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39話

この回で、10万字を突破しました!


これからは毎日更新ではなく、ペースが多少落ちるかもしれないし、一日に二話とか上げちゃうかもしれない、という自由更新になります。


どうぞ今後ともよろしくお願いします。



「お呼びでしょうか」


 若く、肌の浅黒い青年は、宗越の側でそう囁く。


 髭も眉も無い。

 その顔立ちの幼さが、より一層際立っていた。


 対して、皺も刻まれ、肌も乾き、表情の動かない宗越は老けて見えた。


「丁原殿の件はどうなっている」


「まだ、傷は癒えておりませんが、丁原様は洛陽を発たれました。移動しながら傷は治すと。一月後には、并州にて活動を開始されます」


「主君が力を持つには、丁原殿の力は不可欠だ。決して彼を死なせるな、お前がそれを裁量せよ」


「御意」


 青年が去ろうとすると、宗越はそれを呼び止める。

 まだ、話は終わっていない。

 動かない表情のまま、淡々と言葉をつなげる。


「これより主君の側には、お前が仕えよ。汚鼠を、お前が束ねるのだ」


「何故、で御座いましょう」


「若いな。裏の人間は、理由を聞くべきでない。命令に従い、遂行せよ」


「分かりました」


「私は、これより一人で動く。もう、会うこともないやもしれん」


 青年は、去っていく。

 一人残され、宗越はぎこちなく微笑んだ。


「鼠が一匹、汚き巣穴から出ていくだけよ」


 されど、この鼠は、胸に誇りを抱いているのだ。

 誰に聞こえるでもなく、ただ、自分に語り掛け、宗越の姿は影に消えた。





 手厚い看病も空しく、董太皇太后は愛する孫に手を握られながら息絶えた。

 それは穏やかな表情だった。幸せそうに、微笑んでいた。


「すまないな、婆さん。懸命に手に入れたこの皇位、俺には似合わないんだ」


 それでも、恩人にひと時の夢を見せてあげる事が出来た。

 なら、この趣味の悪い冠も、意味はあったのかな。


 やけに甘ったるい砂糖菓子を噛み、痩せて冷たくなった手を離した。



「陛下に、董卓が拝謁いたします」


「下がれ。婆さんが息を引き取った。気も使えないのか」


「……左様、でしたか。遅かったですか」


 董卓はその場で膝をつき、大きく泣き叫んだ。哭泣こっきゅうの礼を取ったのだ。

 周囲の目もはばからず、男泣きに泣いていた。


 心にもないことを。

 殴りつけてやりたかった。


 これが、婆さんの前でなければ、絶対に殴りつけていただろう。


「董卓、もういい」


「されど、陛下! 私は太皇太后様を、実の母以上に敬慕しておりました。悲しいのです、口惜しいのです! あぁ、天よ! 何故、斯様かように尊き存在を召し上げてしまわれるのか!」


