表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/94

78話


 報告書類をまとめ、指示を下す。

 必要があれば重臣で議論を行い、迅速に実行へ移す。


 毎日がその繰り返しであり、頭が休まる暇はなかったが、お陰で辛い事柄を意識の端へ追いやることが出来た。


 そろそろ、馬騰へ返答をしないといけない。

 恩賞は多大に取らせた。それもあり、馬騰も目立って不満を口にする様子はない。


 しかし、そろそろ涼州へ帰らないと、防衛上の不利益が出るかもしれないという話は、度々聞かされていた。

 馬騰に悪意はない。それが分かっているだけに、心苦しかった。


 既に、一月がとうに過ぎていた。



「陛下、お呼びでしょうか」


「面を上げよ。貴殿の意見が聞きたくて、こうして呼んだのだ。人払いはしてある。気兼ねなく意見を聞かせてほしい」


「御意」


 顔を上げた男は、ひょろりと背が高く、眉間には深い溝が刻まれている。

 なんとも気難しそうな顔をしているが、これが本来の彼の表情であるのだ。


 その性格は「法家」と、一言で表せるような人物であった。

 私情で決してその眼が曇る事は無く、冷徹で、公平。

 更には、武人の様な胆力も持っていた。


「馬騰への処遇について。それと、先日、荀攸が提案してきた、涼州平定についての戦略だ」


「陛下は、どうお考えですか」


「馬騰への処遇は、やはり、自由な徴兵権を朝廷が公式に認めるわけにはいかない。今の馬騰が忠誠を誓っていても、明日の馬騰が同じとは限らない」


「であれば、どのようにされますか」


「好待遇の、爵位を授ける。これしかあるまい」


「まぁ、左様ですね。消極的な案ではありますが、一番、現実的でしょう」


「しかし、どの程度が良いかが分からない」


「臣が考えますに、半端な爵位では不満を募らせる原因となりましょう。馬騰の功名心を満たすには『三公』の位が、望ましい」


「……同意見だ。しかし、朕はその判断に自信がなかった。だが、これで意も固まった」


 三公。それは「司空」「司徒」「大尉」から成る、朝廷の実質的、最高官職である。

 これより上位は、名誉職に当たる「太傅」と、皇帝しかない。



「それと、涼州平定の件だが、どう思う。朕は、軍事については、軍師や皇太子に決定を委ねているのだが、成功するだろうか? あまりにも作戦が突飛すぎやしないか?」


「私は、荀攸殿とは懇意の仲です」


「構わん。そなたの性格はよく知っている。だからこそ、聞いているのだ」


「御意。では、申し上げさせていただきます。此度の作戦については、確かに突飛なれど、効率的です。効率的ですが、涼州という土地の本質は、分かっておられない」


「本質?」


「平定をするだけなら、成功するでしょう。しかし、一年後も涼州という土地が、我らの手中にあるかどうか、答えは『否』です。異民族が絶えず流入し、土地は痩せて荒れており、独立自尊の意志が強い。必ずや、再び中央に背きましょう」


「確かに、董卓の様に強力な軍事力をもってしても、涼州は争いの絶えない土地であった」


「皇太子殿下、荀攸中軍師には、後の展開が見えていません。これでは軍費の無駄です」


「では、取りやめるのか?」


「いえ、そうなれば、馬騰が力を伸ばすだけです。朝廷が力を持つには、涼州の平定は不可欠。平定後にどうするかです。民を治め、天候と土地に則した作物を育て、経済を産み、賊を排除し、人が暮らしやすいようにする。本気でそれに取り組めば、この土地は飛躍の基盤となりましょう」


「分かった……よし、決めたぞ」


 劉弁は強く拳を握る。



鍾繇しょうようよ、貴殿にその任を与える。数多の重臣の働きを見て、朕が決めた。王允の後任は誰が良いかと、ずっと、考えていた。ようやく、答えを出せた」


「な、それは……大任で御座います。どうかご再考をっ」


「恐れるな、任命したのは朕だ。責任は全て朕が負う。だからこそ、その才覚を存分に振るってくれ」


「陛下にそこまで言われれば、断る理由はありません。全身全霊でもって、取り組ませていただきます」


 鍾繇しょうようは、深く頭を下げた。





 涼州の豪族らを集めるには、やっぱり、それなりに名のある人物が直接赴かなければならなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、俺だった。


 まぁ、名前だけが独り歩きしてるようなもんだしね、話題性があるらしい。

 反抗的な態度の豪族も、俺の顔を見物しにやってくるだろう。


 どうにか、馬騰が帰還する前に、平定を済ませよう。


 俺は楊奉、徐晃の指揮する新参兵を二千率い、涼州へと赴いた。

 ちなみに華佗は付き添いで従軍してる。

 縛り付けられる生活は脱したが、別に完治したわけじゃないもの。



「やっぱり、反抗的な豪族は多いか」


「ほとんどが、そうだと言って良いかと。如何しましょう」


「特に反抗的な首長を六人、調べといてくれ。逆に従順な者も合わせてな」


「御意」


 翠幻は幕舎を後にする。

 汚鼠の調べではやはり、韓遂は漢中に居るとの事らしい。


 ただ、漢中には入り込めない為、詳しい動向は分からない。


「んー、宗教ってのはやっかいだなぁ」


 こういうのを考えるのは苦手だ。

 明日も早くに出立だし、もう寝よう。


 外でパチパチと篝火が燃える音を聞きながら、幕舎で大きく欠伸をした。



「……うぅ」


 どれほど寝ていただろうか、まだ外は暗く、深夜である。

 何か、寝苦しい。

 自分の体の上に、誰かがのっかっている様な、そんな感じがする。


「あ、起こしてしまいましたね」


「うん?」


 知らない女が、俺の上に跨っている。

 うーん、マジで知らない女だ。え、ほんとに誰? こわいこわい。


「父上に、行軍中の殿下の世話をせよと、言われております」


「え、あ……うん?」


 暗くてよく見えないが、これと言った美人ではない。まだ、蔡文姫の方がハッとする美貌だ。


 しかし、エロい。

 フェロモンというか、なんというか、ムンムンである。


 腫れぼったい唇や、肉付きの良い体、妖しさを帯びた瞳、吸いつく肌。

 まだ年もそんなにいってないはずだが、この色香はなんなのか。


「ついでに父上から、殿下の子を宿すようにと」


「なるほど。さっぱり分からん」


 全く分からんし、状況も呑み込めないが、うん、据え膳食わぬはなんとやら。

 別に名前も知らない女性と寝るのなんて、昔はよくあったことだ。


 彼女の髪を撫で、肩を掴もうとした。その時である。


「っ!?」


「……殿下?」


「今、長安から恐ろしい殺気が……」


 ここで手を出したら殺される。根拠はないが、確信が持てる。



『──殿下、何やら物音がしたようですが、如何されましたかな?』


 幕舎の外から、華佗の声がした。

 まずい、こんな現場見られたら、普通に怒鳴り散らされる。


 すると女は俺の上からひらりと離れ、衣服を正す。


「では、また」


「え、あ、うん」


 彼女はにこやかな顔で、幕舎を後にした。



 うーん、あの野心を隠さない性格、誰かに似てるんだよなぁ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