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68話


 いつまでも「戦」を頭で考えている自分達には、到底、思いつかない発想だった。


 伝聞や戦略ではなく、肌で感じる勢い。

 これはどうも天性の物であるらしい。議論ももはや、無意味であった。


「はぁ……また、王允殿に叱られます。ただでさえ財政は圧迫しているというのに」


「殿下は下に付く者達の苦労を分かっておられない。ただ、それで良いとも思っている」


 荀攸と賈詡は、劉協の突拍子もない提案を現実のものとするべく、軍を編成し、整えていた。

 相も変わらずの仕事量である。切迫していた董卓戦とは異なり、目を向ける方向があまりに多くなった。


「それで、殿下の言う通りに? 何か策はあるのですか? 賈詡殿」


「負ければそれこそ、終わり。韓遂が董卓になるか、それとも皇帝になるか、でしょうな」


「勝てませんでした、は通じない。私が軍師を変わっても良いのですよ? 安穏と暮らしていた貴方は、戦が不得手でしょうから」


「心配はいりません。董卓軍の中で、最も精強であった牛輔の軍を取り仕切っていたのは、私ですから。ご期待に応えて見せましょう」


 恐ろしく、深く暗い瞳をしている。

 この男の前では、嘘も、虚勢も、全てが見透かされるような、そんな気がした。





 四万の軍が進発。張済は先に前線で、一万の軍と共に駐屯している。


 大将を徐栄、副将を張済、軍師を賈詡。そして数人の諸将が含まれ、その中に郭汜も居た。

 ちなみに、李傕は長安で守備を務めている。


 董卓軍出身の兵が多くなったのは、編成し直す時間がなかったからだ。

 それに、涼州豪族の兵は精強である。抗するには、現在の漢王朝が持つ最強の布陣である、この編成で挑むしかなかった。


 加えて、漢王朝への忠誠心を試す、という意味も含まれているのだろう。

 いつだって、前線で戦うのは降伏した軍である。


「軍師殿とは、こうして共に戦をするのは、初めてな気がしますな」


「徐栄将軍は、戦が上手い。軍師も必要ないほどに。それが理由でしょう」


「さて、軍師殿から聞く話によれば、韓遂軍を先に攻める、という事でよろしいですか?」


「殿下はそのように仰せでしたが、犠牲は少ない方が良い。まずは対陣しましょう。戦は、勝てる準備が整って、戦うものです。死中に活を求めてばかりでは、命がいくつあっても足りない」


「命令を、違えると?」


「将、外にあっては、君命も奉ぜざるあり」



 徐栄の軍、五万。韓遂の軍、四万。

 郿城前に対陣し、睨み合っていた。


 この膠着は、韓遂からすれば願っても無い好機である。

 謀略や策を仕掛ける時間が出来たのだ。

 主の董卓を失った、不安定な官軍に付け入る隙などいくらでもある。


『直接、話し合いたい』


 韓遂からそう申し出が来たのは、対陣から一日経っての事。

 対陣の中央に席を設け、韓遂と馬騰、徐栄と賈詡が、その会談に及ぶこととなった。



 徐栄は、ゆったりと、その大きな体で腰掛ける。

 持ち込んだ酒を器に注ぎ、飲み干した。


「如何ですかな? お二方とも。軍を動かすのは骨が折れますから、たまの息抜きは必要でしょう」


「宴会をしに来たのではない」


「ふむ、そうですか。では私だけ酒を飲むことをお許しくださいな」


 あえて韓遂を煽る様に、徐栄はのんびりと構えている。


 韓遂が何を言いたいかなど、分かり切っていた。

 この曲者相手に、言葉尻を取られてはかなわんと、賈詡と示し合わせての態度である。


「劉協陛下と、いや、今は皇太子殿下だ。殿下と、中軍師の荀攸殿と、董卓討伐の暁には郿城を引き渡すという密約を交わした。まさか忘れたとは言いますまい。書状もある」


「なるほど……確かに、殿下と荀攸殿の名が入っておりますな。我らも、荀攸殿よりこの件はしかと聞いております」


「では何故、約束を違えるのだ! 我らには同様に、董卓からも密約が来ていた。それを断ってまで、殿下に従ったのだ。それなのにこの仕打ちは、あんまりではないか!?」


「落ち着かれよ、韓遂殿ともあろう御方が。それに我らは約束を反故にするとは言っておらん。少し待ってくれと、言ってるではないか」


「いつまで待てばいい。それは我らが死んでからの話か?」


「我らとて変革があったばかりであり、急かされても困る。やらねばならない事は多く、郿城の引き渡しが容易でないことくらい、察してほしい」


「だからこうして、こちらから出向き、貰い受けに来た。これならば文句はあるまい」


「ほう、四万を超える軍で、か。てっきり陛下に向けた、反逆の軍かと」


 そこで身を乗り出したのは、馬騰である。

 その体躯は徐栄よりも一回り大きく、厚みがあった。


「陛下に楯突く軍ではないと、何度も予め書簡を送っている! ただ、そちらの態度が煮え切らぬ故、軍を用いた。戦う気は毛頭ないが、自分の身を守るくらいの事は許していただきたい」


「信頼は出来ません。何しろ、殿下は韓遂殿の兵により、重い傷を負っております故」


「そ、それは……」


「あれは不慮の事故であった。こちらも防衛をしただけであり、他意は御座らん。それに、そのことも許したうえでの、今回の約束である。それを違えないでいただきたい」


「お待ちくだされ」


「期日を設けましょう。待てるのは、三日以内」


「それを破れば?」


「約束を違えたのはそちら、という事になります」


「それは困るな」


 笑いながら、徐栄は再び酒を注ぎ、飲み干す。

 これ以上の話は無用だと思ったのか、韓遂と馬騰はそのまま席を離れて、自陣へと戻っていった。



「これで良かったのか? 軍師殿」


「はい。韓遂の腹も読めました。あれは単に、こちらと戦がしたいだけかと」


「ふむ」


「期日の設定があまりにも無茶です。試しに城を明け渡すと言っても構いません。恐らく韓遂は、信用できないと言ってまた難題を設け、戦の口実を作ろうとしますから」


「では、どうするべきだ」


「明日の夜、軍を分け、夜襲をかけましょう。先手を打ちます」


「では、戻ったらすぐに、軍議を開こうか」




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