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44話


 本格的に、劉弁と唐姫の身柄は、蔡邕が厳重に警護する事となった。


 文官である李儒が暗殺を企て、劉弁に仕えていた宦官と相打ちになったということが、はっきりと表に出たからだ。

 証拠は二人の遺体と、闘争の跡が残る劉弁の屋敷。数人の衛兵も、行方が知れなくなっている。


 これだけ数が揃えば、もはや言い逃れは出来ない。

 董卓は自ら、蔡邕に、厳重な警護をするようにと言い渡した。


 自らのもとに引き取ると言った場合、董卓政権下の多くの人間が、その関与を疑いかねない。

 特に「蔡邕」「王允」、この二人なくして、現在の政務は機能しないだろう。


 つまり、しばらくは、劉弁の命への危機は去ったという事だ。

 一人の名も無き宦官の命と、引き換えに。



 こうなれば次は、その蔡邕との協力関係を、より強固にしないといけない。


 俺は長安を出立する直前に、蔡文姫との婚姻を、こちらから頭を下げて頼みこんだ。



 ここから、董卓と敵対する。

 今は、乱世だ。

 何もかもが関係ない、ただ強い奴が勝つ。


 俺が目指す天下は、そうやって歩んでいく天下のはずだ。





 大軍が、虎牢関へ向け進軍していた。

 孫堅が袁術軍と合流する前に、一度叩いておくことが今回の目的である。


「なぁ、高順。今回の戦は、難しいのか? 孫堅は、それ程手強いのか?」


「どうしたんだ大将、藪から棒に。確かに孫堅は手強いが、一人で万の大軍相手に突っ込んじまうお前らしくもねぇ」


「戦に出る前、巫女が言っていたのだ。此度の戦の結果は、負けと勝ちの、両方の線が見える、と」


「なんだそれ。占いは気休めだ、本気にするな。のめりこむと李傕みてぇになるぞ」


 どこか上の空な呂布を見ながら、高順は呆れて、伸びた鼻毛を引き抜いた。


 大きなくしゃみを一つ。

 鼻をすすり、再び呂布の方を見てみるが、相変わらずの上の空である。


 まさか本当に、神仙とかの怪しい類に魂を抜かれたのかと、高順は身震いしてしまう。

 あの、蛇の様な目をした猛将、李傕を思い出した。


 怪しげな呪具をジャラジャラとぶら下げ、悪魔を崇拝する、頭のおかしな奴だ。

 確かに腕は立つし、戦も上手いが、近寄りたくない人種であることには違いない。


 親友である呂布までそうなってしまうのではないかと、本気で心配になる。


「まさか、怪しい呪具とか、買ったんじゃないだろうな?」


「何を言ってるんだお前は。董卓様の屋敷で、ふと同郷の巫女に会ってな。よく当たると評判だったから、ついでに占ってもらっただけだ」


「なーんか怪しいんだよなぁ……」


 言ってみれば、呂布は占いの様な、スピリチュアルとは対極にある様な人間である。

 そもそも、死を恐れないのだ。死を恐れない人間が吉凶を占ったところで、何の意味もない。


 だとすればこの、呂布の意識はどこに向いているのだろうか。



 虎牢関はもう、目の前である。





 徐栄は軍の半数を率いて、冀州方面へと出立した。

 指揮権は胡軫と呂布にそのまま引き継がれ、孫堅軍と相対する。


 総大将を胡軫、副将が呂布。

 加えて呂布には騎馬軍全ての指揮を担う権限が与えられた。


 とはいえ万を超える騎馬軍の指揮は、得意ではない。

 素早く動けることが、騎馬隊の何よりの長所であり、それを殺したくはなかった。


 最大でも、五千。

 それ以上の騎馬隊の指揮権は、全て胡軫に譲った。



 ただ、この二人、どうも相性が悪い。

 というか、胡軫が一方的に呂布を目の敵にしている節がある。


 呂布は新参にして、董卓からの寵愛が、今最も深い武将でもある。

 古参の将軍達は当然、それが面白くなかった。


 中でも血気盛んな猛将である胡軫は、そんな呂布をとことん嫌い抜いており、ところかまわず悪口を言いふらすありさまであった。


 そんな胡軫を歯牙にもかけない様子の呂布。

 これがまた、事態をややこしくしていた。


 二人の指揮下にある校尉達は、どうしてここを組ませたのだろうと、疑問を浮かべる程である。



「明日の朝、孫堅の陣に総攻撃をかける。呂将軍は、虎牢関でも守っておいてくれ」


「俺の戦に口を挟むな。その為に軍を半数以上も預けた。お前はお前で好きにやればいい」


「この戦の総大将は俺だ、調子に乗るなよ」


「董卓様は俺に騎馬隊全ての指揮権を預けた。総大将だからとて、そこに異論を挟むつもりか?」


 胡軫の目も見ようともせず、呂布は淡々と答える。

 それがまた、胡軫の怒りを募らせる。


「……そういやよぉ、董卓様はこの戦に出る前に、より戦功を挙げた方の願いを一つ、叶えられる範囲で叶えてやると言われたな」


「それがどうした」


「何でも最近、お前は董卓様の屋敷の、盲目の巫女に執心らしいな。俺がアイツを欲しいと言えば、董卓様は容れてくれるだろうかなぁ?」


 初めて、呂布の視線が胡軫を正面に捉えた。


 その瞳は、人を殺す目だった。

 傍に立つ張遼は、慌てて呂布が剣を抜こうとする手を抑える。


 胡軫の側も、それ以上の対立を抑えるように、校尉の華雄かゆうが間に入っていた。



「良いだろう、お前のその安い挑発に乗ってやる。明日、戦功の低い方が相手の言う事を全部飲む、それで良いな?」


「はっ……戦が多少上手いやもしれんが、誰に楯突いたのか、後悔するなよ」



 まさか董卓は初めから、二人のこの功名心を見抜き、組ませたのではないか。

 張遼は、珍しく息の荒い呂布を見ながら、ふと、そう感じた。




虎牢関ころうかん


 唐の時代に置かれた、西北に位置する関所の一つ。

 三国志の時代は関所ではなく、要塞が築かれていたとされている。

 別名を汜水関しすいかんとも呼ぶ。


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