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43話


 屋敷の前に並ぶ複数の荷台。

 皇帝が住む広いこの屋敷からは、あらかたの物という物が消え去っていた。


 後宮が燃えたというのに、まだこんなにもあるのかと思うと、不思議でならん。

 先祖代々が貯めてきたんだろうなぁ。


 これ全部売り払えば、財政難とかどうにかなったんじゃないっすかねぇ。

 まぁ、こういうのをコレクションする為の財政でしかなかったんやろ。


 これは責任を持って僕が後ほど、全て軍備に変えますので。

 貨幣は価値が変動するからね。その点、価値の変動が少ない高級品は、資金運用としては優秀か。



 長安への出立は、明日に決まった。

 董旻、賈詡に連れられ、俺は一足先に長安入りするらしい。董卓は後ほどやってくるみたい。


 既に呂布、胡軫の率いる董卓軍は、虎牢関へと向け出発。

 徐栄将軍と交代する手筈となっている。先日、それを董承から聞いた。


 というのも董承は徐栄軍の傘下として、袁紹軍との戦線に付く事となっていたからだ。


 董承の監視も無く、賈詡も明日の出立に向け、ここ数日は色々と忙しそうだった。

 だからといって俺が好き放題出来たわけでもない。


 当然の如く、監視の衛兵は居るし、荷造りでこちとら忙しいんじゃ。


「静かな夜だ」


 ガランとした部屋に居るのはなんだか寂しく、なんとなく中庭に出てみては、虫の音を聞いていた。


 あまりにも星空が綺麗である。

 月明かりは眩しいほどに銀色で、一切の曇りもない。


 これが、排気ガスも何もない空か。

 今まで落ち着いて眺める暇もなかったな。


 思えば、この世界に来て約一年だ。

 どうしようもなかった俺が、案外うまく生きれている。何とか、ギリギリのところだが。



 ──ガサガサ



 整えられている草花が、不自然に揺れた。

 動物、にしては揺れが大きい気がする。


 思わず腰の木刀を握り、構える。

 一目散に逃げればいいのに、とは思うが、生憎それは俺の性分じゃないんだよな。



「おい、宗越、なのか?」


「……陛下、不覚を、取りました」


「オイ! しっかりしろ!!」



 血に濡れ、全身の肌の色が紫色に染まった、宗越である。


 体中が浅く斬りつけられており、致命傷ではないと分かるものの、毒が既に全身を巡っていた。


 ふらふらと姿を現し、力なくその場に、膝から崩れ落ちる。

 木刀を放り、駆け寄り、血に濡れながらも、宗越の崩れ落ちる体を抱き止めた。


「すぐに医者を呼ぶ、待ってろ!」


「いえ……良いのです。それより、私の最後の言葉を、どうか」


 視線の焦点は定まっていない。虚ろな瞳だ。

 それでも、俺の腕を掴むその力は、強かった。


 まるで最後の力を振り絞らんばかりに。


 もう、長くない。

 首を縦に振り、耳を宗越に近くにもっていく。


「陛下、ご安心下さい……弘農王殿下は、ご無事です。もう、大丈夫です。董卓も手出しできません」


「だが、お前を失っては、意味がない」


「たかが鼠一匹です。されど、嬉しゅう御座います」


 震える手で、宗越は近くを指さす。

 そこには草花に隠れて、一つの木箱が置いてあった。


「あれに、李儒の首が入っております。私の死後、あの首と、私の遺体を蔡邕様へ。これが動かぬ証拠となり、蔡邕様が殿下を保護する名目が立ちます。それを破ってまで、董卓が手を出す事はもう、ありません」


「よくやった、お前が天下を救った。漢王朝を救ったのだ」


 蔡邕と明確に敵対すれば、自分の政権がどうなるか。

 それは董卓にとって、自分の右足を切り落とす様なものであった。


 政務に関してはほとんど「蔡邕」と「王允おういん」、この二人の文官に頼り切っているのが現状である。

 なかでも蔡邕の名声は高く、最も董卓に協力的なのも、蔡邕なのだ。


 狡猾が故に、手は出せない。


 この首と、宗越の遺体がある限り。



「思えば、陛下に仕えて、まだ一年も経ってないのですな」


「最初のお前は、俺に仕えるどころか、俺を売ろうとしてたがな」


「仕事故に。されど、陛下は生き延び、運を掴まれた。まだ幼少ながら、その目は、はっきりと天下を見据えておられた。陛下を通して、こんな腐れ者の自分が、天下を見る事が出来ました」


「そうか」


「陛下をお守りし、陛下の為に動く事が、天下へとつながる。その誇りを胸に、死ねるのです。あまりに、過分なほどに、光栄です」


「だが死んでしまえば、俺が『奇貨』であったかどうかなど分からんだろ? その対価も報酬も無く、それはお前の流儀に反するのではないか?」


「いいえ、間違いなく、陛下は、天下を掴まれます……それに、誇りを胸に死ぬ事の出来る鼠など、どこにおりましょうや。それで十分すぎるのです」


「分かった。俺が天下を取った暁には、お前を第一の功労者として評しよう。お前の死に、必ず報いよう」


「陛下の、胸に、留め置いていただければ、それだけで、構いません」


「では、他に何か望みはあるか」



 返事はなかった。

 虚ろな目に、既に光は無く、細く浅い呼吸も、切れていた。


 冷えていく体温。瞼を下ろし、近くの木箱を抱える。

 確かに、首だった。翠幻に、あとで首検証をさせる事にしよう。



 さようなら。

 俺に、初めて、そして唯一、心から仕えてくれた臣下よ。



 その死に顔は、今まで見てきた中で一番、自然に笑みを浮かべる事が出来ていた。




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