表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/94

40話


 董卓という人間は、不思議だ。


 今まで部外者ということで冷遇していたにもかかわらず、戦に一つ勝てば、息子と呼んで歓迎する。


 呂布は暖かい陽だまりで大きく欠伸をかまし、眠気眼をこする。

 数日後には徐栄将軍と入れ替わりで孫堅軍の抑えに回らなくちゃならない時に、董卓は自分を側から離そうとしない。


 重用されている。悪い気はしなかった。

 ただ、限度というものがあるだろうとも思う。


 董卓の屋敷の隣、今まで見たことのない様な大きな屋敷。

 これが自分の家だと言われたところで、実感は沸かない。


「結局、高順と張遼に、軍の編成は任せっきりだな」


 大きな屋敷が与えられても、呂布は四六時中、馬小屋に居た。

 結局ここが落ち着く。

 赤兎とは、どれだけの長い間、側にいても飽きないのだ。


「じゃあ、赤兎。また董卓様に呼ばれてるんだ、行ってくるよ。朝には戻る」


 赤兎が、呆れるように鼻を鳴らした。


 今日もまた、送別の宴だ。

 これが毎日、出征前日まで続く。


 涼州兵がどうしてあれほど強いのか、分かった気がする。


 勝てば、必ず報われる。

 その約束を、決して董卓は破らない。


 たとえ奴隷の身分であろうと、勝てば将軍にもなれるのが、この涼州軍だ。


「ははっ……これじゃあ、あまり派手に勝ちすぎるのも、問題だな」


 苦笑いを浮かべながら董卓の屋敷を訪ねると、今は色々と忙しいらしい。

 時間が来るまで、ということで奥の居間に通された。


 本来であれば、董卓しか入れないような場所である。

 どうも落ち着かずにそわそわとしてしまう。


 ふと、胡弓の音が聞こえた。


 いや、色々と音は聞こえるのだ。

 侍女や従者の声、遠くでは衛兵の鎧の音。

 それこそ様々な楽器の音も、ちらほらと聞こえては来る。


 しかし、胡弓の音色は一つだけであった。

 とても懐かしい気がする。故郷の音楽だった。


 呂布は立ち上がり、音の鳴る方へと引き寄せられる。


「ほぉ……」


 まだ髪の短い、少女だった。

 覚束ない指で必死に弦を抑え、流れるような音色を紡ぐ。


 呂布はその場に腰を下ろして、耳を傾けた。


「だ、誰ですかっ」


「いや、すまない。邪魔をするつもりはなかったんだ」


「え……だ、誰?」


「ん? もしや、目が見えないのか?」


 少女は、うっすらと瞼を開け、きょろきょろとしていた。

 その様子は怯えている様であり、呂布は罪悪感に襲われる。


「非礼をお詫びする。自分は、呂布と申すもの。先ほどの音色が、故郷でよく聞いた音楽だったのでつい、聞き惚れてしまったのだ」


「あ、えっと、こちらこそ、ご無礼を。生まれつき視界が悪く、光の明るさくらいしか分からないのです」


「もし宜しければ、続きを聞かせてもらえないだろうか」


「ふふっ……声は、とても勇猛そうなのに、心は、子供の様であられますね、呂布様は」


「そ、そうか? 子供か……昔馴染みの友人にも、よく言われる」


「私は『仙華せんか』という名で、巫女として雇われております。以後、お見知りおきを」


「おう」


 再び胡弓は、音を奏で始めた。




「だーかーら! 長安遷都は急すぎるだろって言ってんべ!? やるなら袁紹が相国に詫びを入れてからだって!」


「陛下は軍事をご存じでない! 洛陽は防衛に適さない都市であり、こちらの主力である相国直下の軍も、その多くは涼州と并州にあるのです! 袁紹が本気で動けば危ういのですぞ!?」


 絶賛、宮廷でバチバチに言い争っているのは、俺と、董旻であった。

 群臣達はたまらず苦笑いで、董卓は明らかに機嫌が悪い。


 どうにかして遷都を回避できないだろうかと、実験的な感覚で俺はずっと駄々をこねてみる事にした。


 別に遷都はしても良いが、実権の無い俺のわがままに、いったいどれだけの力があるんだろうみたいな。

 あくまでその為だけに、喧嘩を売っている。



 あの董卓に、だ。



「遷都すれば、この洛陽が連合軍の拠点になる。そうして一つにまとまったら更に厄介だろうが! まさかここを焼け野原にするってんじゃないだろうな!?」


「──陛下!!」



 大きな怒鳴り声。

 騒がしかった宮廷が、一瞬にして張り詰めた水面の様になった。


 董卓だ。

 眉間を歪め、額には青筋が走る。


 ただ、俺には分かる。これも演技だ。

 怒った方が良いと思ったから、怒ってる。


 だからこそ俺も、好き放題にわめいて、董卓の心根を見ていた。

 互いに道化を演じ、その真意を探り合っているに過ぎない。



「誰が陛下を、皇帝にしたのか、分かっておられますかな?」


「相国こそ、誰を皇帝に仕立てたのか、これで分かったか? これが、英雄の器があり、聡明だと持ち上げられた劉協だ」


 一歩たりとも退くものか。


 十に満たないガキと、百戦百勝の将軍。

 俺の命なんて手のひらの中だとでも思ってんだろ?


 ガキはガキでも、筋金入りの悪童だ。

 そう簡単に思い通りになるなんて思うなよ。


「陛下、私は、太皇太后様より後事を託され、陛下の後見人でも御座います。もとより、幼少の陛下では軍事のことは分かりますまい。ここは、この董卓にお任せあれ」


「……ふん」


 まぁ、ここらが潮時だろう。

 これ以上駄々をこねれば、俺以外の誰かが死ぬ。


 群臣や民を殺して、俺を無理やり封じ込めに入るだろう。

 それくらいは簡単にやる男だ。


「はいはい、じゃあ相国に万事任せる。俺だって、婆さんの遺言には逆らえん」


「では」



 長安の遷都は、これから一週間後に、急遽執り行われることになる。

 それは、呂布、胡軫の軍が出征したのを見届けて、すぐの話であった。




巫女みこ


 神からの神託を告げる、不思議な力を持った女性の事。

 軍人は命を元手にした商売の為、願掛けや神託によく頼ったとされる。



胡弓こきゅう


 アジアの摩弦楽器の総称。

 中国では主に「二胡」「高胡」の事を指す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