「あーもー、下がれ! 俺に用があるんだろう!? すぐに行く」


「御意」


 ピタリと泣き止み、董卓はそのまま下がっていく。

 演技をするなら、せめて最後まで演じてくれ。腹が立つなぁ。


 俺は白く細長い帯を頭に巻き、同じく白い羽織を上に着て、董卓の下へと向かった。



 董卓の後ろ。

 侍る様についているのは、董旻と、賈詡である。


 いつもは荒くれものや、呂布を従えてるイメージが強いだけに、少し違和感を覚える。

 だってこの二人は、武官と言うよりは、董卓軍のブレーン的立場の文官だし。



「で? 何?」


「太皇太后様ご不在の折、群臣らと図って、とある事項を決定致しましたのでご報告に上がりました」


「はぁ……まぁ、仕方ないか。で、内容は?」


「賈詡の方より説明させていただきます」


 董卓に名を呼ばれ、顔色の悪い賈詡は一歩前に進み出た。



「陛下には、洛陽から長安ちょうあんへ移っていただきたい、と」



 長安へ遷都。

 董卓の悪名を一気に高めたのが、これであった。


 漢の首都として長い間、栄続けたこの「洛陽」の人民や財宝などの全てを、董卓の勢力圏である「長安」へと移す。

 どうしてこのような事をしたのか、それは連合軍からの圧力を躱す為だった。


 洛陽は四方を平野に囲まれており、大軍に攻められれば守るのが難しい土地である。

 そこで、董卓は自らの勢力圏であり、一大軍事都市である長安へ遷都し、連合軍の攻め手を崩したのだ。


 焦土作戦、といえばいいのかな?


 遷都の際、洛陽の全ては焼き払われ、連合軍はここを占拠しても何も得る事が出来なくなった。

 何も得るものなく、さらに西方へと移動した董卓を叩くには、諸侯らの兵站は伸びすぎてしまう。


 名ばかりの漢室を救うために、誰が消耗激しく、厳しい戦に挑むのか。

 史実の連合軍はここで、解散するしかなかった。


 歴史の重みも一瞬で灰にする。

 まさに、効率が全てで、狡猾な董卓にしか成し得なかった事業だろう。



「遷都ほどの大事を、俺や婆さんに相談もせず決めたのか!? 馬鹿じゃねーの!? そんなの許すわけないだろ!!」


 これだけは、避けておきたいところだ。

 長安遷都と、劉弁の暗殺は、連合軍への対抗策としてセットで実行される。


 遷都は別に好きにすればいいが、暗殺が絡むとなると、はっきりと否定しておかなければならない。

 だから俺も、それなりに憤る演技はする。


「どうか、落ち着いてお聞きください」


「あまりにも不敬だ。婆さんの死を待ってたとしか思えないなぁ?」


「それは違います、陛下。太皇太后様が逝去されたので、遷都せざるを得なくなったのです」


「……聞くだけ聞くから、話してみてよ」


「今まで連合軍が積極的に攻勢に出なかった要因の一つに、太皇太后様の存在があります。しかし、それがなくなってしまった今、連合軍は再び攻勢に移るでしょう。現に、孫堅軍は戦の準備を進めております」


「孫堅への睨みは、徐栄将軍がしてるだろ? それに曹操達を叩くだけ叩いている。前の攻勢よりはずっと楽だろ」


「そうとも言えません。近頃、袁紹軍は盛んに兵の鍛錬をしております。恐らく見かけだけでしょうが、万一の為に実績のある徐栄将軍を、そちらへ移動させたいのです。代わりに孫堅軍へ、呂布将軍、胡軫こしん将軍を派遣します。依然、敵は三方にあり、状況は厳しいままです」


「軍事的な目で見ればそうだろう。ただ、洛陽は漢の都だ、この国の根幹だ。それを守るのがお前らだろ?」


「何かあってからでは遅いのです」


 正直なところ、連合軍に対抗する為に、この遷都は非常に効果的だった。

 俺も逆の立場だったら、間違いなくそうする。


 歴史や民の生活など、その全てを無視して、それを実行できる人間はあまりに少ない。


 だからこその、董卓なのだ。


「とはいえ、これは合議にて決定したことです。陛下には何卒、ご納得していただかねばなりません」


「民はどうなる。この国の歴史はどうなる」


「陛下あっての全てです」


「俺は逆だと思うがな」


 いつまでたっても平行線だった。

 そもそも、俺と董卓はその性質上、並び立つことが出来ない存在だ。


 賈詡もきっと分かっている。

 だからこそ、やつれているし、顔色も悪いんだろう。


 多分こいつも、俺と同じ意見を持ってるはずだった。



「董卓、民への略奪、焼き討ちは禁じる」


「必要に応じた処置をとるまでですぞ、陛下」



 実権の無い皇帝の命令が、果たして何の意味を持つのやら。




哭泣こっきゅう


 泣き叫びながら、死者を悼む礼。

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