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49話


 黄巾の乱。


 それは、後漢王朝の息の根を止める程の、大規模な「民」の反乱であった。


 民の反乱ほど、王朝に与えるダメージが大きいものは無い。

 放っておけば王朝は瓦解するし、鎮圧すれば自分の臓腑をえぐり出すも同然なのだ。


 総勢百万とも呼ばれ、各地で勃発した未曽有の大反乱を鎮圧したのは、後漢王朝最後の名将達である。


 特に名を上げるとすれば、誰もが「皇甫嵩こうほすう」「朱儁しゅしゅん」、この二人を挙げるだろう。

 彼らの戦功は華々しく、黄巾の乱は実質、この二人の手によって鎮圧されたと言っても過言ではなかった。


 そのうちの一人、朱儁しゅしゅん

 連合にも呼応せず、董卓に従順な意思を見せていたこの老将が、ついに動いた。


 無理な遷都、洛陽への放火、目に余る董卓の横暴。

 これを見かねて、我慢を抑えきれなくなっての挙兵である。


 場所は、洛陽から東、河内である。



「やっと動いたか」


 報告を聞いた董卓は、その太った体を椅子に預け、大きく溜息を吐いた。

 立ち並ぶ群臣は、その一挙手一投足に怯え、頭を下げている。


 今までの、董卓の目に余る横暴は、この老将を動かす為のものだったと言って良い。

 やはり、彼の軍部における名声は計り知れないものがある。老いたとはいえ、王朝の「英雄」なのだ。


 それに、コンプレックスもあった。

 董卓は「黄巾の乱」鎮圧軍の大将として、彼らと肩を並べ参戦したが、敗北。

 慣れない土地や、兵馬だったとはいえ、この事実が自分のプライドを大きく傷つけていた。


 皇甫嵩こうほすうは、自分の手で既に左遷した。

 野心も無く、争いに身を投じる事をもう諦めていた英雄は、声を上げることなく牙を折った。


 しかし、朱儁は剛直であった。

 表では良い顔をしながら、その実ははらわたが煮えくり返っているのが良く分かった。


「牛輔」


「はっ」


「お前に任せる。兵は殺せ。ただ、あの老将は捕らえよ。丁重にな」


「御意」


張済ちょうさい。お前は副将につけ。牛輔を補佐しろ」


「承知しました」


 この戦は、ただの鎮圧目的の戦ではない。

 朱儁しゅしゅんの鎮圧は、ただのきっかけである。


 鎮圧後、素早く豫洲へ侵攻し、潁川えいせん陳留ちんりゅう付近まで実効支配する目的がある。

 特に陳留には、連合を呼びかけた「張邈ちょうばく」が居た。


 ここを潰し、完全に連合の息の根を止める。

 その意思表明で、諸侯の誰が敵か、味方かを完全に振り分けようと考えたのだ。


「相国、他にも懸念事項があります」


「ふむ」


 前に進み出るのは、董旻である。

 董卓は不快そうに鼻を鳴らした。


「涼州と、并州です」


 董卓の勢力の、中心地であった。


「涼州では、馬騰ばとう韓遂かんすいの動きが活発になり始めています。また、并州でも賊徒の出現が多く、駐屯している軍が度々襲われています。一度、軍を派遣すべきかと」


「……不穏な事があると、袁紹の謀略を、疑ってしまうな」


「まぁ、無きにしも非ずかと」


「李粛」


「は、ハッ」


「しばらく并州に駐屯し、賊へ睨みを効かしておけ」


「私が、ですか」


「戦はするな、治めよ。それが出来るのは、我が諸将の中ではお前だけだ」


「御意。身命を賭します」


 そして、ギョロリと、その瞳は隣を捉えた。

 群臣がその視線に怯えている中、ただ一人。


 心地良い日光の暖かさに、ウトウトしているヤツが居た。





「──陛下」


「……へっ?」


「聞いておられましたか?」


「え、あ、うん! まぁた、袁紹がやらかしてるなぁと思いました!」


 めちゃくちゃ寝てた。すまん。

 今日はなんだか話が長いなぁって思ってたんだよ!

 しかも、天気は良いし。仕方ないよね?


 あ、ごめん。めっちゃ大きい欠伸出た。


「陛下は、涼州地方の件、如何様にお考えですかな?」


「え、何かあったの?」


 珍しく董卓のこめかみに血管が浮く。


 何があったのかはよく分からんけど、感情が分かりやすくなったなコイツ。

 不摂生の為か、激太りしてるし。


 屈強な軍人から、恐ろしい暴君。

 立場がここまで人間の容貌にも変化を与えるんだな。


 それとも、逆か?


 董卓の代わりに進み出るのは、董旻であった。


「陛下。涼州では、馬騰ばとう韓遂かんすいといった、中央より任官されている者らが許しも得ずに徴兵、訓練を繰り返し、不穏な動きを見せております」


「ふーん。でもさ、韓遂かんすいはともかく、馬騰ばとうの評判は聞こえている。それに涼州は異民族も多く、治めづらい。事後報告になる事もあるだろう」


「……よく、ご存じでありますな」


「俺は、まずは使者を派遣して、その意図を問い、それが怪しいようだったら軍を派遣する。それでも良いと思うけど、相国はどう思う?」


「陛下は甘いですなぁ。戦場を、分かっておられぬ」


 俺を睥睨へいげいし、その重い腰を上げる。

 あからさまに俺の意見を否定しようと、そういった裏の顔が分かりやすく見えた。


 この董卓が、そんなに分かりやすい態度をするだろうか。

 何を狙っているのだろう。


 ただ、俺はそこまで我慢できる質ではなかった。

 イラッと来るなぁ、おい。


「涼州では、力こそが全てです。裏切りも策謀も、その全てが力です。負けたものには、生きる権利すら与えられません。軍を派遣し、首を斬る。それ以外に解決はあり得ない。陛下の様に、後手に回るような事をすれば、それこそ足元をすくわれますぞ」


 喧嘩を、売っている。

 はっきりとそれは分かった。


 男は舐められたら終わりだ。

 売られたものは、買う。たとえそれが誰であろうと。


 公衆の面前でこんなに分かりやすく手を打ってくるとは、思わなかったけどね。


「良いさ、その安い挑発に乗ってやる」


「どうなされましたか? 陛下」



「──軍を貸せ、董卓。俺が馬騰と韓遂を討つ。これで文句はないはずだ」



 董卓は怪しく、不敵にほほ笑んだ。




朱儁しゅしゅん


 後漢の名将。黄巾の乱の鎮圧に大きく貢献した。

 皇甫嵩と共に黄巾賊の討伐を行い、主に南部の戦線で戦功をあげた。

 遷都に反対し続け、河内にて兵を挙げたが、李確に捕らえられ捕虜となり、その後憤死する。



馬騰ばとう


 涼州地方で軍閥を持った武官。馬超ばちょうの父。

 韓遂とは義兄弟の中であったが、間に争いは絶えず、妻子を韓遂に殺されている。

 後に曹操に召還されて中央の任に付くが、馬超が反乱を起こした為、一族は処刑された。


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