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80話


 五千の涼州兵が、陣形も無く、横に広がって押し寄せてくる。

 流石に、馬の扱いは優れており、歩兵も騎馬に遅れず、連携を保っていた。


 兵の一人一人は、精鋭だ。

 しかし、それだけである。戦は、個の戦いではない。


 徐晃は左手を上げる。


 白波の賊兵らは瞬時に隊形を変化。

 中央に歩兵が固まり、両翼に少数の騎馬が控える。


 まずは、左翼が飛び出した。

 敵の右翼に浅く切り込んでは離脱、その後すぐに、もう片翼が飛び出しては、敵の左翼に肉薄する。


 まるでコバエの様に、鬱陶しく飛び回る部隊であった。

 ただ、所詮はコバエである。このまま放っておいても問題は無い。

 しかし敵将は、その両翼に増援を送った。


「突撃」


 大斧が天に掲げられる。


 歩兵は一斉に突撃を開始し、両翼に意識を向けきった中央を、一瞬にして食い破る。

 中でも徐晃の働きは凄まじく、ひとたび斧を振るえば、辺りの敵兵は皆、草木の如く両断された。


 血の嵐が、中央で巻き上がる様な鮮烈さである。


 中央の兵力を割いても、敵主力より兵力は倍以上ある。

 その慢心を、徐晃は見逃さなかった。


 確かに兵力では問題ない。しかし、本当の目的は兵を割かせることでは無く、意識を両翼へ向けさせること。

 不意の一撃は、何よりも重い一撃になる。そこで、勝機を掴む。


 涼州兵は死体を荒野に晒して、散り散りとなった。

 被害はそれほど大きくないが、今回の目的は撃退する事にある。

 逃げる兵を追う事も無く、徐晃は静かに、退却を命じた。





「しかし、良かったのですかな?」


「どういうことだ?」


「いや、私が本来口を出すべきではないのですが、ちと、過激なようにも思えたので」


 華佗は、俺の骨や筋肉の具合を触診しながら、ふと、口を開いた。

 こういった会話も、治療の一つである。それに、華佗であったら信頼できた。

 俺も自然と、それに答える。


「あの六人の族長達を、その場で処刑したことか」


「長安へ連行し、処遇を預けてもよろしかったのではと。これでは、殿下一人に恨みが集中しましょう」


「統治に肝要なのは『恐怖』だ。涼州の者達は皆、朝廷を舐めきっていた。だからこそこの場で処刑を即断し、その意識を変えなければならなかった。怨恨なんか、気にしてられるか」


「彼らが死んでも、その子が、親が、復讐の機会を狙いましょう。それが恐ろしいのです」


「だから、裏では密かに張済へ指示を出してる。あの族長らの支配域を制圧し、その一族を捕らえろと。その者達までは殺さんが、長安で処遇を決めてもらう」


「その抜かりの無さは、まるで……いや、失言でしたな」


 華佗は俺の体に触れていた手を放して、なにやらさらさらと竹簡にしたためている。


「とりあえずこれで、長安へ帰還、という事で良いのですかな?」


「あぁ。豪族らのまとめ役は、あの剛直な族長に命じた。あれは裏表のない人間だ。統治に矛盾がなければ、歯向かいはしない。陛下が認めた、鍾繇しょうようの腕の見せ所だな」


 あの族長は、名を「閻行えんこう」と言った。

 韓遂軍の実質的なナンバー2であり、勇猛果敢な猛将だ。

 郿城の戦いの際は、どうやら留守を任せられていたらしく、韓遂と行動を共にしていなかったとか。


 史実ではなんと、あの「馬超ばちょう」を一騎打ちの末、馬から叩き落し、首を刎ねる一歩手前まで迫る働きを見せている。

 性格は裏表がなく、嘘を吐くのが苦手な、実直な男であった。

 別に、韓遂に忠義を尽くしていたというよりは、一族の為、故郷の為に戦う男であり、だからこそ俺も安心して豪族らのまとめ役を任せられた。



「ふむ、殿下の体の事ですが」


「うん?」


「戦に身を置いている殿下は、異常なほどに『気』に満ちておられます。確かに日ごろよりも怪我の治りが早いですが、これは、麻薬と同じです。いつか、戦がなければ、生きていけない体になりましょう。ご自重くださいませ」


「怖いこと言うな」


「麻薬は薬にもなりますが、往々にして毒です」


 竹簡にしたため終えると、薬箱から漢方の粉末を数種取り出し、文机に置く。

 いつものやつかな?


「就寝前に、白湯と共にお飲みください。気を落ち着かせる薬です」


「うーい」


「それと、筋肉が張っております。ほぐしておいた方が良いかと。特に右肩。骨折の痛みを、筋肉が誤魔化そうとしている為、変な癖がついております。こちらで侍女を呼んでおきましょう」


 そう言って、華佗はさっさと幕舎を後にした。

 確かに、気温も夜になると一気に冷え込む。体が強張っている様な気もする。


 ぐらぐらと、沸いた水を器に移して、湯気を眺める。

 漢方は苦手だが、白湯の良さが分かってきた今日この頃。おじいちゃんかな?



「殿下。華佗様より、奉仕を仰せつかりました。よろしくお願いします」


 現れたのは、昨晩の女だった。

 今はまだ、幕舎は火の明かりがあり、その姿が良く見える。


 少しふくよかな体をした、妖艶な女性だった。


「失礼します」


 その女性は横になっている俺の側に近づき、まずは背をほぐし始めた。


「そういえば、名を、聞いてなかった」


董景とうけいと申します。父は、董承に御座います」


「あぁ、だからか。なんだか見たことあると思ったんだ」


「あの父に似ていると言われるのは、少し、複雑ではありますね。ふふっ」


 指は背から肩に上がっていく。

 正直に言って、これはお店のレベルだぞ。


 気を抜けば一瞬で、眠ってしまいそうな心地良さがある。


「殿下には、感謝しております。奴隷の身分に過ぎなかった一族が、今や朝廷の重臣の地位にまで上り、神の如く、奉っております」


「そうか? あの董承が、そんなことするとはなぁ、とても想像できん」


「父を、良く分かっておいでですね。殿下の仰る通り、父はあのままです。殿下を奉っているというのは、私の、個人的な話ですよ?」


 ふと振り向けば、董景の顔は赤く染まっていた。

 明かりがあるから、今は、良く見える。


 思わずその腕を掴み、引き寄せていた。

 その体は寝台に倒れ込み、豊かな胸が、俺に乗る。



「で、殿下? まだ、その、終わってないですよ?」


「俺の子が欲しいと、昨日、言ってたな」


「はい……せめて、明かりを、消してくださいませんか?」


「…………」


「あれ、殿下?」


「……ぐぅ」


「うっそ、こ、この気持ちのやり場を、どうすれば、ぐぬぬぬ」


 見てみれば、漢方も、白湯も飲み干した後である。

 劉協は、掴んだ腕を、離そうとはしてくれない。



「チッ、あのジジィめ、余計な真似を……」



 董景は、寝台の明かりを吹き消した。



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