5話
予想以上に多くの方に見て頂けて嬉しい限りです('ω')
これからもよろしくお願いします!
一応、剣術を習いたいという申し出は、通ることには通った。
しかし、指定された庭でのみ。それ以上の侵入は禁じられた。
ご丁寧に、複数の宦官の監視付きだ。
庭の中にまで監視が付いて来ることは無いので、それは良しとしよう。
儒学のみを学んでいれば良いのにと、俺はすっかり変人扱い。
さらに剣術の師範は、苛烈な「曹操」ときた。
皆、あんまり近寄りたくないんだろうな。
だから庭には入ってこないのか。なるほど。
十常侍らが宦官の勢力を席巻する一世代前、皇帝から絶大な信頼を得ていた「大宦官」が居た。
名を「曹騰」と言い、節度を守って長く皇帝に仕え、優れた人材を多数登用した功績によって、養子を貰うことを許されたとか。
曹操の父である「曹嵩」が養子に入ったため、曹操は大宦官の出自ということになる。
厳格で清廉な気質、そして大宦官の孫であるという立場は、例え張譲と言えども近寄りがたいんだろう。
「陳留王殿下に、曹操が拝謁いたします」
目の前で、軽装の鎧に身を包んだこの男が、曹操。
俺は驚いたまま、しばらく声が出せなかった。
なんというか、小男である。
それも、まるで子供の様な小ささだった。
まだ劉弁の方が、上背はあるかもしれない。
しかし、その節くれ立った指や、岩の様に膨れた肩や腕が、叩き上げの戦歴を物語っていた。
そういえば、何進や袁紹と違い、曹操は「黄巾の乱」で戦争を経験している。
この深く据えた瞳は、死線を潜って来た男のそれであった。
「如何されましたか?」
「……いや、ちょっと、ごめん。感動してる」
「?」
誰か俺の、この気持ちを分かってくれる人いないかなぁ!!
だって今、目の前に偉人が居るんだぜ? それも、あの曹操だよ?
もうほんとゴメンだけど、興奮が鎮まるまで待って。
あ、握手いいですか?
「あの、殿下?」
「え、あ、はいっ!」
「左様に、私の手が珍しいのですか?」
「い、いや、ほら、これが戦場を経験した手なのかと、少し興奮してしまっただけで。何と言っても、貴方は黄巾の乱を鎮めた功労者の一人だ」
「過分なお言葉、身に余ります。私はただ、運良く生き残った、それだけです」
その「運」こそが、英雄の資質なんだよなぁ。
何の因果かはよく分からんけど、こういう運命に落としてくれた神様に、めちゃくちゃ感謝したいです。
良かったぁ。前世で苦労しておいて。
身から出たサビみたいな苦労だけど。
「しかし、曹操。申し訳ないな。私の力では、この小さな庭を拝借するところまでしか協力できなかった」
「いえ、これで十分です。早速、稽古に入りましょう。幸い殿下は、戦や武術に興味があらせられるご様子。それは良い事です」
「え、いや、宦官の様子を探るんじゃねーの?」
「意味無いですよ、あんなもん。殿下も、袁紹の妄想に付き合ってたら性格悪くなりますよ?」
おっと、なるほど。
たしかに竹を割った性格というか、真っすぐな曲がりの無い人だ。
曹操は呆れたように溜息を吐き、近くに立てかけてある木刀を二本、手に取った。
「軍権は掌握している。だったらあれこれ考えず動けばいいのです。策略めいた事にばかり気を取られて。愚かですな」
「あの、一応ここ、後宮だからね? もうちょっと気をつけた方が」
「宦官達も馬鹿じゃない、感づいてますよ。だから構わないのです」
俺は放られた一本の木刀を受け取った。
「それよりも殿下は、剣術を磨く事です」
「え」
「太皇太后も、ケン碩も居らず、後ろ盾も無い殿下は、ご自身の力で生きる道を選ばれる他ないのです。されど、今は乱世。殿下がご自身の力で、陛下の矛とならねばなりません」
「なるほど」
確かに、曹操である。
深く据わった瞳の奥には、煌々と燃え続ける意志が見えた。
心が震える。
こういう男の檄になら、確かに命を投げ捨ててでも、力になりたいと願うだろう。
でも生憎、俺は、俺の為に生きたい人なんでねっ!
木刀を持ち、固い土を強く蹴って、曹操目掛けて振り抜いた。
剣道なんか知らないけど、棒を使った喧嘩なら知っている。
この英雄の腕をへし折ってやろう。
本気でそう思いながら、振り抜いた木刀であった。
「無駄が多い」
次の瞬間、天地がひっくり返り、右の脇腹に激痛が走る。
息も出来ず、痛みで地面を掻いた。
「さぁ、殿下、お立ち下さい。まずは痛みを知る所から始めましょう。恐れを知らないという事は、兵士にとっては美徳ですが、指揮官にとってはただの汚点ですので」
「うっそ、マジかよ……」
「立たなければそのまま打ち据えますが?」
「クッソ……オラァアア!!」
「良い太刀筋です」
今度は足を蹴られて、肩から地面に落ちた。
俺、皇族で、まだ十歳にもなって無いんだけど? コイツ馬鹿なの?
「今日は意識が無くなるまでやりましょう」
「ひぃ」
何の因果かはよく分からんが、こんな運命に落としやがった神様を、めちゃくちゃに殴り付けてやりたいわ。
・十常侍
霊帝から寵愛を受け、権力を握った宦官の集団。総勢は十二人。
中でも張譲と趙忠は霊帝より「我が父、我が母」とまで呼ばれて寵愛された。
権力を専横し、政治の腐敗を生みだしたが、「十常侍の乱」で袁紹らに殲滅された。
・曹操
軍略だけでなく文学や感性にも秀でた天才。
三国志最大の勢力「魏」の礎を築き、その地盤を揺ぎ無いものにした。
当時の倫理の中心であった儒教ではなく、個人の才能のみを評価した人材登用を行う。