表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/94

75話


 王允の抜けた穴は、あまりにも大きかった。


 その偏執的な性格が玉にきずではあったのだが、それを補って余りあるほど、政務に関する手腕は秀でていた。

 今の朝廷は、ほとんど、王允一人に取り仕切られていたと言っても過言ではない。


 つまり王允が抜けてしまえば、朝廷の政務は完全に停止してしまうのだ。

 後任の確保が急務であったが、王允に代わるほどの人材なんてすぐに見当たる訳もない。


「殿下、陛下が訪ねてこられました」


「いてて……楊奉、出迎えの準備を」


「ご安静に。無理に動けば、華佗先生がまた烈火のごとく怒ります」


「わーかってるって」


 ヒビが入っていたあばらが、折れていた。

 正確には、折れかけている。華佗は、折れてるようなものだと怒っていた。


 無理に動いてしまえば、骨が肺や内臓に突き刺さるらしく、今やもう寝所で拘束状態である。

 寝返りも許されん。半月ぐらい寝たきり生活だとか。


 気が狂うぞい。



 寝所に拘束された俺のもとを訪れたのは、劉弁と、荀攸の二人。

 やはり王允の死がショックだったのか、劉弁の顔色は優れない。


 王允は最も近い臣下であり、劉弁にとって師の様な人だったらしい。

 落ち込むのもまぁ、無理もない。


「寝たままで良い。訪ねてきたのはこっちだからな」


「まぁ、起き上がろうとしても、両手両足を拘束されてますんで。俺、皇太子なんだけどなぁ……」


 人権はいずこへ。


「まずは、先の李傕の反乱の鎮圧、苦労を掛けた。お前のお陰で、被害は最小限で済んだ」


「いや、予測は出来たことだった。李傕自身が動くと考えられなかった、俺の失態だ」


「済んだことは止そう。朕が、協に功績があったと、そう言っているのだ。素直に受け取るが良い」


「はいはい、光栄の至り」


 なんだか、皇帝の立ち居振る舞いも、板についてきた気がするな。

 やっぱなぁ、人の上に立つのは俺じゃないんだよ。責任感みたいなものが、皆無だもの。



「それで、要件は?」


「無論、王允の後任について。今のままでは、朝廷は立ち行かない」


「荀攸、お前じゃ無理なのか?」


「申し訳ございません。私の適正は、軍略や戦略に関してのみであり、内政や、政務を取り仕切る事は素人です。賈詡殿であれば可能かと思いますが、王允殿と比べればその才は劣ります」


「ふむ……賈詡は万能だとは言え、その適正は『人を見る』ことで、人事や謀略に向いている。とりあえず、帰還を待つ他無いんだけど」


「しかし、時間がありません。ただでさえ、何とか形を保っているだけの朝廷ですので。そこで、一人、推挙したき人物が御座います」


「ほう」


 荀攸がその名を発しようとしたとき、劉弁がそれを手で遮った。

 皆、首を傾げる。ただ、劉弁の瞳は煌々とした決意を光らせていた。


「少し待ってほしい。しばらくの間、王允の後任は朕に任せてほしいのだ。今日は、それを言いに来た」


「え、いや……言っちゃ悪いが、出来るのか? ただでさえ情勢は激しく動いている。簡単な話じゃないと思うんだけど」


「短い間であったが、必死に、政務に関する事を学び、盗んできた。自信はある。その中で重臣らの才覚を見抜き、王允の後事を任せたい。これくらい出来ねば、乱世を治められない」


「うーん、まぁ、陛下の決めたことに、誰も口は挟めないし、異論はない。俺は戦をするだけだ」


「あぁ、外の事は全部、お前に任せるつもりだ。だからこそ、内向きの事は朕が見定める」


「分かった」


「では、失礼する。養生してくれ、協」


 急ぎ足で、劉弁はこの場を後にした。


「なぁ、荀攸。どう思う?」


「殿下があまりにも体を張るので、陛下も感化されている様です。それに、王允殿とは親しかったようですし、ご兄弟揃って頑固だなと」


「内政は、軍事とは違う。軍事は短期で結果が出るが、内政は五年、十年単位で結果が出るとか言うし」


「ただ、あまり心配なされることも無いかと思いますよ、私は。以前まで多く挙がっていた、陛下への不信感を表す声も、今はあまり聞かなくなっています。むしろ、殿下が無茶に動き過ぎだという声を聞くようになったほどです」


「え」


「間違いなく、これは誠実であり続けた陛下の功績でしょう。殿下もご心配なさらず、ゆっくりと養生くださいませ」


「俺、そんなこと言われてんの?」





 郿城から物資を長安に運び入れ、徐栄軍は帰還した。

 現在、郿城を含めた涼州の慰撫は張済が担っている状態である。


「徐栄将軍、傷は大丈夫か? 名医を集め、将軍の治療に当たらせよう。将軍は官軍の要である、死ぬことは許さん」


「陛下のご厚恩に感謝いたします」


 徐栄は脇腹を深く貫かれていたらしく、顔色も悪い。

 歩くこともままならない為、手押し車で宮廷に参内していた。


 劉弁はその勇将を労り、退出を許可する。

 後の事は、賈詡が全て報告する事となった。


「賈詡よ、韓遂軍の撃退、よくやってくれた。備蓄されていたこの物資を持ち帰ってくれたことは、何にも勝る功績であろうと思う」


「有難き幸せ。されど、徐栄将軍を負傷させ、李傕、郭汜の反意を抑えきれませんでした」


「いや、むしろ最小限で食い止めた、と朕は思う。太子協と、賈詡の功を報いるべきであろう。沙汰は追って知らせる。されど今は、涼州地方の情勢を聞かせてほしい」


「その件に関し、陛下にお目通り願いたい者が居ります」


「許そう」


 現れたのは、この場に居る武官の誰よりも体躯の大きい男であった。

 その出で立ちが、数多の戦歴を物語っている。


「馬騰が、皇帝陛下に拝謁いたします」


「おぉ、貴殿が馬騰か。面を上げよ。此度の戦功が甚だしいものであったと聞いている。帰順をとてもうれしく思う。早速だが、涼州の情勢を聞かせてくれ」


「ハッ。涼州は、豪族、異民族が入り乱れて、常日頃から争い合っています。韓遂が居なくなった現在、それは激化するものと思われ、我が一族の軍事力だけではまとめる事は難しいと」


「どうすれば良い」


「私に、徴兵の許可を。賊をことごとく打ち滅ぼしましょう」


 空気が張り詰める。


 皇帝が直々に徴兵を許すという事は、軍事の裁量の一切を委ねるという事になる。

 馬騰は名声も高く、軍事にも秀でた将であった。

 彼が力を持つと言う事は、長安は馬騰に飲み込まれるかもしれないという事にもつながるのだ。


 許可をしたいのは山々であるが、朝廷の持つ軍事力はまだまだ小さい。

 馬騰を、抑えきれる自信がない。


 朝廷に忠誠を誓いながらも、中で大きな力を持ちたいというのが、恐らく彼の真意なのであろう。


「軍事に関しては、朕は即答しかねる。重臣、軍師らと共に話し合い、決めたいと思う。恩賞に関しては、戦功第一として報いよう」


「有難き幸せ。皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳」



 先行きは依然険しいと、劉弁は凝っている眉間を揉んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