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地税のせいで金欠気分に苛まれるなんて聞いてない!

 マルファンテ領の夏は短い。ひと月ほど暑くなれば次は秋がやってくる。冬も短く雪もあまり降らないので、一年を通して過ごしやすい気候と言えよう。


 それにしては住民もそれほど多いというわけではなく、経済も潤っているとは言い難いのだが、そこは触れてはいけないのである。間違っても領主の能力が低いからとか言ってはいけないのだ。


 とにかく、秋を迎えたチェレスティーナはもう既に上級ポーションまで完璧に習得し、せっせと開店資金を貯めていた。ちなみにリーアとエリデも中級までは習得し、売り上げを些少ながら開店資金に入れている。


 錬金術店を開きたい者のための講座が始まって必要資金がより明確に分かってきたので、目標金額を定めて頑張っている。


 のだが。


「あーもう、なんでこの領ってこんなに地税が高いの!?」


 ここ最近の悩みはそれである。


 マルファンテ領では、貸店舗で店を開く時は業種に関係なく家賃とは別に地税を領主に納めなければならない。店を買う時も、家代とは別に地税を納めることになっている。


 それはいいのだ。土地は元々貴族のものなので、それを借り受けたり一時的に所有したりすることで彼らに対して金銭を納めなければならないというのは納得できる。


 しかし。


「錬金術店だけ7ルッフェ2階建てでひと月中金貨3枚ってどういうこと!? 絶対おかしいでしょ!」


 ルッフェというのは面積の単位で、1ルッフェ大体1畳くらいの大きさを示す。


 つまり、7畳2階建ての一軒の店舗を借りるのに、ひと月中金貨を3枚も払わねばならないのである。それも錬金術店だけそんな暴利をむさぼられているらしい。


「そんな馬鹿なことがあるかぁああっ!」


 あるのである。残念なことに。


 7ルッフェというのは店を開くのにぎりぎりの広さだ。ポーションを数多く陳列するには大きな棚を使用するのが手っ取り早いので、棚がふたつは置けて人が通れるスペースを空けておく、という一般的な錬金術店にする場合7ルッフェは必須なのである。


 2階は丸々調合室にするつもりだ。というか7ルッフェに3人も快適に住めるとは思えない。調合室にしても素材を置くだけでかなりのスペースが圧迫されるので、本音を言えばもう少し広さが欲しいところなのだ。


 かといって店舗としても調合室としても余裕ができる10ルッフェにしようとすれば、地税はひと月に中金貨7枚を超える。チェレスティーナが色付きポーションをたくさん作れば払えないこともないのだが、それは材料費や家賃や生活費や利益を考えない場合である。

 そして普通の錬金術店は全ての売り上げを投げ打っても払えない。


「マルファンテ領に錬金術店が少ないのってそれもあるのよねぇ……」


 外に干していた洗濯物を取り込んできたリーアが呟く。


「ていうか錬金術師不足ってよりも錬金術店不足なんじゃないの?」

「錬金術師不足も間違ってはないんだけどね。現に納品数も減ってるし、全体的な質はどんどん落ちてるみたいだし」

「どうしよう、エディッタちゃんにこの領に錬金術店出すって言っちゃったよ!」


 行き場のない焦りと怒りで洗濯物を畳む手に力がこもり、畳んだのか丸めたのか分からない感じになってしまった。


「なんでそうなってるのか思い当たらないこともないけど……」


 大きな商会の娘だったリーアには多少の心当たりがあるらしいが、所詮後継ぎとは見做されていなかった身のため、詳しい事情は知らないらしい。


「マルファンテ領には上級貴族が出してる錬金術店があるのよ。貴族だから魔力はあるのかと思いきやその逆で、ないから錬金術師院に入れられたらしいわ。だから質は悪いし数もないしですぐ潰れそうになったの。

 でもそこはお貴族様の力でね、領主辺りに掛け合ったらしいのよ。自分たち以外の錬金術店の地税を上げろって。上級貴族からの頼みだから無碍にも出来なくて、結局上げられちゃったらしいわ」


 いや、めちゃくちゃ詳しいじゃん。知らないって言ったの誰?


