薬草店巡りで大事件!
秋も深まってくると、森での採集が難しくなる素材が出てきた。もちろん自ら採集したり採集依頼をしたりしなくても、薬草店や冒険者ギルドで保管してあるものを購入できるので問題はない。
ただエリデが「き、季節にもったいない精神が負けるなんて……」とひたすら嘆くだけである。
そういう季節なのだからしょうがないと思う。正直ちょっと鬱陶しい。
冬用の服を一通り揃えたチェレスティーナは、日々肌寒くなる気候に焦ることもなくひたすら調合に励んでいた。
ファビア直々の指導により特殊欠損治癒ポーションまでもを習得したので、取りあえず一般的に扱われるポーションは全て調合できるようになった。
この世界にもやはりいた『研究馬鹿』と呼ばれる類の人々が『腹痛によく効くポーション』とか『むくみを予防するポーション』とかを作った例を論文として提出しているので、ニンファを伝手に調べて習得しようと思えば出来る。
しかし、『研究馬鹿』というものは大体実用性を考慮していない。研究が大好きなのだ。新しいものを作り出すことを目指しているのであって、使う素材がやたらと希少なものばかりだとか、そんなニッチな用途のものが売れるはずがないとか、そういうことはちっとも考えていないのである。
よって、これから先錬金術店を開くことを鑑みても習得する必要性を感じなかったチェレスティーナは、特殊欠損治癒ポーションをもって実技課程を修了したのであった。
座学もポーションに関するものは少なくなってきて、錬金術店を開く者と錬金術店に勤める者で分かれる講義が中心となった。
ちなみにチェレスティーナたちは全員後者である。一緒に開くのなら皆で受けておいた方がいい、とファビアに助言されたので。
それにしても、ファビアが少々頼りになりすぎる気がする。チェレスティーナの入学試験で白目を剥いて気を失ったことは別として、あのニンファに気に入られていることといい、受け持つ講義が最も多いことといい、妙齢の女性にはありえないほどの知識量といい、頼もしすぎる。
そう考えていたチェレスティーナははたと思い至ってしまった。
あのニンファが見た目通りの年齢ではないというのに、ファビアがそうではないという証拠はないことに。
そして、ファビアが入学試験の後に告げた言葉。
「あなたのような生徒はここ20年ほど見たことがありません」
つまり20年より前には見たことがあって、その時にはもう錬金術師院の教師だった(のかもしれない)ということである。
……あれ? ファビア先生、何歳?
外見と、もっと言えば肌年齢と経歴が合っていない気がする。
あんなにつるつるな肌をしてるのに、20年前にはもう錬金術師院の教師……?
脳内に疑問符が飛び交い始めたところで考えるのをやめた。失礼すぎるし、何より首筋になにか嫌な雰囲気を感じ取ったので。
……若返りのポーションとかあるのかな?
将来のために、暇があれば『槍の選別』で論文を漁ってみようと決意するチェレスティーナなのであった。
そろそろ冬に差し掛かるか、という頃、3人は長期休みを取ってニンファに連れられてギルニェーユを訪れていた。
今回はお尻の痛い馬車ではなく、その数倍の値段はする乗り心地のいい馬車に乗ってきた。なんでも馬車の乗り心地の酷さに辟易したニンファがわざわざ貴族用を買い求めたらしい。お金持ちは羨ましいものだ。
今回の来訪では将来専属にする薬草店を見繕うことが目標となっている。
錬金術師になれば嫌でも素材が必要になるし、自分たちで採集したり採集依頼を出したりするには多すぎる量になる。前々からいくつかの薬草店を回って行きつけを作っておくことが大事なのだそうだ。
「この季節は薬草店の良し悪しを判断するのにちょうどいいんだ。まだマルファンテ領ではどこでも雪が降らないから足を運びやすいのがひとつ。もうひとつは、新しい素材が入りにくくなるこの季節はその店の素材の管理体制が分かるからさ」
春夏はどこの山も素材が豊富にある。多少杜撰に扱ってもまとめ買いですぐ売れていくし、すぐ納品されるのだ。僻地からの納品はきちんと時を止める魔術具の中に入れられているので、それを使えば何の問題もない。
しかし秋冬は違う。納品で受け取った時を止める魔術具は当然持ち主に返さなければならず、自前の魔術具がなければ保存すらままならない。この魔術具は馬鹿みたいに高いというわけではないが収容力が今一つなので、実際に全てを保存しようとすれば数を揃えなければならないところが辛い。
しかも、せっかく保存していても、店に陳列されている数が少なくなるので悪いものは見分けやすくなり、あまり買われなくなる。すると陳列棚に悪いものばかりが残ってしまうのだが、春夏と同じようにすぐ納品されるわけではないので、そのまま並べておくしかなくなる。品切れは最も避けなければいけない事態だからだ。
もちろん質のいいものを納品してくれる伝手があり、それを杜撰に扱わず、きちんと時を止める魔術具がそろっていればこのような状態にはならない。つまりこの季節に陳列棚にいい素材が沢山並んでいる店がいい店ということだ。
もちろんニンファの紹介だからとんでもない店はもちろん候補に入っていないはずなので、おそらくその中でもとびきりいい店を選んでみなさい、ということだろう。
専属を見繕うといいながら、素材をきちんと選べるかも試されている気がする。
よし、とチェレスティーナはひそかに気合を入れた。
「質問です、ニンファさん。魔獣とか映玉とかの素材はどこで手に入れればいいんですか?」
薬草しか使わないポーションは初級だけだ。その他の基本的なポーションには魔獣の素材や映玉がいる。
しかし『薬草店』なのにそれらを扱っているとは思えないので、そう質問したのである。
が。
「ああ、薬草店で大体揃うよ」
じゃあなんで薬草店って言うの!?
