8話
歴史ジャンル日間1位、本当にありがとうございます!
読者の皆様には感謝感激雨嵐。蒼天既に死す黄天当に立つべし(ぇ
これからもよろしくお願いしますっ。
コメントもどしどしお待ちしております!
生意気なガキを滅多打ちにした後、曹操は清々しい気分で馬を駆けさせていた。
既に「漢」の血は、宦官と外戚の政争で腐りきり、滅びゆくだけのものだと思っていたのだ。
しかし、あの小僧は中々に見どころがある。
まだ十にも満たない年齢で、皇帝の弟という身分ながら、剣を学びたいと言われた時は心が震えたものだった。
実際に相見えると、ただの馬鹿なガキだと思ったが、これが中々に根性がある。
もう初日で稽古を逃げ出すと高をくくっていたのに、なんだかんだ言いながら、毎日ちゃんと剣を振るうのだ。
それに、軍人である自分に対して、剣を振るう勢いに一切の躊躇が無い。
平穏な世界でぬくぬくと育って来た人間には出来ない太刀筋。殺意を込めた剣。
しかも、木刀で斬られることに一切の恐れを抱かず、敵を叩き斬る事だけを考えている。
逸材だった。
狂ってると、言ってもいい。
戦において最も強い人間は、自分の命を顧みない者だ。
どんな生き方をすれば、あそこまで「死」と隣り合わせな剣となるのだろうか。
あと数年もすればきっと。
そういう可能性を秘めているガキだった。
「生まれながらにして、乱世に生きる性を背負うか。果たして、化けるか、それとも馬鹿として死ぬか」
運命は自分で切り開くものである。
死ぬのなら、別にそれでもいい。
ただ、斬り開く為の「剣」は、一通り教えてやった。
後は早く戦場に出て、人を殺す事だな。
そうして乱世に大樹が芽吹くのだ。数多の血を吸い上げながら。
「……ん?」
街を行き交う兵士の数が、異様に多かった。
曹操は彼らを率いる西園八校尉の一人である。
しかし、これから兵の出動があるなど聞いていない。
「おぉ! 曹操ではないか!」
「袁紹殿……これは、どういうことですかな」
「ついに時が来たということだ。汚らわしき宦官の手から、実権を取り戻す素晴らしき日が」
「私も宦官の出自ですが」
「お前は別だよ、我が友よ。さぁ、剣を手に取れ。兵に号令せよ──何進大将軍の仇を取れ、とな」
「っ!?」
袁紹が怪しげに笑う。
思わず、曹操は袁紹の胸倉を掴み、締め上げていた。
しかし、袁紹の立派な体格は、ビクとも揺るがない。
「一体どういうことだ!?」
「大将軍は皇太后様に呼ばれて、一人で後宮へ向かわれた。そして後宮から出てきた将軍の姿は、首だけであった」
「貴様ッ、何故忠告しなかった! こうなることは分かっていたはずだろう!?」
「何を勘違いしている。全て、私の計画通りだ。肉屋上がりの何進に取り入ったのも、宦官に情報を流して危機感を煽ったのも、何進に護衛も付かせず後宮へ送ったのも。全て、宦官を根絶やしにする為の、私の策だ」
そもそも、何進の策は生ぬるい。
袁紹は曹操の手を振りほどき、身なりを整えながら溜息を吐いた。
何進と袁紹は、宦官の排除という目的こそ同じであったが、何進は十常侍のみを排除できればいいと考えていた。
袁紹は宦官という人種の皆殺しを推している立場だった。
例え十常侍を廃したところで、新たな十常侍が生まれるだけである。
それがこの国の仕組みだからだといくら袁紹が言ったところで、堅実な何進は首を縦に振らなかった。
「この場で斬り伏せてくれる……」
「ふん、そもそもお前が有益な十常侍の情報でも拾ってくれば、他にも打つ手はあった。もう、袁術が既に後宮を取り囲んでいる。止まることは無いし、時間も戻らん。それより、共に剣を取ろうではないか。これでも私は、お前を買っているのだ」
袁紹は、代々、国政の頂点に立ってきた名門中の名門「袁」家の出自だった。
しかしここ近年、その実権は宦官に奪われ、何進の様に外戚というだけで高官になる人間も多かった。
これを、袁紹は許せなかった。
国家を治めるのは、名門の血筋である自分だ、という自負を強く持っていた。
いや、既にこの国を自分の物だと、本気で思っている節があった。
だからこそ平気で人を捨て駒に出来るのだ。どんな汚い手でも打てる。
最も効率よく、最少の被害で、成功を掴む。
それが、この袁紹という男の、底知れない恐ろしさでもある。
