表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/94

88話


 連れているのは十数人の兵士と、楊奉、荀攸のみ。


 まさか、書簡を送って間もない内に、直接俺が向かっているとは思わないだろう。


 勿論、荀攸らには馬鹿ほど反対されたけど、この同盟だけはどうしても成立させる必要がある。

 戦も交渉も、相手がありきの争いに変わりはない。

 曹操の意表を突き、無理やりにでもこちらの主張をねじ込まなければならない。


 普通に密約を結ぼうとするだけならば、曹操は聞かなかったことにして受け流すだろう。

 袁紹から、無駄な事で揚げ足を取られたくないからだ。

 今は、曹操も袁紹も、互いにぶつかり合う未来を見据えており、下手な手は打てない。


 そこに、入り込んでいけるだろうか。


 少しでも歯車が狂えば、曹操がこちらへ攻め込んでくることもあり得るし、その逆も然り。

 そしてそのぶつかり合いで、歴戦の兵揃いである曹操軍に勝てるビジョンは、俺にはない。



「荀攸、交渉は上手くいくだろうか」


「漢室への忠義の厚い叔父上が同席してくれるならば、間違いなく上手くいくでしょう。家臣では最も重用され、その発言の全てを曹操は受け入れるといいます。ただ、それを理解し、敢えて同席は避けるでしょう。そうなれば交渉も難航します」


「曹操は今、呂布とは戦争状態。袁紹からの圧力も強まり、劉表も同様だ。袁術も、直接動こうと思えば動ける位置に居る。味方は欲しいはずだと思うんだが」


「それが、益になる味方ならば良し。しかし、足を引っ張る様なら必要ない。我らは朝廷という立場であり、これが曹操にとって益になるかどうか」


「ただの群雄って立場だったら、もっとうまく交渉できるってわけか。難しいねぇ」



 門が開き、大柄の武将がこちらへ進み出て、一礼をする。


「典韋が殿下に拝謁いたします。たった今、殿より面会の許可が下りました。どうぞこちらへ」


「分かった」


 交渉が上手くいかなければ、俺はこの門から出る事はあるまい。

 なんて暢気に考えながら、典韋、楊奉に続いて、城内へと入った。





「久しいな、曹操」


「お元気そうで何よりです。十常侍の乱、それ以来になりますか」


「6、7年前だな」


「目まぐるしき日々でした。殿下に置かれては、想像を絶する険しき日々だったことかと」


「まだ終わってないぞ、険しき日々は」


 俺と曹操が向かい合って座る。


 曹操の傍らには、目つきの鋭い青年、郭嘉と、大柄の武将である典韋が侍っていた。

 俺の側に侍るのは、荀攸と楊奉である。


 相変わらず小柄だが、その気迫で押し潰されそうだった。

 これが曹操か。まさに今、飛躍の時を得んとしている英雄の姿。


 こうして向かい合っているだけでも、息が切れそうなほどの圧力があった。


「それで、何故、単身で来られたのですか? 一報を下されば出迎えの準備も出来たのですが」


「お前に配慮した。袁紹にもし情報が洩れてみろ、睨まれるのはお前だろ? むしろ礼を言って欲しいくらいだ」


「あのですなぁ……それが分かっていれば、こうして直接乗り込むこと自体が迷惑であると、どうして分からないのですか。その無鉄砲さは昔より更に、磨きがかかっているのですな」


「え、褒められてる?」


「呆れているのです」


 昔、ボコボコに打ち据えられているせいか、体が曹操の一挙一動に対して、やけに怯えているのが分かる。

 とりあえず落ち着いて、茶でも一服。ふぅ。



「殿下には申し訳ないのですが、私は今、兗州牧としてこの地を守る為、非常に忙しい身です。あまり構っていられません、お引き取りを」


「同盟の話だ。その話をするために、勅命ではなく、皇太子である俺が自ら、危険を推して乗り込んだ。意味は分かるな?」


「勅命としてお命じ下されば、それなりの返答は致しますが」


「袁紹に気遣って、のらりくらりと躱すだけだろ」


 一歩も退かない。退けない。

 これもまた、一騎打ちだ。ただ、腕力が必要ない分、歴史を知る俺に分がある。


 何度も自分にそう言い聞かせ、言葉を続けた。


「袁紹は既に公然と、劉虞の長子、劉和りゅうかを担ぎ、新たな漢王朝を打ち立てようと準備している。袁術も、どこから拾ったか知らんが、秦王朝時代の『玉璽』を手に入れ、自らが即位しようとしているとか。曹操、お前はこれを許せるか? 劉弁はまだ、死んじゃいないんだぞ?」


「まだ不確かな情報でしょう。無暗に断定すれば、それこそ戦禍のもとになります」


「だから、ここは状況を見守り、帰れと」


「左様。申し訳ございませんが」


「このまま返すのか?」


「と、いうと」



「……長安に戻る前に、徐州に立ち寄ろうかなと、ね。それに、甘く見てるかもしれないが、こっちはすでに涼州を抑えた。兵を繰り出すだけの余裕もある」


「それは、脅しですか?」


「いいや、交渉だ」



 確かに曹操は強い。

 青州では百万の黄巾の残党を打倒し、その用兵の巧みさ、兵の精強さは全土に知れ渡っている。


 しかし、涼州騎馬兵の強さは、反董卓連合に参加したことのある諸将なら、嫌というほど身に染みているだろう。

 こっちもタダで命を賭けてるわけじゃない。死ぬまで、抗うことくらいは出来る。


 呂布を相手にしながら、決死の涼州軍も抑えられるか。

 こっちは、相打ち覚悟で良いが、お前はそういうわけにもいくまい。


「やっと、俺の目を見てくれたな、曹操」


「なるほど、ただ博打に勝った、そういうわけではなさそうですな」



 互いに悪びれもせず、昔の様に、子供の様に、笑った。




面白かったらブクマ、評価、どうぞよろしくお願いします。


それでは、また次回!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