82話
涼州の平定に一旦の片を付け、劉協の軍は長安へ帰還した。
現在は、張済に統治を一任しており、現状はこれで大丈夫だろうと判断。
特に軍を派遣するようなことはしていない。抑えつけると反発するのが、かの地の人間性だし。
さて、この激動の最中、ようやく文武百官が朝廷に揃うことが叶った。
役職も地位もどこかあいまいで、それよりも目の前にある問題を片付ける、そんな日々の連続であった。
ただ、朝廷がやはりそれでは、無秩序になってしまう。
今回は劉弁自ら、重臣達に官爵を与える、そういう場となったのだ。
まずは、最高官爵であり、実権こそないが朝廷の顔ともなる「太傅」の任命であった。
「蔡邕」
歴史書の編纂や、皇室の儀礼における一切の補助を担っていた、蔡邕が選ばれた。
当然と言えば、当然の任命だろう。蔡邕自身も董卓死後は、あまり政治に関わろうとはしなかった。
それでも、その名声や信望は天下に轟いている。
「大尉に、馬騰。司空に、董承。司徒に、楊彪」
次は、朝廷の運営に関わる最高責任者「三公」の任命であった。
大尉は軍事を、司空は監察を、司徒は行政を司る役職である。
この楊彪であるが、王允と並んで長く行政に当たっていた人物で、蔡邕の同僚でもある。
王允と比べればその実力は見劣りするが、順当に評価するとすれば、楊彪が王允の後任には相応しい。
そういった評判を見ての、任命だろう。
驚いたのは、馬騰を三公に据えたことだ。
ただ、まぁ、大抜擢ではあるが、悪くない判断だとも思う。
馬騰は野心こそあれ、裏表のない純粋な軍人であり、評価されればそれだけ朝廷に報いようとする心を持っている。
それに、大尉という大任を受ければ、涼州ばかりに構っていられなくなる。
馬騰の扱いの難しさは、涼州での絶大な基盤にある。
そこから切り離す事を考えれば、中枢に近い地位に置くのは間違いではないだろう。
「録尚書事に、鍾繇」
実権で言えば、三公に比肩する宰相職に、鍾繇を抜擢。
尚書と呼ばれるエリート官僚集団は、皇帝に上奏する政策の一切を監査し、上げるべきか否かを判断することが出来る。
その尚書を取りまとめる頂点が、この録尚書事であった。皇帝の耳目に成り代わるような官職だ。
実務が評価されたという事だけでなく、劉弁から厚い信頼を受けている証でもあるのだろう。
「皇太子、劉協」
「ここに」
「董卓の暴政にも折れず、ついにその巨悪を打倒し、朝廷の敵を尽く退けたその功績は、未だかつてないものだ」
「まだまだです。まだ、天下は乱れており、漢室の威光は辺境には届いておりません」
「いや、朕が今日生きていられるのも、漢室が立っていられるのも、お前の功績であると思っている。それに、報いたい──」
「──父帝が黄巾の乱の最中、臨時として名乗っておられた将軍職を、特例として授ける。皇太子、劉協を『無上将軍』に任じる」
いやいや、まさか。
そもそも「無上将軍」と言えば、先の皇帝「霊帝」が、黄巾の乱が起きた当時に名乗っていた、自称みたいなものだ。
というのも、黄巾の乱の主導者である張角が自らを「天公将軍」と称していたので、それに対抗したに過ぎない。
意味は、書いて字の如く、将軍の頂点、これより上は無し、ということ。
まぁ皇帝が自称していたのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
それを、正式な実権を持たせ、俺に与えるというのだ。
皇帝の持つ軍事権限の一切が「無上将軍」に付与される。
皇帝と同じ、いや、それ以上の力を公的に持つことが出来るという意味だ。
「陛下、それは、なりません。一国に、二人の君主が存在する事になります。これでは混乱が生まれる」
「二人の君主ではない、朕は、二人で一つの『皇帝』であると考えている。朕が内を治め、お前が敵を討つ。二人で、一つだ」
すると、臣下が皆、その場にひれ伏す。
皇太子殿下、無上将軍への就任、おめでとう御座います。
万歳、万歳、万々歳。
「受けてくれるか?」
「ここまで、根回しされてたら、断れないな」
これより、二人の「皇帝」の伝説が、正史に刻まれていく事となるのであった。
☆
うひー、疲れた疲れた。
帰還して間もないってんのに、夜遅くまで宴席。
俺、まだ子供ぞ? そんな子供に、大の大人達が列を為して、俺に面会しようとする。
食事もろくに取れなんだ。
「お疲れ様です、殿下」
「蔡文姫、お前知ってたのか? 俺がこの地位に就くってことを」
「重臣らの間で連日会議があり、父上も当初は反対しておられましたが、陛下の強い希望と、やはり殿下の功績の大きさを無視できなかったと。そう、聞きました」
「下手なことできなくなるなぁ」
「良いことです」
蔡文姫は楽しそうにニコニコと、似合わない高価な衣服を俺から剥いで、畳んでいく。
思えば、今まで荒野にテントを張り、寝る日々だった。
こうしてぼんやりと暖かな部屋は、何だか久しぶりである。
「あ、そういえば、えっと……お前に一つ伝えておかないといけない事がある」
「はい、何でしょう」
「側室の、件なのだが」
俺は、恐る恐る口を開く。
だって昔言ってたしコイツ、浮気とか許さないって。
結構、独占欲が強いタイプだってのも、なんとなーく分かる。
怒られるかと思って蔡文姫の反応を見たが、予想と違い、変わらずニコニコであった。
逆に怖いです。
「あれ? 怒らないの?」
「怒るも何も、殿下が側室を持つのは当然と言えば当然ですので」
お、そういうもんなのか。
なまじ日本の価値観があるからスゲービビっちゃってたぜ!
ほら、何でもかんでもすぐに浮気とか言って狂い出すメンヘラによく殺されかけたしな!
あぶねー、あぶねー。
「いやぁ、それが董承の娘の、董景っていうやつでさ、この前の戦にも侍女として同行してたんだよね。その時に話を聞いてさぁ、びっくりしちゃったよ!」
「……戦に、同行されたのですか? しかもその侍女、私が知ってる限りですと、あの色香の強い」
「え、あ、うん、そうですけど。身辺の事も、董景がしてくれてたよ」
「襲ったり、してませんよね?」
「え、いや、その……してないよ、ギリギリ、うん」
どんどん、笑顔が怖くなっていく。
あれ? 俺、何か不味いこと言ったかな?
「嘘、ついてませんよね?」
「いや、その、ちょっと添い寝しただけだから。別にやましいことは何もないから」
「私とは添い寝もしたことがないのに? 襲ってくれたこともないのに?」
「あの、蔡文姫、さん?」
畳まれてる衣服が、いつの間にかぐちゃぐちゃである。
「別に、殿下が悪いわけではないですよ? いつもまでも子供っぽい、すっとんとんな私が駄目なんですよねぇ?」
「いや、そんなことは」
「おやすみなさい!」
早足で部屋を出ていく蔡文姫。
とりあえず、ぐちゃぐちゃになった衣服を畳むことにしました。
本作品の今後について、活動報告にまとめました。
ご一読いただけると幸いです。