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45話


 孫堅軍は、徐々に袁術の兵を指揮下に加え、総勢は三万に達しようとしていた。


 対する胡軫、呂布の軍も、同数の三万。

 しかし、いずれも精鋭である。


 戦に不慣れな袁術の兵が混ざり合った孫堅軍とは、兵の練度に大きな差があった。


「なるほど、確かに優れた将だな。鮑信の軍とは雲泥の差がある」


 堅陣を敷く孫堅軍を前に、呂布は感心する様に唸った。


 以前戦った鮑信の軍は、兵の士気だけが高かった。

 しかしこの軍は、戦争がどういうものかを、一人一人が理解している。


「なーに暢気な事を言ってんだ。あれをブチ壊さないと、胡軫に頭下げる事になんだぞ? それだけはやめてくれよ大将、みっともねぇ」


「孫堅は袁術の本軍が到着すれば勝ち。つまり守ってるだけで良い。攻めようとしてくる敵を討つのは容易いが、守ってるだけの軍を崩すのは犠牲が出る」


「んで、どうすんだ?」


 後方に立つ高順に振り返る。

 張遼や、その他の諸将も静かに整列し、ただ、命令だけを待っていた。


「高順、半数の二千五百を率いて、お前が最初にぶつかるんだ」


「ん? いつもは張遼が先駆けだろ?」


「敵は堅い。隙が無い壁に斬り込むことは出来ん。だからお前が揉みに揉み上げて、穴を作れ」


「なるほどな、了解」


「張遼」


「ハッ」


「聞いての通り、お前は二千を率いよ。出撃や攻め込む場所はお前が判断するのだ」


「御意」


「俺は五百で、孫堅を討つ」





 開戦の太鼓が鳴らされ、怒号と、馬蹄が、大いに地を揺らす。


 孫堅は魚鱗の陣を組み、盾を構え、長槍を出し、馬止の柵を展開する。

 左翼より攻め入った高順は、激突の不利を悟り、戦場を駆けまわりながら矢を放った。


 攻め入っては離脱を何度も繰り返し、波状の形で攻撃するも、魚鱗は開いた穴をすぐに埋め、急所を一切作らせない。


 張遼もこれでは攻め入る事が出来ず、悔し気に戦場を見守るしかなかった。


「高順でもキツイか」


 別に、高順の戦ぶりに腹が立っているわけではない。

 むしろ、彼の実力は誰もが認めるところであり、戦の指揮から戦術眼まで、卓越した力を持っているのは分かっていた。


 呂布は、少数の騎馬隊で戦場を駆け巡ることに長けているが、高順は大軍の指揮から少数での奇襲までそつなくこなす。

 幼い頃よりずっと友として戦場を駆けまわり、唯一、心の全てを開ける相手である。


 そんな高順ですら崩せないとなると、張遼が加勢したところで、きっと結果は変わらない。


「殿」


「なんだ」


 伝令の兵である。

 言いたい内容は分かっていた。僅かに舌を打つ。


「胡軫将軍が、これより総攻撃をかけるとのこと」


「……仕方あるまい。一旦、高順を下げて、張遼を俺の指揮下に入れろ」


「ハッ」


 先鋒を請け負ったというのに、戦果は皆無である。

 敵である孫堅の奮戦を願うとは。思わず溜息が出てしまう。



 高順が後退すると、万を超える胡軫の本軍が、怒涛の様にあふれ出した。

 騎馬兵ばかりが注目されがちな涼州兵だが、歩兵もまた、精強を極めている。


 陣形も何もない、ただ、押し寄せる殺意の濁流。


 敵を殺せば殺すほど、地位も報酬も略奪も、思いのまま。

 人間が、飢えた虎狼と化す。


 頑強な孫堅軍の壁はその殺意を跳ね返すが、やがて後退し、じりじりと決壊を始める。


 圧倒的な物量と、兵の練度。

 時間が経つとともに、それはどうしようもない差として、大きく開き始める。


 ふと、呂布の脳裏に、瞼の開かない少女の姿が浮かんだ。

 どうしようもない、怒りと、焦り。


 思わず、高順を呼ぶ。


「お前にしか、頼めない事がある」


「何も言うな。全部分かるさ、親友。俺に任せろ」