チェレスティーナたちが一斉に心の中で総突っ込みをかますと、その雰囲気を感じ取ったニンファが笑い出した。
「元々は薬草だけを扱っていたんだがね、ある店が客寄せして売り上げを上げようと他の素材も置き始めたんだよ。それを皮切りにどんどん扱う素材の種類が増えていって、今は大体のものは並んでるだろうってくらいになったってわけさ」
いくつも店を回ることを考えたら確かに便利である。その場で購入するにも発注を掛けるにも、ひとつの店で大体が済むというのはとても良いと思う。
しかし。しかし! どうして『素材店』とかにしないのか! どうして『薬草店』のままなのか!
そう簡単に一般名称は変えられないことを理解しながらも、どうしてもそう思わざるを得ない3人であった。
最初に訪れた薬草店は、馬車が到着した場所よりもやや遠いところにあった。人通りの多い大きな通りから少し入った裏路地に位置している。
「なんか怪しげじゃない?」
「こ、こういうところにこそ隠れた名店が! みたいな?」
昼だというのに路地が細いのと周りに大きい建物が並んでいるせいで日の光があまり入ってきていないのもその雰囲気に拍車をかけている。
「ええと、店名は……『糖蜜場』? なんだか美味しそうですね」
比較的新しいのか、木のドアに鈍い艶がある。窓ガラスもきちんとはまっているのでそれなりにお金があるのだろう。
錬金術師院もそうだが、あまり予算のなかった建物は窓枠と鎧戸しかついていないのだ。ガラスはとても高いのである。
「ごめんください~……」
ニンファが促すので、チェレスティーナを先頭に店内に入っていく。
ふわっと薬草の匂いが鼻についた。芳醇な、とかそういう類ではなく、なんというか……
「……腐ってる?」
試しに手近なロジュスを触ってみると、押し潰されて滲み出てしまったらしい薬液が手についた。その感触が気持ち悪くすぐに手を引く。
「なにこれ、枯れてるわ……」
リーアが摘まみ上げたのはイーリスの花だ。夏に良く採れる植物で、確か栽培も行われていたはずのものである。時を止める魔術具に入れておけばまず採れた時期的にも枯れるはずのない花が、からっからに枯れてしまっている。
「ニンファさん、ここって本当にお勧めの薬草店なんですか?」
「場所も店名もその筈だが……様子がおかしい。前に来た時はこんなに酷くはなかったはずだよ」
ニンファは眉をひそめて店内を歩き回り、あるところで歩みを止めた。
「こ、これは……」
「何ですか? それ」
チェレスティーナがひょいっと覗くと、棚の上に大量に放置されている星型のような葉が目に入った。毒々しい赤の上に黒い斑点が散在している。
「見たことないわね」
「何に使うんでしょうか? 錬金術じゃないかもしれませんね」
「料理とか? でもこんなに毒々しい色のもの、おいしいのかなぁ」
用途についてとりとめのない話をしていると、ニンファが鋭い目をしてこう言った。
「すぐに出るよ」
その有無を言わさない口調にただならぬ雰囲気を感じ取った3人は、何も聞くことなくニンファについて店内を後にしようとした。
そう、『しようとした』のだ、『した』のではなく。
結論から言えばチェレスティーナたちは外に出ることができなかった。ふたりの男が行く手を阻んだのだ。
「私らはこの店には用はないよ、どいとくれ」
ニンファが低い声でそう言っても、男たちは下卑たニタニタ顔を崩さない。ちろり、と橙の髪をした男が舌なめずりをした。その舌に光るピアスが実に忌々しい。
「女子供でよくここに来たなァ。自ら餌になるって? 感心なこった」
「おい、そっちの黒髪の姉ちゃんよ。抵抗したら痛い目に遭うぜ? それこそお仲間みたいにな」
その言葉にニンファがびくりと肩を震わせた。途端にどす黒いオーラが立ち上る。
これまでに見たことはないが、それでもわかる。ニンファは今、途轍もなく怒っている。
左手でチェレスティーナたちを庇うようにすると、右手をローブに潜らせて杖を出す。魔法を使うつもりだと分かったはずだが、男たちはそれでも動揺を見せない。
「魔力持ちかよ」
「問題ねえ。俺たちゃ障壁張ってるからな」
