7話
日間ランキングが、2位になっていました!
嬉しさと驚きで一杯です!
これからもよろしくお願いします!
「殿下、何やら近頃はご機嫌なようですね」
「いやぁ、楽しみって大事だよね。って話」
「沐浴で鼻下を伸ばしてる話ですか?」
「そうそう! いやぁ、侍女達も脱いでくれればいいのに、恥ずかしがって……ん? なんでその話を知ってるのだ、曹操」
「後宮だけでなく、色んなとこで噂されてますよ。殿下、色を好むのは結構ですが、もう少し秩序というものをですな。彼女達とて同じ人間なのですから、嫌われるようなことは控えて下され」
「え、嫌われてんの? 俺?」
「今日も稽古、張り切っていきましょう」
マジで? 侍女達の愚痴がもしかして、俺の知らないとこで広がってんの?
我、皇帝陛下の弟の、陳留王である劉協ぞ?
心が引き裂かれる。これは間違いなくトラウマだ。
とにかく首のヤツも人に見せられないから、包帯巻き付けたままにしてたら、それだけで怪訝な目を向けられるし。
女の子ってどうしてこんなに残酷なんだろ。
これからは、少し考えないといけないらしい。
どうしてもソープのイメージが先行してしまうあたりが駄目なんだろうか。
「……あ」
「如何されましたか? 殿下」
「曹操、そういえばお前も、そっちの話では良い噂は聞かないぞ?」
「ッ……な、何の話ですかな?」
「この熟女好きめ。他人の奥さんばかりに色目使ってるんだろ?」
曹操は、史実に残るほど、他人の女が好きなタイプだったはずだ。
特に滅ぼした敵勢力の側室や妾ばかりを妻にとっていたとか。
しかも、その性癖のせいで自分の息子と、猛将を一人失う様な失態も犯していたはずだ。
確か「宛城の戦い」だったかな?
「殿下、今日はどうやら、私とて手加減は出来ませんなぁ?」
「かかってこいよ。散々今まで苛めてくれやがって。今日こそはこの恨み、晴らしちゃるぞ」
☆
俺はボッコボコのボロッボロになった体を台に伏せ、汚鼠に傷薬を塗ってもらっていた。
あのチビオヤジ、手加減を知らねぇのかよ。
一応、汚鼠には入れ墨を見せることは出来ていた。
というのも稽古の度にボロボロになるから、こうして薬を塗って貰わなくちゃならん。
別にそこまで驚かれなかったし、他言無用という事で。
「今日は手酷くやられましたね」
「いつか絶対、ギャフンと言わせてやる」
そうだ。
あの天下の英雄たる曹操を、実力でもってひっぱたくことが出来れば。
今の俺の、武術に対する情熱は、全てそこに集中していた。
「しかし、今日は静かだな。十常侍のヘタレ共を見かけてない気がする」
いつもの後宮は、宦官や侍女が忙しなくせこせこと動き回り、皇帝やその側室、宮女の世話をしているのだ。
皇族なのにここまで放置されてるのは、たぶん、俺くらいなもん。
そりゃ、毎日剣を振り回して、侍女と沐浴三昧なヤツの世話なんか、したくないわな。
あれ? おかしいな。涙がとまんないや。
婆さんがここにいたら、まだ贅沢出来たんだろうなぁ。
なんて。
「何やら後宮の外でも、兵士らが不穏な動きをしているみたいですからな。皆、不穏を感じ取っているのでしょう」
「ふーん。そういえばこの前、張譲が皇太后に言ってたな。何進が各地の将兵をここに集めてるって」
「はい。既に、西涼地方の董卓将軍は逸早く駆けつけておいでです。ただ、騎馬隊で先行していた為に歩兵が追い付いておらず、郊外で待機中とのことですが」
「よく知ってるね」
「鼠の鼻はよく効きますので」
特に自慢する様子もなく淡々と。何を考えているのか、全く分からない顔をしてやがる。
ただ、後宮内における味方らしい味方は、いまんとこコイツだけだった。
名前くらい教えてくれてもいいと思うんだけどねぇ。
「ん? あれ? 汚鼠?」
傷薬の替えでも取に行ったのか、いつの間にか汚鼠は姿を消していた。
影の薄さまで鼠なのかよ。不気味ったらありゃしない。
とりあえず体も痛すぎて動かないし、このまま横になっていよう。
幸いなことに静かで、日も雲に陰って涼しいしね。
そんな事を思いながら、うとうとしていた俺の穏やかな時間は、けたたましい足音でぶち壊される。
扉は押し倒され、ぞろぞろと槍を手にした宦官が部屋へとなだれ込み、俺の周りを包囲した。
突きつけられる矛先。
少しでも動いたら刺さりそうだが、生憎、体が痛くて動けんねん。
「俺が誰だか、知っての事か」
「はい。殿下に、この張譲が拝謁いたします」
「玉無しヘタレジジィか。良いからこれをどけろ。謝れば、兄上には黙っておいてやる」
「こんのガキが……おい! こいつを縛り上げろ!」
「痛い痛い! 痛いって言ってんのぉ!! 体動かないのぉ!!」
あっという間に俺は半裸のまま縄で縛りあげられ、猿ぐつわまで噛まされる。
縄がキツイってより、曹操にボコボコにされた筋肉がもう、張って張って死ぬほど痛い。
痛すぎて普通に涙が止まらん。
「ふん、今更泣いても遅いんだよ。生意気な面で、いつもいつも私を見下しよって。クソガキの分際で、目障りだったんだよぉ!」
俺は何度か腹を蹴られて、そのまま担ぎ上げられる。
マジで殺す。
このジジィ、ほんとに殺す。
「なるほど、確かに龍の文様があるな。だが、それが何だと言うのだ。お前の命はこの張譲様の手の内にある。ふん、皇帝など何するものよ。おい、連れて来い」
外は、武装した宦官がずらりと並んでおり、異様な殺気に包まれていた。
俺が運ばれた先には、数台の馬車と、十常侍の面々がずらり。
「早く乗れ、ここを去るぞ。外ではあのお方が待っておられる。そこまで駆ければ我らの勝ちよ」
張譲がそう叫ぶと、十常侍らはそれぞれの馬車に乗り込んだ。
俺は張譲の馬車の荷台に放り込まれ、上から蓋が閉じられる。
放り込まれた荷台の中。
俺と同じように、体を縛られて猿ぐつわを噛まされた、皇帝「劉弁」の姿がそこにはあった。
なるほど、どうやら今日が「十常侍の乱」の当日らしい。
・宛城の戦い
曹操が降伏した張繍の居城である宛城で、張繍の叔母である鄒氏と密通。
それに張繍が激怒して曹操を裏切って攻めたことで、曹操は大敗を喫した。
この戦いでは曹操の長子である曹昂と、猛将の典韋が戦死した。
・十常侍の乱
宦官勢力の排除を何進が計画していたことを察知した十常侍は、何進を暗殺した。
その為、同じく計画を進めていた袁紹は激怒し、後宮へ攻め入り、宦官を残らず虐殺。
この乱によって十常侍は皆が死亡し、宦官の権勢は失墜した。