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53話


「何故此度の戦、私にお命じ下されなかったのですか。まだ、我が武勇は頼りになりませんか?」


「もう決まったことだ。それに、何があるか分からん。だからこそ、都には武勇の誉れ高きお前と、徐栄を残した。頼りにしているからこそだ」


 次々と軍が都から出ていく光景を目の当たりにしながら、我慢の抑えきれなくなった呂布は、董卓に直談判を繰り返していた。

 赤兎も疼いている。訓練ばかりではもう、飽き足りないのだ。


 天下を自由に駆け回り、飛び出し、各地の龍を喰らい尽くす。


 それが、自分の求めていた姿であったはず。配下たちも皆、それを望んでいる。

 何の為に、この手を父の血で濡らしたというのだ。


「それにお前は今、胡軫の軍の大半を吸収した。軍の再編も難しかろう」


「なれば我が直属の執金吾の軍のみで──」


「──呂布!!」


 言葉を遮る様に、董卓は声を荒げる。

 本当に機嫌が悪いとき、董卓はこうやって殺気を放つ。


 ここ最近はずっと董卓の側に侍っていたのだ。

 そういった心の機微は、嫌でも分かってしまう。


 洛陽に居たころはもっと、感情を隠し、それこそ殺していた。

 しかし今、董卓はむしろあからさまに感情を剥き出しにしている様に思う。


 この逆鱗に触れた文武の官が、一体何人、処刑されたであろう。


 ただ、今日ばかりは、引き下がる訳にはいかなかった。


「私に出撃をお命じ下され。直ちに袁紹を討ち、その首をご覧に入れましょう。ご命令とあらば、袁術でも、曹操でも、孫堅でも、誰であろうとその首を取って参ります」


「くどい」


「相国! 我が軍は、戦場を駆ける為の軍で御座います!」


「くどい!!」


 董卓は近くに立てかけている、大槍を持ち、呂布に向かって投げつけた。

 正面を捉えた矛先。呂布は半身を背け、その矛先を簡単に躱す。


 戦場で、四方から射られる弓矢を簡単に避けているのだ。

 これくらいの一撃に、不意を突かれることは決してない。


「下がれ、呂布。これ以上の口答えは許さん。董承の軍が戻るまで、謹慎していろ」


「……御意」


 不服な態度を隠そうともせず、呂布は重い足取りで、部屋を出ていく。

 入れ替わるように入ってきたのは、董旻だった。


 董旻は両手で槍を引き抜き、その重さにふらふらとしながら、元の位置に戻した。


「兄上、呂布は根っからの軍人です。戦に出してもよろしいのでは?」


「……どうしても、若い頃の自分に重なる。あまり功を立てさせればいつか、あれは、俺を飲み込む。牛輔より上にはいかせられん」


「ふむ。兄上が、そうお考えであれば、何も申し上げる事は無いのですが。されど、あの巫女は呂布に渡した方がよろしいかと」


 董旻の温和な顔が、苦く微笑む。


 近頃、呂布と懇意にしている盲目の巫女。

 董卓が召し抱えている巫女の一人であり、予言がよく当たると評判であった。


 しかし、数多居る巫女の一人、という地位に過ぎない少女である。



「駄目だ」


「……あの巫女一人で、天下が手に入ります。呂布の武勇を用いるとは、そういう事です」


「それでもだ。あの巫女は、見てはならないものを見た」


 仙華は、董卓の心を見た。

 笑って済ませれば良いことである。董旻の言い分が、百、正しい。


 それでもどうしてか、董卓は震えた。

 自分が、寂しいと、仙華はそう言ったのだ。


 見てはならないものを見た。


 呂布にやるなど言語道断であり、生かしてもおけないと、思い始めていた。





 粗末な胡服に身を包み、邪魔な冠も置いてきた。

 髪を後ろで縛り、漢王朝の象徴である赤色に染まった頭巾を被る。

 皇帝であることを証明できるのは、この、無駄に立派な剣のみ。


 幼少ながらも、幸い同年代より体格に恵まれた俺は、少し小柄な馬に跨り、荒野を進む。


 歩く一万の軍。

 防具も無く、武器は粗末で、隊列は乱れ、騎馬隊は僅かに近衛兵の五百のみ。


 これが、皇帝の軍である。そして俺が、この国の皇帝である。

 誰がそんな話を信じるだろうかと、笑いたくなった。


「おい! 董承!」


「何でしょう、陛下」


「何でしょう、じゃねぇんだよ。これが戦に向かう軍か? ガキの遠足じゃねぇぞ、やる気出せよ」


「荀攸殿は、戦をするなと言いました故に、あまり急ぐことも無いかと」


「屁理屈こねるのが将軍の仕事なのか? あ? やめちまえ馬鹿」


「あんたをここに置いて、俺たちゃ帰ったって良いんですが?」


「んだとテメェ」


「戦の前に何をなさってるんですかお二人とも」


 呆れたように仲裁に入る荀攸。

 とはいえ荀攸も、この軍の締まりの無さに溜息を吐いていた。


 しかし、董承一人に強く言ったところで無理なのだ。

 兵は誰もが、これから死にに行くのだと落ち込み、近衛兵の部隊長らは、生きて帰る事しか考えていない。


 これで命令を行き渡らせることが不可能なのだ。

 無理を言えば、たちどころに軍は離散してしまうだろう。


「おい、董承、一度ここで軍を止めろ。校尉、そして各部隊長を呼んで来い。百人規模の部隊長までだ。そして荀攸は、中でも緩んでる部隊の名を調べて報告しろ、今すぐに」


「あの、陛下、よろしいのでしょうか? 進軍を止めれば、目的地への到着は更に遅くなります。兵糧も、それほど多くありません」


「じゃあ早くしろ」


 また何か、劉協の気まぐれが始まるのだと、二人は眉をひそめながらとりあえず頷く。


 この突飛な行動に、悩まされない事は無い。

 特に董承はそれを肌身に染みて分かっているだけに、隠れて舌を打った。




胡服こふく


 漢民族の視点で見た、異民族の服装。ここでは北方の騎馬民族の事を言う。

 野蛮であるとして漢民族は着用しなかったが、戦に適した服装であった。

 この胡服と騎馬兵を用いて、趙の武霊王は天下に猛威を振るった。

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