障壁というのは魔術具で張る防御のための膜のことで、自分自身に沿わせるように張ることができる。障壁に当たった魔法は魔術具の吸収量を超えない限り吸収され、ダメージを食らうことがなくなるのだ。
「面倒なものを」
ニンファは杖を仕舞い、ローブから別のものを出そうとする。
しかし男たちの方が早かった。
「そうはさせねえよ!」
腰に下がっている拳大の魔術具を素早く抜き、こちらに向かって投げた。数秒も経たないうちにそれはチェレスティーナたちに到達し、その瞬間に爆発した。
耳をつんざくような爆音と共に煙と炎が広がる。ニンファは「チッ」と舌打ちをしてローブをばさりと大きく広げ、自分とチェレスティーナたちを守れるような態勢を取った。
「けほっ、けほっ」
ローブで遮られていたとはいえ被害はゼロではない。煙にはむせるし、炎で髪がちりちりと焼けていく。
「子供もいるのになんてことをするんだい!」
「子供もいるのにィ? 逆だぜ、姉ちゃん。子供がいるからさ」
「全員器量よしじゃねえか、こりゃあ連れ帰る以外に選択肢はねえな」
連れ帰られてどうなるのかなんて容易に想像がつく。
3人がさあっと顔を青白くした様子を見たニンファが唇を噛んで「そうはさせないよ」と叫ぶが、男が「それはどうかな」と言うと同時にまた別の魔術具を手に取ってニンファに向かって真っすぐに投擲した。
「くっ!」
今度もローブで庇うニンファだが、今回の魔術具は爆発ではなかった。しゅるる、と黒い帯が無数に飛び出てきて、ニンファだけをぐるぐるに巻いて通りに引きずり出し、身動きを取れなくしてしまう。
「ニンファさん!」
「こいつさえ縛ればあとは簡単だ。この魔術具は高ぇからな、俺らで縛れる子供には使いたくねんだよ」
ずるり、と腰に下げていたロープを手に取りながら近づいてくる男たち。
チェレスティーナは焦りながら何の魔法を使うか考えていた。自分の魔法ならばあるいは彼らの纏う障壁を破れるのではないかと思ったからだ。
火系は被害が大きいから駄目で、水も私たちも一緒におぼれちゃうし……そうだ、土魔法ならどうにかなるかも!
土魔法は土を隆起させたり撒き散らしたりする魔法である。中級を使えば致命傷を与えず相手を戦闘不能に出来るかもしれない。
「まずは一番ちっこいのからだ」
そう言って手を伸ばされたチェレスティーナは、するりとその手から逃れて通りに向かって走り、精一杯距離を取った。
「チッ、抵抗しやがって!」
「土の神よ、大地に在るその力を顕現せよ、我らを害悪から守り給え!」
攻撃魔法は自分には影響を及ぼさないが、今回はニンファたちに怪我を負わせてはならないため、『我ら』に強い思念を込めて詠唱する。
早くチェレスティーナを捕まえようとする男から逃げながらの詠唱なので意識せずとも声が大きくなり、叩きつけるように言い終えた。
その瞬間、ぐぉっと男たちの周りに土煙が巻き起こった。ぐんぐんと勢いを増していくそれはついに細い竜巻のようになり、男たちの姿が全く見えなくなる。
「チェレス!」
「土魔法の中級だからしばらくは大丈夫だと思う。ニンファさんの綱をほどかないと!」
「分かりました!」
逃げの姿勢を取っていたリーアたちもニンファに駆け寄る。
魔術具のロープは結び目がなく、手で引っ張ってもなかなか切れそうになかった。どうにか引きちぎれないかと奮闘していると、気が付いたらしいニンファが助言してくれた。
「解呪の中級を使うといい。私じゃ無理だから、チェレスに頼むよ」
「はい」
念のためリーアたちには下がるように言って、ロープに触りながら詠唱をする。
「光の神よ、世界に在るその力を顕現せよ、闇の神を押さえ我らをその手から救い給え」
チェレスティーナの触れたところからロープが光り輝き、するするとほどけて消えていく。全てが消え終えるとニンファは立ち上がり、「ありがとう」と礼を言った。
チェレスティーナの行使した土魔法は消えかかっていた。土まみれの男たちが見えるようになっている。
「ようし、お返ししてやろうかね」
ニンファはそう言うとローブから魔術具をふたつ取り出し、男たちに正確に投擲した。土魔法を通り抜けた魔術具はばっと黒い帯を出現させ、ニンファがやられたように男たちをぐるぐる巻きにする。
