表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/94

52話


 功を挙げ、将に上る。

 長い間、奴隷上がりの身分であった自分が、大軍を率いる将軍になれたのだ。


 大きな屋敷を構え、従者も多い。

 だが、何か足りない。

 呼び寄せた家族や親族の、感涙を前にしても、心は満たされなかった。


 こんなものか、と。


 命を賭けて、何度も死地を潜り抜けた結果にしては、虚しい気がしてならない。

 まだ、将の末席だからだろうか。

 この席次が上がれば、また景色は違うのだろうか。


 内に燻る野心は、なおも渇いて止まない。



「相国、お呼びで御座いましょうか」


 董承は武具を身に着けたまま、その場に膝をつく。

 深く椅子に座る巨漢は、董卓。隣には董旻が立っていた。


 今や、誰もが恐れてやまない存在となったが、董承の心中は特に変わりはない。

 董卓が功に報いる姿勢を失くせば、いつでも反旗を翻せる。

 恐怖も、忠誠も無い。地位や金銭で成り立っている関係と、割り切っていた。


「此度の戦についてだ。お前には、予め話を通しておくべきだろうと思ってな」


「涼州平定の件ですね」


 これも一種の、あの皇帝の一声によって決定してしまった事項である。


 馬騰や韓遂の動きが不穏だからといって、彼らは反意を抱くどころか、まだ董卓に恭順の意思を見せている勢力であった。

 だからこそ董卓は、自分の勢力地で、彼らが兵を持つことを許していた。


 それを今更、平定しようなどと言うのは、無駄な出兵でしかない。


 董卓が無駄な喧嘩を売ってしまったと、董承は呆れた気持ちで眺めていた。


「馬騰と韓遂の兵力は、合わせていくらか知っているか?」


「二万から三万ほど。それも、涼州の駿馬をそろえた精強な騎馬兵が主力です」


「そうだ。それに対し俺はお前に、僅か一万五千の囚人、奴隷の軍のみを与え、陛下の与力となるように命じた」


「お言葉ですが、この軍では馬騰と韓遂には到底敵いません。寡兵であり、兵の練度も低く、武具も揃わず。これでは死にに行くようなものです」


「誰が勝てと言った」


「え」


「お前の任務は、負けて帰ってくる事だ。もう、馬騰と韓遂にも、話を通してある」


「よく、話が分かりません」


 困惑する董承。

 すると補足をするように、董旻が前に出た。


「董承将軍はそのまま涼州軍と対峙し、戦い、負けて下さい。その後、将軍が帰還し次第、今度は将軍の副将に徐栄将軍を付けて再度侵攻。そのとき、馬騰と韓遂は正式にこちらへ恭順を示す、という手筈になっています」


「何故、そのようなことを」


「馬騰と韓遂は、涼州の豪族に支えられており、素直に降ってしまえば彼らの反感を買います。そこで、一芝居をうつのです。この方法ならば、互いに利がある。そもそも彼らは異民族の抑えとして、軍を持たせておかねばなりません」


 まぁ、あくまでそれは建前だ。

 董卓はそう言った。

 顔には不敵な笑みがこぼれ、董承は思わず目を逸らしてしまう。


 あれが、本来の董卓の顔。

 まるで悪魔であった。魂を、悪魔に売った男の顔だ。


「董承、お前にはもう一つの任務がある。極秘の、任だ」


「なんでしょう」



「──劉協を殺せ。流れ矢に当たったとか、そんなもので良い。対価は、新しき皇帝の外戚としようか。その地位は、三公に並ぶぞ」



 頭を下げ、董承は諾とした。





 荀攸が頭を抱えています。

 おいおい、普段の泰然自若を体で表したような人柄はどこに行った?


「これは……勝てないですね」


「マジで?」


 すまん、最終回が前倒しになりそう。


「馬騰らの騎馬兵は、圧倒的な強さです。それこそ天下に名が轟くほどに。それに対するのが、急造された奴隷部隊。率いるのが董承将軍というのが、また絶望的です」


「指揮官としてダメなの? アイツ」


「死兵を率いたことしかない時点で、指揮官としての能力は分かりません。まぁ、兵を逃がさない、という点では卓越した腕を持っているでしょう」


「じゃあ、何が問題なんだ?」


「董承将軍には校尉、側近が居ません。今まで配下が全員死ぬような戦をしてきたので当然ですが。つまり、戦場で実際に、兵を指揮する部隊長が居ないのです。これでは統率を取る術がありません。戦う事はおろか、目的地にたどり着けるかどうかも怪しいところ」


 思ってた以上に絶望的だった。

 一応、近衛兵も軍に入っており、その地位で部隊長などが割り振られてはいるが、あくまで軍の体を為すだけのものに過ぎない。


「勝ち負けよりもまずは、戦が出来るかどうかって話か」


「そういう事になります」


「じゃあ仮に、戦になったとして、どうすれば勝てる? 出来れば董卓と戦う前だから、犠牲は少なく、味方に出来れば最上だ」


「……勝利、その一点に焦点を絞るなら、戦をしない事です」


「?」


 戦わないで、勝つ?

 手品かしらん?


「戦えば負けます。これは絶対です。恐らく、生きて長安にはたどり着けません」


「なるほど、董卓と戦う以前の問題っていうね」


「孫氏曰く、戦の勝敗は、戦う前に既に決まっている。どうにかして、この状態に持っていく、それを考えるのが私の役目です」


「翠幻、いるか?」


 名を呼ぶと、音もなく居室の戸が開かれ、一人の宦官が姿を現す。

 彼は声を出す事もなく、その場でひれ伏した。


「翠幻、これから汚鼠を荀攸の指示に従わせろ。俺の指示を仰がなくても良い」


「陛下、現在汚鼠のほとんどは、并州にて手を回しており、動けるのは私のみです。私まで動けば、陛下の御身を守る者が居なくなります」


「構わん。負ければどのみち命は無いんだ」


「分かりました」


「……あの、陛下、この宦官は」


「謀略を担う者達だ。鼠と思って、使ってくれ。相応の働きはする」


「は、はぁ」



 出兵は、三日後に迫っていた。




韓遂かんすい


 涼州軍閥の中核を常に担っていた軍人。生涯、中央への反乱を繰り返した。

 馬騰とは義兄弟でありながら敵対を繰り返した。馬超が曹操へ兵を向けるとそれに従軍する。

 馬超が敗れてもなお曹操への反乱を続け、七十を過ぎて、その首を討たれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