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6話


 もしかして曹操そうそうくん、俺の事嫌い?

 結局、敵対する運命にあるのかな、俺達。なんて。


 気絶まではしなかったけど、体が痛くてマジで動けん。


「殿下、曹操そうそう殿がいらしてますが」


「殺す気か? 打ち身と筋肉痛で今日は無理。あのチビオヤジめ。子供をいじめるなんてひどい奴だ」


「あの、殿下。その」


「なんだよ汚鼠おそ。はっきり喋ってくれ」


曹操そうそう殿がいらしてます」


「だからそれはさっき聞い……OH,SHIT」


陳留王ちんりゅうおう殿下に、()()()()()の、曹操そうそう拝謁はいえついたします」


 元々、狼の様に怖かった顔が、ぐにゃりと微笑む。


 マジで怒ってるな、これ。本当に死ぬんじゃね? 誰か助けて!!


「な、なんで俺の部屋に」


「ふん。我人に背くとも、人、我に背かせじ。私が行きたいところに行って、何が悪いのです。止めようとするやつは、ちょっとばかし脅かしてやっただけですよ」


「仲よくしよう! ね? ほら、俺、昨日の稽古で体痛くて動けない! 大変だぞう!」


殿下でんか。私とて無理は言いません」


「だよね! 流石、曹操そうそう! 天下の英傑! 男前!」


「兵士がどれほどの訓練で死ぬかは心得ております。ご安心ください。きっと明日も朝は来ます」


「く、クソが! この鬼畜!」


 俺は抵抗虚しくしょっぴかれ、心配そうな面持ちの汚鼠に見送られながら、居室を後にした。


 これから、地獄が始まる。





 あれから何日も何日も、毎日、曹操に俺はしごかれていた。

 まじであのチビ、暇なんじゃないのか? 西園八校尉せいえんはちこういとか言いながらよぉ。


 お陰で筋肉が毎日悲鳴を上げてる。ブチブチと。

 これが十歳未満相手にやることかね。

 変に大人びてるからって、俺が皇族のお子様だってこと、忘れてるんじゃなかろうか。


 まぁ、そもそも、あんまり身分とか気にし無さそうなタイプではあるけど。



 それでも今日は、そんな曹操も許そうと思えるくらいに、気持ちにゆとりがあるのである。


 というのも先ほど訓練から戻ると、汚鼠が教えてくれたのだ。


「ねぇ、風呂は無いの? 濡らした布で体拭くの、辛いんだよ。腕上がらないし」


「フロ、というと」


「お湯に浸かれる場所!」


沐浴もくよくでしょうか? であれば、用意させましょう。腕が不自由であれば、侍女をお付けいたします」


 女の子が、風呂場に付いて来て、俺の体を擦ってくれるのか。

 それは何だ、天国か? 最高過ぎる。


 昔はそういうお店で、高い金を叩かなければ、女と風呂なんて入れなかったからな。

 初めて「劉協」になれて嬉しいと、心から思った瞬間だ。


 この時代は、とにかく「清潔な水」が貴重らしい。

 だからこの沐浴も、王族といえど頻繁に出来るものではなく、さらには習慣的なアレで五日に一回のペースなんだとか。

 その他は、水を浸した布で体を拭う程度。


 だからお香の技術が発展したんだって。体が臭いから。


 そう考えると、日本ってほんとに水に恵まれてた国だったんだなぁ、なんて。



『どうか! どうか、皇太后こうたいごう様! お兄様にお執り成し下されえぇ!』


『えぇい、五月蠅うるさいぞ! お前らで何とかすればよいではないか!』


『我らとて非が御座いますれば、詫びることも出来ますが、何もしていない現状ではどうすればよいかさえ』


『いい加減にしろ! 張譲ちょうじょう! うっとおしい!』



 なんだなんだ?

 やけに今日の後宮は騒がしい。


 最近、皆からハブにされてるからなぁ。

 何が起きてるのかよく分からん。


 そんなわけで気になって、るんるんの足取りを、騒がしい方へと向けてみた。


 ふと見てみるとそこには、額に青筋を立ててる皇太后と、十数人の宦官達。

 あれは、十常侍じゅうじょうじの面々だな。先頭はやはり張譲ちょうじょうだ。


 不機嫌そうに歩く皇太后に、十数人のおっさん達が泣きべそかきながら追いすがる様子は、何とも見苦しかった。


「恥ずかしくないのかよ、良い年こいて……」


 何の話かは知らんが、俺は不意にそう呟いてしまった。


 誰にも聞こえないように呟いたつもりだが、ふと、追いすがる張譲ちょうじょうと目が合ってしまった。

 ほんとに一瞬。でも、たぶん、気づかれた。


 こわ。


 でも今は俺に構ってる暇はないらしい。

 張譲はそのまま、皇太后にすがりつづける。


「皇太后様を後宮へ入れるよう手配し、援助したのは我らです! 先帝にご紹介したのも、陛下の後ろ盾となったのも! 何進かしん大将軍には恩義を尽くしたつもりですのに、それを仇で返されるのはあんまりで御座います!」


「兄上が何をしてるというのよ。別にいつもと変わらないじゃない」


「各地方の将軍や兵士をここ、洛陽へ集結させているのです! 兵力で国の実権を握る算段なのです! 我々だけでなく、皇太后様も、ご兄妹だからとは言ってられませんぞぉぉ!」


「チッ……あの豚野郎。分かったわよ、私から兄上には言っておく、だからもう付いて来ないで頂戴! まるでハエね、うっとおしい」


「皇太后様に感謝いたします!」


 十常侍はおいおいと泣きながら、その場で何度もひれ伏し、頭を地面にこすりつけていた。


 皇太后はそれを不快そうに睨み、どかどかと足音を荒立てながら、その場を去って行く。


 その騒がし気な足音が聞こえなくなった頃、ぴたりと、おっさんらの泣き声が止まった。

 だれもが目を赤くしながら、無表情で立ち上がり、何事も無かったかのようにそそくさとその場を去って行く。


「え……こわ」


 うさん臭さが酷い演技だったが、ここまで露骨に切り替わる事があるのかね。

 その不気味さに、俺は思わず背筋が寒くなる。


 はやくお湯に浸かろう。


 俺はそろそろと、その場を後にした。




・沐浴


 この時代では、五日に一度、体を洗う為に沐浴の休暇が与えられていた。

 一般的に、湯で体を洗い、布で体の赤を擦り落とす入浴方法。

 臣下が君主に会う前には沐浴で体を洗うのが礼儀とされた。

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