「曹操、お前はここで黙って見ておくか? ん?」
「まずは陛下と陳留王殿下、皇太后様をお救いする。その順番だけは忘れるな」
「ははっ、勿論だ。共に戦えて嬉しいぞ、友よ」
☆
広がる光景は、まさに地獄の様であった。
後宮は燃え盛り、雪崩れ込んだ兵士は宦官を一人残らず殺し尽くす。
宦官ではない侍女や役人はその場で裸になり、辺りを逃げ回っていた。
「憎しみで目が曇ったな、袁紹は。火をつければ、それだけ混乱も大きくなるだろうが」
袁紹や袁術は、嬉々として指揮を振るい、自らの剣でもって宦官を殺している。
流石に付き合ってられなかった。
曹操は旗下の兵を呼ぶ。
「騎兵は何人集まっている」
「およそ三十騎ほど。全て精兵です」
「歩兵は後宮をくまなく探して、陛下を見つけ出せ」
「皇太后様は既に保護しておりますが、陛下、ならびに殿下の姿がありません。十常侍が郊外へ連れ出したと言う話も御座います」
「私が騎兵を指揮してそれを追う。宦官に構うな、陛下を救い出せ」
「ハッ」
あのガキの姿も無かった。
劉弁と劉協が死ねば、間違いなくこの国は終わる。
待ち受けるのは、混沌とした戦乱の時代。それだけは何としてでも避けなければ。
人が死に過ぎる悲惨な時代を生きるのは、誰にとっても苦痛でしかない。
「とにかく駆けるぞ。遅れるものは置いていく。陛下を、殿下をお救いする」
曹操は騎兵を三隊に分け、阿鼻叫喚の後宮から飛び出した。
☆
張譲はとにかく馬を走らせた。
散り散りになった他の十常侍の面々は、恐らく今頃、捕えられるか、殺されるかしているだろう。
それもそのはずで、張譲は仲間を完全に囮としてしか見ていなかったのだ。
自分が生き残る為なら、いくらでも仲間の命を売れる。
いや、そもそも、仲間なんて思ったことすら無かった。
「はぁ、はぁっ……もう少しだ。あの御方が、待っているっ」
遠くに見えたのは「董」と書かれた旗と、屈強な騎馬軍団。
あれこそ、張譲が目指していた場所。
西涼の雄。百戦百勝の将軍「董卓」の野営地点だった。
「や、やっと着いた。へへっ、わ、私の勝ちだ」
張譲は予め、この董卓と密約を交わしていたのだ。
皇帝を連れて、引き渡してくれさえすれば、張譲の後ろ盾となりその栄華を尽きさせぬほど味合わせてやる、と。
陳留王は完全におまけであるが、道中で皇帝が死んだりした際の保険には使える程度の価値ならあった。
「董卓将軍! 私です! 約束通り連れてきた、だ、だから助けてくれ!」
兵を割って現れたのは、人並外れた巨躯の男だった。
その乗っている馬もまた、規格外の大きさである。
これが、董卓。
張譲は喜びに打ち震える。
これほどの強者であれば、例え袁紹を始めとした西園八校尉のやつらでも、武力で押さえつけられると。
後ろ盾として、これほど心強い男も居なかった。
「お前が張譲か」
低く、恐ろしい声である。
張譲は慌ててその場に跪き、董卓に何度も、お助け下さいと懇願して見せる。
懇願している様で、内心は見下していた。
所詮は僻地の田舎将軍なのだ。自分の手足としてこれから、存分に働いてもらおうと、喉奥でくつくつと笑う。
「張譲、お前に、勅命だ」
「へ? 勅命、ですと?」
今、勅命を出せる皇帝の劉弁は、荷台の中。皇太后は、この密約の事を知らないはずである。
「太皇太后様の命により、罪人、張譲を処刑する。首は罪人として天高く掲げ、市中に晒そう」
「ひ、ひぃ。な、何故だ! 約束は守ったではないか!!」
「ゴミとの約束など、人間が守るわけないだろう。ましてや俺は、董卓だ」
董卓が槍を振るうと、張譲の首が一瞬で弾け飛んだ。
落ちた頭を兵が拾い上げ、董卓に手渡す。
「駄目だな。俺が殺すとすぐに顔が崩れる。まぁ、いい」
張譲の首は「董」の旗の先に、高々と掲げられた。
・西涼
中国の西方に位置する土地。僻地。涼州のこと。
匈奴などの異民族の流入も多く、騎馬民族が暮らしている土地。
最も治安が悪い土地でもあり、乱が多発していた。
・董卓
涼州、并州地方で異民族の討伐を行い、百戦百勝を挙げた将軍。
十常侍の乱に乗じて劉弁、劉協を保護し、国政を掌握した。
私利私欲に権力を専横し、帝位までも好きに操ったことで、漢王朝は実質的に滅亡する。




