしたら緑色になっちゃうかもしれません……」

「「あっ」」


 その可能性は十分にある。


「ま、また実験なのね……」

「この杖を使ってチェレスと分業したとしても大変でしょうね……」

「せ、せっかく覚えた魔力量が無駄に……」


 ニンファがけらけら笑っている傍らで項垂れる3人なのであった。

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