 突っ込みたい気持ちが顔に出ていたのか、リーアに苦笑されてしまった。


「あらましを知ってるだけで、そこにどんなやり取りや交渉があったのかは知らないわ。相手が貴族じゃどうにもできないし、知らないのと一緒よ」


 ふぅん、と聞いていて、ある疑問が浮かんできた。


「ニンファさんは? 腕がいいのは分かってるけど、そんなにお客さん入ってないよね?」


 あの古ぼけた外見に『槍の選別』という店名、極め付きはニンファの接客態度。


 錬金術の腕という繁盛する要素を打ち消しにかかる負の要素に事欠かないあの店は、全くもって繁盛していなかった。地税に小金貨を何枚も払えそうには見えない。


「ああ、ニンファさんは錬金術店をやってはいるけど販促ルートは別にあるらしいわよ。それとね――」


 すっとリーアが声を潜め、耳を貸すように手をぱたぱたやる。


「ニンファさん、貴族にかなり太いパイプを持ってるみたいよ。弱みを握ってるとも言うけど。ファビア先生が、もし本当にギルニェーユで店を開くならニンファさんを頼りなさいって言ってたわ」


 つまり、貴族に掛け合って地税を下げてもらえるほどには凄い、ということである。しかも他人の店の分まで


「まああの眼力であの口調であの態度じゃあ当たり前だよね……」

「初対面で処罰されなきゃもうニンファさんの勝ちよねぇ……」


 見た目とは裏腹に老獪な雰囲気を醸し出すニンファに勝てるほど交渉上手で胆力のある貴族など、そういないに違いない。


「待って、それじゃあ今マルファンテ領にある錬金術店ってもしかしたら……」

「ほとんどがニンファさんの腹心かもしれないわね……」


 そしてニンファに認められるほど腕のない錬金術師はその店に納品している、ということか。


 うん、ニンファさん、怖すぎ。


 錬金術店を掌握しているということは、半ば医療を掌握していると言っても過言ではない。そしてマルファンテ領の錬金術店のほとんどはニンファに掌握されている……。


「「恐ろしい……」」


 というか、そんな現状では地税を上げてあるとはいえ税収はそれほど増えてはいないのではないだろうか。何せニンファが目を掛けている錬金術店のほとんどが地税を下げてもらっているのだ。


 一般の錬金術師への嫌がらせという意味では大成功だが、領地に必須の錬金術店に掛ける地税を上げて税収を増やすという意味では大失敗している。

 というか、そのせいで領地に必須の錬金術店の数が他領と比べて異常に少ないという事態に陥っているのだ。


「そういうことだったのかぁ……」


 エディッタの家に泊まっていた時に、領都に行ってポーションを買うために青年たちがお金を借りに来たことを思い出す。エディッタは確か錬金術師が年々その数を減らしているのだと説明していた気がするが、それだけではなかったということか。


