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92話


 蒼白な顔をした巨躯の武人が、俺の前でひざまずいていた。

 額に血が滲むほど何度も頭を地面に叩きつけるもんで、流石にそれを止めさせる。


「我が長子、馬超の反乱、この命をもってしても償えるものではありませんっ」


「もう良いから、馬騰殿。別に気にしてない。馬超は一族の中でも相当な変わり者だと聞いている。それよりもこれは馬超単独の行動だと、いち早く豪族らに弁明を伝えたその功績を評価する」


「しかし、奴は匈奴からも兵を連れ出し、韓遂まで加担していると……」


「軍議を開く。馬騰殿も来られよ」



 集まった武官は主だった将軍、参謀、全員である。

 張済だけは現地で豪族の離反を警戒し目を光らせている為、不在になっていた。


 丁原や徐栄だけでなく、新たに漢王朝に属した白波賊の頭領達も多い。

 そんな血の気の多い将軍達の中でも、最も上座に座るのがこの俺だってんだから、不思議なもんだ。


「馬騰殿、早速だが兵の規模を改めて聞かせてくれ」


「……匈奴を含めた、涼州最北の豪族が一斉に蜂起。その規模は四万。頭首は、馬超。しかし奴にこの様な芸当が出来る訳もない。恐らく陰で兵を動かすのは、韓遂」


「あぁ、賈詡の間者からも韓遂が動いているのは間違いないと情報が入っている」


 将軍達がざわつき、馬騰の顔色がどんどん暗くなる。

 以前は韓遂を取り逃し、長子が敵に担がれ、相当な責任を感じてるんだろう。

 とはいえ、慰めたところで敵がいなくなるわけでもない。


「荀攸、こちらが出せる兵力は」


「兵糧が足りません。長安からは最大でも一万しか動員できません。あとは涼州の豪族らに出兵させて、併せて三万に届くかどうか」


「長期戦も出来ないなら、こちらから迎え撃って、迅速に排除しないといけないのか」


「しかし、野戦は匈奴兵の独壇場でしょう」


 幼い頃から馬に乗り、狩りをしてきた騎馬民族だ。

 野戦では決して勝つことが出来ない。だからこそ万里の長城が築かれたんだ。

 異民族から攻められることを防ぐために、膨大な労力を割いてきた。


 さて、この逸早く訪れた「潼関の戦い」をどうするか。


「董承」


「はい、ここに」


「長安はお前に任せる。副将に徐栄、丁原、楊奉を付ける。それと、賈詡」


「はっ」


「お前も長安に残ってくれ。袁紹のことだ、謀略の手を広げているだろう。それに目を光らせてくれ。処置は一任する」


「御意」


「馬騰」


「私に、先鋒をお命じ下さい。我らが一族の手で、息子の首を斬り、陛下にお詫びし、処分を待ちます」


「その意気や良し。ただ、馬超は欲しい。あの武勇と名声は役に立つ。しかし韓遂をもう二度と逃す事は許さん」


「肝に銘じます」


「徐晃、荀攸」


「ハッ」


「ここに」


「馬騰と共に兵を編成せよ。軍に伴う将兵をお前らで調整するんだ。歩兵と騎兵の割合は、七対三」


「御意」


 燻っていた火種が、ついに炎を吐こうとしていた。

 曹操もすぐに呂布との戦に向かい、孫策も父の敵である劉表配下の黄祖を攻める素振りを見せている。

 袁紹も袁術も新たな王朝を築き、自分こそがこの天下の覇者だと名乗りを挙げんとしていた。


 俺と韓遂の衝突で、その火ぶたは切って落とされる。間違いなく。



「この戦で匈奴を叩く。一度では終わらない。抵抗する限り、何度もだ。そうして西方を完全に抑え、騎兵を蓄え、一気に中原を飲み込む。漢王朝の再興は、この一戦より歩み始めると心得よ!」





「スゲェな、兵がどんどんと集まってくる」


「俺じゃない。お前の名前の力が強かったんだ。全く、どこをどうほっつき歩いたら、こんなに慕われるんだか」


「強い奴と戦って、勝ったら飯を奢ってもらって、そんな毎日だった」


 これから大戦が始まるというのに、馬超は全く気楽なもんで、集まってくる族長らと酒盛りをする毎日だ。

 しかし、まぁ、これでいい。兵を指揮する者というのは、これくらいがいい。

 汚い役目は全て自分が担えば、馬超は益々、西涼の英雄として輝きを増すのだ。


「報告です! 長安より、劉協軍が兵を進発させました! 涼州の豪族の兵と合わせると、その数は三万! 先鋒は馬騰の一族です!」


「ほぅ、親父は処刑されてなかったのか」


「劉協はそういう男ではない。想定通りだ。しかし……兵力が少なすぎるな」


 こちらと同数か、それ以上の兵は出してくるものだとばかり考えていた。

 兵糧を削ることを文官が渋ったのだろうか。そういえば、皇帝の劉弁は文治派の人間だと聞く。


 いや、しかし戦に関しては劉協の発言が絶対だ。


「まぁ、兵が少ない分は別に良い。むしろ歓迎すべきか」


「しかし、勝てるか? 兵数が劣っていても、今まで多くの戦で勝利を掴んだ『劉協』の名は、天下に轟いている。こっちの兵にも、いくらか怯えが見える」


「俺もいくつか謀略は既に仕掛けている。しかし、もうそれには頼らん。奴を倒すには正面から叩き伏せるしかない。俺の小細工は、おまけだと思え。勝負を決めるのはお前次第だ」


「良いね、分かりやすい」


 馬超は楽しそうに笑うと、再び宴会の為、幕舎を後にした。


 残るのは伝令の兵と、韓遂のみ。



「人質は、集まったか」


「はっ。張済の手が及び、全てとまではいきませんでしたが、主だった者は」


「よし」


 兵は一礼し、去っていく。


 全力は尽くした。

 あとは、天に勝敗を委ねる。いや、勝ち負けは重要じゃない。


 勝つまで、何度だって賽を投げてやるのが、俺の戦だ。



 韓遂は冷えた瞳で、酒を煽った。




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