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70話

急に申し訳ございませんが、タイトルを変更させていただきました。


だからといって内容がガラっと変わる訳でもありませんので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。


 あれ程、英雄だと信じて疑わなかった主君が、惨めに死んだ。


 死んだ途端、皆が喜んでいた。

 郭汜の様に、嘆き悲しんでいる人間は、少数であった。


 何故だろう。


 李傕は不思議でたまらなかった。


 もしかすると、董卓は「英雄」ではなかったのかもしれない。

 圧倒的な「力」を持ちながら、この世を統べる王にはなれなかった。


 暗く、不気味な部屋で、そればかりを考えていた。


 中央には、まだ血の滴る牛の首が置いてあり、壁には呪詛の込められた札が一面に張り付けられている。

 赤く小さな火が一つ。死んだ牛の目が、李傕をじっと見つめていた。


 長い髪を振り乱し、聞き取れない言葉で何かを唱える巫女が三人。

 李傕もその巫女達に倣い、言葉にならない呪文を呟き続ける。


 教えてくれ。どうして、貴方は死んだのだ。


 まだ、力が足りなかったとでもいうのか?

 私はこれから、どう生きればいいのだ。


 僅かに、牛の口が動いた気がした。


 驚き、腰を上げ、その首に飛びつく。


「董卓様、董卓様……私は、どうすれば良い。貴方の目指した世界は、決して、間違っていなかった。強き者が世界を統べる、単純にして明確な秩序が、天下には必要なはずなのだ」


 震える声で、血に濡れながら、牛の首に問いかけ続ける。

 勿論、牛は語らないし、動くはずもない。


 しかし、李傕の耳には、はっきりと聞こえてくる。

 それは間違いなく、自分に新しき世界を見せてくれた、英雄と信じ続けた主君の声だった。


「あぁ……そうか。そうだったのか……まだ、死んでないんだ。董卓様は、私の中で、生き続ける……」


 満面の笑みを浮かべ、その鋭い歯を首に突き立てる。

 皮ごと肉を喰らい、血を飲み干し、目玉を噛み千切る。


 全てを自分の血肉にせんと、吐き気を抑え、喰らい続けた。



 骨だけになったそれには、もう、命の息吹を感じない。


 ただの骨だ。

 つまり、今、董卓と自分は一体となったのだ。


「まずは、弱き者を殺す。この世界には、不要な奴らだ」


 ギョロギョロと血走る不気味な瞳は、ぬらりと光る抜身の剣を、うっとりと眺めていた。





「王允様。李傕将軍が、面会を願いたいと」


「なに?」


 自らの屋敷で政務に溺れていた王允は、驚きに目を丸くする。

 何度も従者に尋ねるが、やはり、訪ねてきたのは李傕であった。


 降伏してきた董卓旗下の軍人のうち、李傕と郭汜は、特に警戒するべき人物である。

 帰順を受け入れるとは言ったが、最大限の警戒を払い、その軍権も大きく削いだ。


 また、李傕と郭汜が共に兵を率いない様にまで配慮していた。

 それ程の脅威なのだ。上手く、飼い殺さなければならない相手でもある。


 しかし、彼らを殺せばそれこそ、軍の中核を担う涼州兵が離反する恐れがあった。


「一体、何の用だ……一人なのか? 武器は?」


「お一人で、武器どころか普段着のままに御座います」


「意味が分からん」


「自分に回ってくる軍費が少なすぎ、まともな馬も揃えられない為、相談をしに来たとのことですが」


「ふむ……」


 殿下が無理な出兵をしたことで、どこも金を持ってない。

 それなのに李傕だけを優遇できないだろう。


 それだけの解答を伝えて門前払いをしようとしたが、仮にも、李傕は将軍格である。

 しかも、直々に訪ねにきているのだ。無碍な扱いは出来なかった。


「客間に通せ、茶は用意しなくていい。儂も多忙故、短い時間しか相手が出来ぬと伝えておけ」


「承知しました」



 客間に座る李傕は、確かに薄手の胡服だけを身に纏っており、手ぶらであった。

 如何にも礼儀を知らない、田舎者らしい身なりである。


「お待たせいたした」


 李傕と向かい合うように、少し離れて椅子に座る。

 どうもこの軍人が、苦手でならない。


 郭汜はまだわかるのだ。あれは直情型の人間であり、分かりやすい軍人だ。

 しかし、この男は不気味過ぎる。

 軍人というよりは、暗殺者や、裏稼業の人間と言った方がしっくりくる。


 蛇の様な瞳や、据えた血の臭いが、王允の嫌悪感を膨らませた。


「それで、何用だ。生憎、儂は今忙しい。手短に話してくれ」


「……用は無い」


「何?」


 李傕はくぁと大きな欠伸をかますと、その口に手を入れ、何かを投げつける。


 その間は一瞬で、従者や衛兵も反応できず、気づいたときには既に、王允の胸元に太い針が突き刺さっていた。


「き、貴様っ……何をっ」


「お前にはもう用はないと、言っただろう。それには蛇毒が塗られている。飲む分には問題ないが、傷口から入れば、微量で死に至る」


「ふっ……この、老骨を殺したとて、何にもならんぞ……漢室は再び、息を吹き返す。董卓は、死んだのだ!!」


 衛兵らが殺到し、李傕へ槍や剣を突き立てんと迫る。

 しかし、李傕はそれを軽やかに躱し、剣を奪い、一人、二人と衛兵を斬り殺す。


「董卓様は、我が血肉として生きておられる。死ぬのはお前だ、弱き者よ」


 李傕が剣を振り下ろすと、黒紫に変色し、泡を吹いていた王允の首が、ゴトンと落ちる。


 外では、喧騒が繰り広げられていた。

 数百人の、李傕の旗下達である。


 王允の屋敷はたちどころに打ち壊され、あけに染まった。



「相国は真の忠臣であった! されど、奸臣の佞言ねいげんによって殺された! 今こそ、王允、蔡邕、董承ら、奸臣の首を取り、相国の御霊を慰めん! 兵よ、我に続け! 強き者が、弱き者を支配する、正しき秩序を取り戻さん!」



 槍先に刺さる王允の首を掲げ、李傕は高らかに、そう宣言した。




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