「ニンファさんも持ってたのね」
「私はあいつらみたいにケチったりしないからね。身を守るための魔術具は沢山持っているよ」
今まであまり気にしていなかったが、この世界での防犯にはお金がかなりかかるらしい。巡時代と比べてしまったチェレスティーナと、今までそんな高価なものを身に着けたことがないエリデがそろって青い顔になっていた。
「ぐぅっ、女はともかく子供がそんなに強いなんてあり得ねえ!」
「ところが有り得るんだよ。運が悪かったねえ、あんたたち」
すっと手を挙げて縛られた男たちを引き寄せながらニンファがちっとも気の毒そうではない口調でそう言った。
「それはそうとあんたたち、オネスタをどこにやったんだい? 正直に言わないと……これだよ?」
ローブから更に出された爆発の魔術具を手にニンファがそう脅す。
「あ、あの店の姉ちゃんなら地下に閉じ込めてある! 本当だ! だからこれを解いてくれ!」
「ああ、本当だ!」
そうかい、と頷いたニンファはくいくいっと手を動かして男たちを店内に放り込んだ。
「そこで大人しくしてな。逃げたらどうなるか……わかってるよねえ?」
こくこく、と男たちが必死に頷いたのを見ると、ニンファはチェレスティーナたちを階段に手招きした。
「この下が地下だ」
「じゃあそこにオネスタさん? がいるんですね」
「そうさ。……チェレス、ちょっとこれをかざしながら風魔法を使ってくれないかい? 中級でいいよ」
「え? は、はい」
そう言って階段の踊り場に立ち、手渡された植物を見てぎょっとした。
「に、ニンファさん、これって……」
「いいよ、やっておしまいな」
どっちが悪役だか分からない台詞と共に再度許可が出たので、なるべくこちらに風が来ないようにして風魔法を行使した。
「「「んぐっ」」」
少し調節が甘かったようである。少々漏れてきた臭いに、チェレスティーナたちは鼻をつまんだ。
風魔法が終わるよりもかなり前に地下からうめき声と人が倒れる音が聞こえてきた。それでも魔法は止まらないので、悪臭はどんどん送り込まれていく。
ばたばたっ、ばたん。
最後の一人が倒れたような音がしたので、今度はニンファが浄化の魔術具を投げ込んで地下の空気を浄化した。
「はぁ、臭かったわね……」
階段を下りながらそう言うリーアに、チェレスティーナとエリデがこくこくと首肯する。ニンファはといえば「青いねえ」とちっとも顔をしかめずにからからと笑っていた。
地下には男が7人と女性がひとり倒れていた。名前から察するに女性がオネスタだろう。
男の何人かは口を大きくあけたまま倒れていて、その舌には一様に銀色のピアスがされていた。仲間であることを示すものなのだろうか。
ひどい臭いに気絶しているオネスタに近づいたニンファは、あろうことか口と鼻をつまんで耳元で「起きなー」と叫び始めた。
「よ、容赦ないです……」
ニンファの酷い起こし方のおかげか、ほどなくしてオネスタが目を覚ました。
「ニンファ!? どうしてここに!?」
「どうしてって、弟子の薬草店巡りだが」
「そうじゃなくて、どうして地下に私がいるってわかったの!?」
「見張りらしい男から聞き出したからねえ」
「よくそんな涼しい顔で……はぁ、ニンファだからか。とりあえずありがとう。あの臭いは最悪だったけど」
顔をしかめながらそうオネスタを見ながら、ニンファがけらけらと笑った。
「そっちの子たちがニンファの弟子? 助けてくれてありがとう。捕まって困ってたの」
「いえ、大したことしてないです。それよりどうしてこんなことになってるんですか?」
日本人風に謙遜したチェレスティーナがそう聞くと、オネスタは事情を話してくれた。
40bmあーんど100pt突破ありがとうございます! とってもとっても嬉しいです。
クラスメイトの数よりも多い人たちが私の小説を読んでくれてるんだなって思うとなんだか不思議な気分です。
それから誤字報告もありがとうございます。結構誤字してるんじゃないかなって不安なので見つけたらぜひ報告を!
これからもよろしくお願いします。




