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89話


 曹操はこの交渉の「益」を、劉協の中に見出そうと思っていた。

 王朝は董卓によって権威を失したといえど、儒家じゅかや一部の名士の中では依然とした輝きを放っている。


 例えば、第一の参謀である「荀彧じゅんいく」もその一人である。

 豫州最大の名士の出身で、熱心な儒家でもある系譜。

 曹操に従うのも、この英雄こそが乱世を治め、漢室を立て直すと見たからである。


 こういう人間が、まだ中華には残っていた。

 使い方次第である。益になるなら使い、害になるなら滅ぼす。


 無能な人間が未だ王朝を蝕んでいるとしたら、近づくには早計である。

 しかし、この「英雄」の器量次第では、これ以上ない「益」となるかもしれない。



「では、殿下。本題に入りましょう。殿下の唱えるその『同盟』は、果たして何を成すのか」


「こちらの最大の目的は『袁家に対抗する勢力』を手にしたい、ということ。実質、袁家に取り込まれていないのは、呂布、孫策、そして曹操。ただ、呂布と曹操が手を結ぶことは考えづらく、それならばと、お前を選んだ」


「光栄な話ではありますが、同盟を結び、我らにどのような得があるか。袁家とは完全に決裂、四方より一斉に攻められれば、例え殿下が援軍を派遣したところでひとたまりもない」


「しかし、はっきりと朝廷に付くことになる。立場を曖昧にするよりは、よっぽど世間の目は良いだろう。それに袁家との決裂など、同盟は関係なく起こり得る」


「ふっ。殿下は私を、地獄の供になさる心づもりか」


「これ以上にない、心強い供だと思っているぞ。じゃあ、逆に聞こう。曹操、お前の望みだ。何があれば、こちらに付く」


 曹操が見ているのは、現実だ。俺とは真逆の視点だろう。

 現実を見て、乱世をどう治めるか、その為にどう動くか。

 それに徹底した人間だと思う。


 どうも俺のペースにも乗ってこないし、やりにくい相手だなぁ。



「では、三つほど。一つ、兵糧の供出。二つ、河内郡、洛陽を含む河南尹、河東郡の割譲。三つ、陛下に近しい親族を一人。これならば、こちらも危険を背負うことが出来る」



 明らかに、傍に控える荀攸の顔に怒りの色が浮かぶのが見えた。

 これが董承であったら、間違いなく即座に殴りかかっているだろう。


 それほどまでに厚かましい条件だった。



 兵糧は、豊かな土地である関中が治まりつつあるとはいえ、他所にやる程の余力はない。

 州境の守備兵に使う兵糧をまかなうだけで精いっぱいだ。

 それに、これから涼州を完全に治め、異民族との戦も視野に入れれば、全然足りないのが現状である。


 そして二つ目だが、洛陽周辺の地域一帯を寄越せということ。

 今現在は、洛陽は焼失したままだが、その支配権は朝廷にあることになっている。

 とはいえ、実効的に支配している者は居らず、豪族や賊が多いのが現状である。


 だから、まだ河内は譲れる。こっちも領しているとは言えない状況だし。

 洛陽も、漢王朝の歴史ある都ではあるが、譲れない訳ではない。


 しかし、河東郡だけは無理だ。ここは完全にこちらの支配域で、白波賊の故郷ともなる土地である。

 今の朝廷の軍は、涼州軍と白波賊で成り立っている。飲めない条件であった。


 そして最後、これが何を意味するか。


 劉弁の親族と言えば、弟である俺くらいなもの。それにまだ劉弁には子が無い。

 そんな中で差し出せる人質は、まぁ、俺だけだな。



 恐らく曹操も、これを全部飲んでもらおうとは思ってはいないだろう。

 こちらがどれだけ踏み込んで来れるか、それを計っている。


 交渉の行方も、それ次第だ。


 決して飲めない条件を、どこまで、飲み込めるのか。


「兵糧は、こっちだって余力はない。だが、努力はしよう。詳細に関しては重臣に聞かないと分からんが。領土は、河東郡だけは飲めない。それ以外なら、俺が陛下を説得しよう。そんで三つ目だが、俺は人質になるつもりはない」


「飲めないものが多すぎますな」


「洛陽まで持ってって、まだ贅沢言うのかよ。じゃあ、大将軍の官爵も追加だ。これで、自由に軍を動かせる大義名分が立つだろ?」


「……余計に袁紹の気を逆撫でするだけでしょう」



 話は平行線である。

 どちらが主導権を握るか。


 ここで折れれば、漢王朝は史実の様に、曹操に牛耳られる可能性も出てくる。


 いや、間違いなくそうなるな。



「あー……疲れたなぁ。頭を使うのは」


 突拍子もなく、俺はそう呟いて、大欠伸をかます。

 これが、皇太子の少年だって言うんだから、典韋も郭嘉も、不思議そうにしていた。


 曹操はこの俺を知ってるから、相変わらず呆れるだけだが。


「なぁ、曹操。久しぶりに手合わせしてくれ、ちゃんとお前が置いてった木刀、持ってきてるからさ」


「何をいきなり……」


「お互い、譲れないもんが増えたなと思ってな。自分じゃない人間の事まで、考えなくちゃならん」


「まぁ、歳を取るとは、そういう事でしょう」


「負けた方が、主導権を譲る。それで良いだろ」


「良いのですか?」


 振り向いちゃだめだ。きっと荀攸も楊奉も鬼みたいな顔してる。

 でも、俺も曹操も退くに退けないのだ。


 間違いなく、互いに同盟を結びたいとは思っている。

 味方が増えるに越したことはないからな。


 ただ、落としどころだ。

 どちらも厳しい情勢が故に、それが中々決まらない。



「俺が勝てば、兵糧供出量の裁量権は九割こっち。割譲する領土は河内のみ。人質は逆にそっちが出す、それで良いか?」


「私が勝てば、全ての条件を飲んだうえで、大将軍の称号を袁紹にお与え下さい」


「うわ、何か増えた。それ袁紹に喧嘩売れってことじゃん。まぁ、いっか、それは今更だな」



 荀攸の顔は敢えて見てないけど、郭嘉もまた、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 曹操がこっちのペースに乗ってきたのだ。それを感じているんだろう。


 互いに、無茶な主君を持ったなと、二人の軍師が溜息を吐いたことを、当人二人は知る由もない。



 そして、日も高いお昼時。

 俺と曹操は六年前と同じく、外に出て、木刀を握った。




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