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85話


 こうして長い間、余計な情報も無く、久々にのびのびと「未来」を考える余裕が生まれた。

 朝廷が機能し、荀攸や賈詡を始めとした優秀な参謀も多い。

 目先の事は必ず、彼らが導き出す。


 俺がやるべきは「英雄」と呼ばれる今、その役割を果たす事。

 大きな目標を掲げ、皆を導く「物語」の筋書きを描く事。


 例えば散々、俺と劉弁が言うのは「漢室の再興」である。

 強き「漢」をもう一度。それが至上命題だ。

 ただ、これはあくまで「目標」であり、ここに熱意を傾けてくれるのは熱心な忠臣のみ。


 忠臣以外の、多くの人間の夢を巻き込むような「物語」が、今の漢室には足りない。

 例えば董卓は「強き人間が、常に天下を支配する世界」という物語を掲げていた。


 弱肉強食の世界を生きてきた涼州の人間や、決して日の目を見なかった奴隷層の人間は、その大いなるチャンスが溢れるこの物語に歓喜した。

 ただ、結局はかつての支配層、俗にいう「名士」と呼ばれる層の猛反発を受け、董卓は摩耗していった。


 袁紹や袁術は逆に、そういった名士層に向けた「正しき秩序の取り戻された世界」を高らかにうたっている。

 今持つ利権や特権階級を保護する、そういった上位階級に向けた、董卓とは真逆の世界。


 呂布は「天下を自由に駆ける最強の軍を」。これは間違いなく、誇り高く、自由を求める冒険者の為の物語。


 そして、曹操は「才のある人間が正しく評価される天下」を求める物語を描く。

 これで曹操の下には、不遇に喘ぐ才人の多くが続々と集まっていた。


 じゃあ、朝廷は何を。「正当性」以外で、人々の心を掴むための、物語とは。

 きっと今、これを描ける馬鹿な人間は、俺以外にはいないだろう。良くも悪くも、あまりに目立っているから。

 馬鹿が「物語」を掲げ、それに付き従う人間が、物語を現実にする。


 そうやって「漢室再興」は、夢物語から、現実のものになる。



「殿下、軍議の準備が整いました」


「すぐ行く」


 席を立ち、小さな一室へ入ると、そこに並ぶのは荀攸と賈詡の二人。

 俺は上座へと通され席に着く。二人はそれを見届け、同じように腰を下ろした。


「馬騰や董承も来ると思ってたが、違うんだな」


「お二方が来れば、話が大きく、現実味のあるものとなってしまいます。本日はあくまで、現実的かどうかを重視しない、今後の戦略についてですので」


 荀攸は淡々とそう言い、机の中央に広げられる地図のしわを伸ばす。


「現在、長安周辺、そして涼州の半域程は実効的に収まっております。鍾繇しょうよう殿いわく、急に全域を見るには兵が少なく不安定な為、まずは足場から固めていくとのことです」


「まぁ、韓遂が居ない今、大きい反乱はないだろう。ここは鍾繇と張済に任せよう。異民族が大挙して混乱を狙う様であったら、馬騰に向かってもらう」


「問題は、やはり中原。袁兄弟でしょう」


 次に口を開いたのは、難しそうに目を細める賈詡である。

 北方の冀州、南方の揚州にそれぞれ大きな駒を一つずつ置いた。


「彼らの朝廷への反感は日を増すごとに高まっています。それぞれ、この漢王朝に取って代わる何かを考えているのでしょう。新王朝の樹立、それを実行出来る基盤と名声は、既に揃っています」


 史実では、確かに袁術は自ら「仲」王朝の樹立を宣言し、皇帝を自称した。

 しかし、袁紹はそのような手段には及ばなかったはずだ。


 今の漢王朝が自力で立ち直り始めている。

 それが、何やら大きく動き始めているのだろうか。


「何か、情報は掴んでいるのか?」


「袁術は何か裏で動いてはいますが、それが何かは掴めていません。しかし、袁紹は間違いなく『正統な漢王朝』の復興に動くでしょう。現在袁紹の下には、死んだ幽州牧の劉虞、その長子が居ります。公孫瓚が滅びた今、その長子を旗印として、我らの正統性を潰しにかかってくるでしょう」


「とことん、董卓を認めないつもりだな」


「まぁ、董卓に既に滅ぼされたと見る者も多いのが事実です。それに、劉虞は光武帝の末裔で、人望も厚く、名声も高かったですし、器としては十分でしょう」


「となると、諸侯の中で、袁紹、袁術と手を組むのは難しいか」


「この漢王朝の正統性を放棄するなら可能ですが、まぁ、あまり得策ではないでしょうな」


 現在、袁紹と袁術で天下は二分されているといっていい。

 他に立つ諸侯も、必ずどちらかに靡いている状態だ。呂布は袁術に、曹操は袁紹に、といった具合に。


 依然、俺らの立場が危ういのは変わりない。

 まだ中立を保つのは益州の劉焉だが、彼の目的は中華からの独立。

 中原の争いには決して出てこないだろう。



「荀攸と賈詡は、これから如何にするべきだと考える」


「私と賈詡殿の意見は同じです。袁紹、袁術、そしてその他の諸侯といった構図を作り出す他ないと思っています。曹操、呂布は表上では袁兄弟に靡いていても、心服するような人物ではありません。ならばここと結ぶべきです。しかし……」


「しかし?」


「二人と手を結ぶのは、不可能です。呂布と曹操は決して相容れません。どちらかと結んだ後、情勢に応じて、袁兄弟と向かうべきかと。まぁ、それでもまだ厳しいですが」



「ならば……曹操だ」



 敵にするにも、味方にするにもあまりに恐ろしい。

 それでも、無視はできない。後の歴史を知るなら、特に。


「少し驚きました。殿下の性格ならば、呂布と結ぶと思っていましたので」


「呂布の事はよく分かってる。だからこそ、結ぶべきではない。あれは誰の下にもつかないし、同盟も必要としない男だ。曹操はまだ、話が通じる。しかし、底知れない恐ろしさはある」


「諸侯の内、曹操は、我らも第一級の人物だと見ます。いずれ、飲み込まれるやもしれません。戦う度に、恐ろしい速さで成長しています」


「それは、俺らも同じだ。そう、思う事にしよう」


「はい。であれば、我らもそのように動きます」



 まずは、曹操との同盟。

 その中で、俺はどんな物語を掲げられるか。



 軍議は、まだ続きそうだ。




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