6話
もしかして曹操くん、俺の事嫌い?
結局、敵対する運命にあるのかな、俺達。なんて。
気絶まではしなかったけど、体が痛くてマジで動けん。
「殿下、曹操殿がいらしてますが」
「殺す気か? 打ち身と筋肉痛で今日は無理。あのチビオヤジめ。子供を虐めるなんてひどい奴だ」
「あの、殿下。その」
「なんだよ汚鼠。はっきり喋ってくれ」
「曹操殿がいらしてます」
「だからそれはさっき聞い……OH,SHIT」
「陳留王殿下に、チビでオヤジの、曹操が拝謁いたします」
元々、狼の様に怖かった顔が、ぐにゃりと微笑む。
マジで怒ってるな、これ。本当に死ぬんじゃね? 誰か助けて!!
「な、なんで俺の部屋に」
「ふん。我人に背くとも、人、我に背かせじ。私が行きたいところに行って、何が悪いのです。止めようとするやつは、ちょっとばかし脅かしてやっただけですよ」
「仲よくしよう! ね? ほら、俺、昨日の稽古で体痛くて動けない! 大変だぞう!」
「殿下。私とて無理は言いません」
「だよね! 流石、曹操! 天下の英傑! 男前!」
「兵士がどれほどの訓練で死ぬかは心得ております。ご安心ください。きっと明日も朝は来ます」
「く、クソが! この鬼畜!」
俺は抵抗虚しくしょっぴかれ、心配そうな面持ちの汚鼠に見送られながら、居室を後にした。
これから、地獄が始まる。
☆
あれから何日も何日も、毎日、曹操に俺はしごかれていた。
まじであのチビ、暇なんじゃないのか? 西園八校尉とか言いながらよぉ。
お陰で筋肉が毎日悲鳴を上げてる。ブチブチと。
これが十歳未満相手にやることかね。
変に大人びてるからって、俺が皇族のお子様だってこと、忘れてるんじゃなかろうか。
まぁ、そもそも、あんまり身分とか気にし無さそうなタイプではあるけど。
それでも今日は、そんな曹操も許そうと思えるくらいに、気持ちにゆとりがあるのである。
というのも先ほど訓練から戻ると、汚鼠が教えてくれたのだ。
「ねぇ、風呂は無いの? 濡らした布で体拭くの、辛いんだよ。腕上がらないし」
「フロ、というと」
「お湯に浸かれる場所!」
「沐浴でしょうか? であれば、用意させましょう。腕が不自由であれば、侍女をお付けいたします」
女の子が、風呂場に付いて来て、俺の体を擦ってくれるのか。
それは何だ、天国か? 最高過ぎる。
昔はそういうお店で、高い金を叩かなければ、女と風呂なんて入れなかったからな。
初めて「劉協」になれて嬉しいと、心から思った瞬間だ。
この時代は、とにかく「清潔な水」が貴重らしい。
だからこの沐浴も、王族といえど頻繁に出来るものではなく、さらには習慣的なアレで五日に一回のペースなんだとか。
その他は、水を浸した布で体を拭う程度。
だからお香の技術が発展したんだって。体が臭いから。
そう考えると、日本ってほんとに水に恵まれてた国だったんだなぁ、なんて。
『どうか! どうか、皇太后様! お兄様にお執り成し下されえぇ!』
『えぇい、五月蠅いぞ! お前らで何とかすればよいではないか!』
『我らとて非が御座いますれば、詫びることも出来ますが、何もしていない現状ではどうすればよいかさえ』
『いい加減にしろ! 張譲! うっとおしい!』
なんだなんだ?
やけに今日の後宮は騒がしい。
最近、皆からハブにされてるからなぁ。
何が起きてるのかよく分からん。
そんなわけで気になって、るんるんの足取りを、騒がしい方へと向けてみた。
ふと見てみるとそこには、額に青筋を立ててる何皇太后と、十数人の宦官達。
あれは、十常侍の面々だな。先頭はやはり張譲だ。
不機嫌そうに歩く皇太后に、十数人のおっさん達が泣きべそかきながら追いすがる様子は、何とも見苦しかった。
「恥ずかしくないのかよ、良い年こいて……」
何の話かは知らんが、俺は不意にそう呟いてしまった。
誰にも聞こえないように呟いたつもりだが、ふと、追いすがる張譲と目が合ってしまった。
ほんとに一瞬。でも、たぶん、気づかれた。
こわ。
でも今は俺に構ってる暇はないらしい。
張譲はそのまま、何皇太后にすがりつづける。
「皇太后様を後宮へ入れるよう手配し、援助したのは我らです! 先帝にご紹介したのも、陛下の後ろ盾となったのも! 何進大将軍には恩義を尽くしたつもりですのに、それを仇で返されるのはあんまりで御座います!」
「兄上が何をしてるというのよ。別にいつもと変わらないじゃない」
「各地方の将軍や兵士をここ、洛陽へ集結させているのです! 兵力で国の実権を握る算段なのです! 我々だけでなく、皇太后様も、ご兄妹だからとは言ってられませんぞぉぉ!」
「チッ……あの豚野郎。分かったわよ、私から兄上には言っておく、だからもう付いて来ないで頂戴! まるでハエね、うっとおしい」
「皇太后様に感謝いたします!」
十常侍はおいおいと泣きながら、その場で何度もひれ伏し、頭を地面にこすりつけていた。
何皇太后はそれを不快そうに睨み、どかどかと足音を荒立てながら、その場を去って行く。
その騒がし気な足音が聞こえなくなった頃、ぴたりと、おっさんらの泣き声が止まった。
だれもが目を赤くしながら、無表情で立ち上がり、何事も無かったかのようにそそくさとその場を去って行く。
「え……こわ」
うさん臭さが酷い演技だったが、ここまで露骨に切り替わる事があるのかね。
その不気味さに、俺は思わず背筋が寒くなる。
はやくお湯に浸かろう。
俺はそろそろと、その場を後にした。
・沐浴
この時代では、五日に一度、体を洗う為に沐浴の休暇が与えられていた。
一般的に、湯で体を洗い、布で体の赤を擦り落とす入浴方法。
臣下が君主に会う前には沐浴で体を洗うのが礼儀とされた。