「取りあえず春が近くなったらニンファさんに相談しに行きましょ」

「うん……」


 そうすれば少なくとも自分たちは無事錬金術店を開ける。しかし根本的な解決には至っていない。


「貴族相手に出来ることなんてないわよ。ニンファさんじゃあるまいし」


 リーアがそうやって慰めてくれるのにいつまでもぐじぐじ落ち込んでいるのも悪いので、気持ちを切り替えて洗濯物を一気に片付けることにする。


「あっ」

「え?」


 ワンピースのお尻の部分が擦り切れて穴が空いていた。



 錬金術師院が休みの月の日に買い物に行くことになった。特に用事のないリーアとエリデも一緒である。


 そろそろ頃合いかな、と思っていたので驚きはなかったのだが、如何せんあんな話をした後なので高いものを買う気にはなれない。例によってワンピース一択である。


「夏はもう終わり気味だし、長そでを買った方がいいと思いますよ。少し高いですけど」

「そうだ、チェレスってもしかして夏用の下着しか持ってないんじゃない? 冬用も買っておいた方がいいわよ」


 安いワンピースを買おうとしているのに何故か買うものが増えていく。これとこれとこれと、とリーアが次々と積み重ねていく。


「ま、待って、そんなにいるの!?」


 長袖の服がそんなにあっても困ると思ってストップをかけると、じとっとした目で見られた。


「いくら領都に雪が降らないからって冬は寒いわよ。コートを買うと高いし、重ね着して耐えるしかないんだから」


 なるほど、重ね着用だったらしい。多い時は5枚ほど着る時もあるという。


 なんか、着膨れしそう……。


 ちょっとは着膨れした方がいい体型なのにも関わらず、巡時代の癖でそう考えてしまうチェレスティーナであった。


「……一枚一枚はそれほどでもないのに、まとめて買うと高いなぁ……」


 古着屋に来ているので新品よりかなり安めになっているのだろうし、装飾のその字も見当たらないものを選んだので、それほど高くはないはずだ。しかしまとまると高い。


 リーアとエリデは実家から持ってきた分があるので買い足すだけで済むのだが、チェレスティーナはそうはいかない。エディッタと選んだものは全て春夏用だったので、このまま冬を迎えたらいくらマルファンテ領とはいえ凍え死んでしまう。


「私結構稼いでるはずなのに、全然実感ないよ……」


 本来は稼ぎの半分もあれば今よりもずっといい暮らしが出来るのだが、今は開店資金を貯めているせいでカツカツである。気分は完全に金欠だ。やりくりが大変である。


「錬金術店にそんなに地税がかかるなんて知りませんでした。商業ギルドに納める分は優遇措置が為されているのに、何故でしょう」


 あの場にいなかったエリデにリーアが説明すると、「そんな事情があったんですね」と驚いていた。


「絶対おかしい、おかしい、おかしいよー」


 いくら相手が上級貴族だからといっても、その存在だけであんなにも地税が上げられるなど、普通ならば絶対にありえない。しかしその辺りの事情は知ることが出来ないし、たとえ出来たとしても抗議など出来ない。


 領主が平民に好意的だといっても、それは貴族が整えた場で直答を許されるとか平民の意見が明らかに正しい時に貴族に非があると認めるとか、そんなものである。下手に抗議をすると領主に反目したと捉えられかねない。


「まあニンファさんに便宜を図ってもらえるようお願いしに行くんだから、そんなに愚痴を言わなくてもいいわよ」


 リーアの言う通り、ここで愚痴を言ってもどうにもならない。そんな暇があったら調合室を借りて一本でも多くポーションを作った方が建設的である。


「はぁ……」



 錬金術師院に戻ると、ファビアからニンファの伝言を伝えられた。この前売った中級ポーションの最終的な売値が決まったので、そこからニンファの利益を差し引いた仕入れ値を改めて払ってくれるそうだ。


「あの時は確か小金貨5枚を前金としてもらったんだっけ……え!? あれよりも仕入れ値が高くなるの!?」

「き、貴族に売ったんでしょうね……」

「それもかなり上位だと見ていいと思うわよ……」


 中級ポーションで一体どれだけぼったくったのだろうか。ニンファが仕入れ値ぎりぎりで売るとは思えないので、かなりの金額を提示したはずだ。


「て、適正価格とかないのかしらね……」


 大きな商会の娘であるリーアですら引いている。もちろん利益をしっかり確保できるよう出来るだけいい値段をつけるのが普通だが、そもそも普通の中級ポーションは小金貨1枚もしない。よほどの品質でないと大銀貨も難しいだろう。


 それなのに、仕入れ値だけで小金貨5枚を確実に超えるのだ。中級ポーションで。


 うーん、なんか、やばいのかなぁ、私のポーション。


 ポーションの相場にそれほど通じているわけでもなく、元々の天然さも相まって、チェレスティーナはそんな曖昧な認識しか抱かないまま『槍の選別』への道を歩いた。



 『槍の選別』は相変わらず一般人を寄せ付けない外見で大通りの端に立っていた。ぎぎっと軋むドアを開けると、これまた変わらず埃っぽい匂いと所狭しと並べられたポーションがチェレスティーナたちを出迎える。