「すまない。お前ばかり、汚れさせてしまう」


「その為の俺だ、構わんさ。お前の汚い面を知っているのは、俺だけで良い。大将は誇り高くあるべきだ」


 高順は、怪しく微笑んだ。





 これでようやく、あの高慢な若造の鼻っ柱をへし折れる。

 胡軫は笑いが止まらなかった。


 孫堅は以前に、徐栄軍の涼州騎馬隊と交戦している。

 対策をしていないはずがなかった。いくら呂布であろうと、あの兵力差では無理な話なのだ。


 だからこそ先鋒を許したし、兵数の削減も受け入れた。

 いや、むしろ自分からどんどん不利な状況に持って行ってくれたのだ。


 内心、笑いを堪えるので大変であった。

 その分、この戦場では口を開け、膝を叩いて喜びを露わに出来る。


「あの小僧を、どうしてやろうか。諸将の前で頭を踏みつけ、俺の馬のケツでも舐めてもらおうか……ククッ、ハハハハハ!!」


 狂ったように敵兵を屠る殺意の波が、孫堅軍を食い破り、飲み込んでいく。

 このまま、押し潰せ。胡軫はギョロリと目を見開き、何度も「突撃」と繰り返す。


 しかし、歩みは急に止まった。


「な、なんだ? 早く前線の華雄に、前進を命じよ!!」


「報告です!」


「如何にした」


「孫堅軍は、陣中に防陣を再度構成している模様。兵の精強さは増し、恐らく本隊かと思われます。華雄様はその防衛に苦戦し、戦線が押し返されているとのこと」


「押し返されてるだと? そんな馬鹿な話があるか。華雄に死力を尽くせと言え! 呂布に大将首を横取りされてなるものか!」


 事態は進展せず、犠牲は増えていくばかりである。

 これが、孫堅。思わず歯噛みし、拳を握った。


 精強なのは、涼州兵だけではない。

 むしろ、歩兵のみで考えれば、孫堅軍は天下一である。


 それでも、時間をかければ間違いなく押し潰せるが、その瞬間に呂布の騎馬隊が現れかねなかった。

 いっそのこと左翼に部隊を配置し、呂布軍が突撃を開始した瞬間、それを潰そうかと本気で考え始めた頃である。


「報告! 報告!」


「今度はなんだ!!」


「早馬からの情報によれば、我が軍の右翼より袁術軍が接近中とのこと! その数、およそ一万!」


「一万!?」


「報告! 左翼より袁術軍およそ四千が接近中との情報が入っております! 更に、その情報が軍中に漏れたのか、我が軍は混乱! これでは戦になりません!」


「あり得ん……あり得んっ!!」


 胡軫は顔を赤くし、報告を聞き入れることなく、何度も前進の命令を繰り返す。

 後退する者は斬り捨てる。ついには自ら槍を携え、指揮を振るい始める。


 しかし、忠義ではなく、恩賞で成り立っている涼州軍は一度崩れ始めると脆く、混乱は増すばかり。

 その間にも幾度となく早馬が届く。その情報は既にどれもが確かな情報ではなく、滅茶苦茶な内容なものばかりである。


 ただ、それを精査する冷静さを、胡軫は既に欠いていた。



「──報告! 華雄様が、孫堅に討たれ申した!! すでに前線は壊滅、将軍は急ぎ撤退を!!」



 一体、何を間違えた。

 思わず、槍を落としてしまう。


 兵は我先にと逃げ出し「孫」の旗が一直線に向かってきている。


「呂布将軍だ! 騎馬隊が援軍に来てくれたぞ!!」


 「孫」の旗をなぎ倒し、颯爽と現れたのは、左翼にあったはずの騎馬部隊。

 呂布の到来を知ると、孫堅本隊は再び陣に戻り、守りを固める。



「……撤退だ」



 そこでようやく、胡軫は配下に命令を下した。



華雄かゆう


 胡軫配下の校尉。孫堅軍との戦で戦死し、胡軫軍の壊滅が決定的となった。

 この敗戦は、仲間である呂布軍の虚報によって引き起こされた。

 演義では胡軫と華雄の地位は逆転しており、関羽との一騎打ちで戦死する。



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