「ああ、あんたたちか。この前のポーションの残りの報酬を渡すんだったね。ちょっと待ってな」


 調合をしていたらしいニンファは、手早くきりをつけて革袋を持ってきた。


「小金貨5枚渡したんだっけ? それじゃああと中金貨1枚と小金貨3枚だね。ほれ」


 ちゃりんちゃりん、ときらきら光る硬貨が掌に落ちる。渡し方が少々ぞんざいなので落とさないように受け取るのも大変だ。


「……ええと、結局いくらで売ったんですか?」

「中金貨4枚と小金貨8枚さ。本当は中金貨5枚にさせようかと思ったけど、まあそこは情けだね」


 恐ろしい額で売ったようだ。中金貨など普通に平民として生きていればまず見ることはない。ちらっとも、だ。


 まあ錬金術店を開けば嫌でも払うことになるんだけどさ。


 買い物の時の会話を思い出して心なしかずーん、となる。同じことを思い出したのか、リーアもずーん、となっていた。


「ニンファさん、お願いがあるんですけど」

「なんだい?」


 ずーん、とならなかったエリデはニンファに便宜を図ってもらえるよう交渉する姿勢に入った。やはり年上は頼りになる。


「あの、錬金術店を出すときに地税について便宜を図ってほしくて……」


 それを聞いたニンファは目を瞬き、突然笑い出した。


「ああ、そのことかい! 偶然だね、私もその話をしようと思ってたんだよ」


 そうしてひとしきり笑うと、真剣な顔になって事のあらましを説明してくれた。


 地税が上がったことに関してはリーアが話していたことと大した違いはなかった。なぜ領主が断れなかったのかといえば、重用している文官の実家からの要求だったかららしい。通さなければ派閥から抜けるし文官もやめさせる、と脅されて仕方なく通したそうだ。


 ここからが重要なのだが、ニンファが今回チェレスティーナの作ったポーションを持って行ったのは要求した実家の上級貴族だったのだ。そして魔力持ちに特殊な症状が出る流行り病に罹っていたのは、なんと腕が悪い錬金術師でもある長男だったという。


「長男だから家を継ぐまでは好きにやらせようってやってたらしいがね、そいつの作ったポーションはどれも流行り病に効きやしなかったのさ。そんで錬金術店をやってる手前他の店で買うわけにもいかないだろ? にっちもさっちも行かずに困ってたとこに私が行ったんだ」


 流行り病は別に生死に関わる病気ではないが、魔力持ちは魔力を扱いづらくなるらしい。それでは貴族は困るだろう。


「ちょっと脅したらすぐに陥落して、さっき言った値段で買い取ったんだよ。値引きしたのはあれさ、情けと言っても間違いじゃないが、本当は地税をもとに戻してもらうよう進言しろって要求した分さね」


 つまり、ニンファはその貴族に、ポーションを値引きする代わりに領主に地税を元に戻すよう自ら進言するよう脅してきたらしい。


「すぐに元に戻るとは思わないが、あんたたちが卒業する春には必ず戻ってるよ。私が便宜を図るまでもなくね」


 ニンファの手腕が鮮やかすぎる。惜しみなく拍手を送りたいくらいだ。


「すごいわ、ニンファさん。ありがとう」

「これでもったいない地税を払わなくて済みます」

「マルファンテ領に錬金術店が増えます! 本当にありがとうございます!」


 三者三様にお礼を言うと、ニンファは苦笑した。


「チェレス、あんたの規格外のポーションがなけりゃこうは行かなかったよ。色付きポーションってのは、貴族が何を譲ってもひとつは欲しいものだからね」


 ニンファの上級ポーションでも治せなくはないのだが、やはり特別感がない。きっちりとその価値に見合う金銭と地税に関する進言を認めさせるために、ニンファはわざわざ中級ポーションだということを隠したのだ。色付きポーションが長らく調合されていない今、中級ポーションだと分かれば足元を見てくるに決まっているので。


 もちろん効き目は上級ポーションに迫るほどだったので、その上級貴族も何の疑問も抱かずに払った。上級ポーションだとしても高すぎるが、それはニンファの交渉術様様である。


「店を開くつもりなら私も色々と助言できるよ。なに、こんな客がめったに来ない店にはしないさ、大丈夫」


 『槍の選別』の店内を見回して不安そうな顔になった3人に苦笑するニンファ。あまり信用がないが、かなりのお金持ちなことからも分かるように、手腕は凄いのだ。ただ店を真面目に経営する気がないだけで。


「地税のことだけで感謝感激なんですけど、また聞きたいことが出来たら聞きに来ます」

「ああ、いつでもおいで」


 初対面とは打って変わって、やわらかい表情で送り出された3人。


「……確かに槍の選別です」


 最初は難関だが、その後は頼りになる。


 エリデの言に深くうなずくチェレスティーナとリーアであった。

祝・30bm! ありがとうございます!

それと、しばらく隔日投稿になります。よろしくお願いします。

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